あきらめの言葉
立ち込める朝靄の中を進む。
「レピ様、もう少ししたら大きな町に着きます」
「レピ様、足元にお気をつけて」
両側から僕に話しかけるのは双子の狼のディルとレイ。
今は二人とも獣形を取っているが、どちらも獣人なので、言葉も操れる。なんで敬語なんだとか様付けやめろと言いたいが、せいぜい眉をしかめるくらいしか出来ない。
こいつらに付きまとわれる原因ともなった魔法使いは、素知らぬ顔で後ろを歩いているが、絶対面白がっているのは、時々漏れ聞こえる含み笑いで分かっている。
手が届けばあの変な形のフエルト帽ごと巻き毛をむしり取ってやりたい。
◇◇◇◇◇
旅立ちの朝。
何かあったら駆け付けるからと紅い御守石のネックレスを持たせてくれ、僕の姿を目立たない栗色の髪と焦げ茶の目に変えたお師匠さまは、家の前で手を振った。
あまりにあっさりとしたその態度に、2人で過ごした年月はいったい何だったのだと、思わず恨みがましい目で見てしまった。
その姿が見えなくなるまで何度も振り返り、見送ってくれていることにホッとする。
我ながら往生際の悪い自覚はある。いつまでも守られるばかりではいけない。
そうは思うがいつまでもぐずぐずする僕を引き摺るように連れ出した魔法使いは、森の外で待っていた2人に引き合わせた。黒髪と銀色の髪を持つ、そっくりな顔の剣を携えた屈強な若者だ。
2人とも紐で結ぶタイプの簡素な上着に革の胸当てを着け、黒い革のズボンとブーツ、腰に赤と青の鞘に収まった太刀を
戸惑う僕の前で、2人はいきなり跪いた。
「我が君」
ひゅう、と喉を鳴らした僕の横で、笑い上戸の大男が、肩を震わせながら2人に言った。
「まずは自己紹介しろよ」
「失礼いたしました。私はディル。こちらは弟のレイ。2人とも狼の獣人です。私どもの父があなたのお父上に仕えておりました」
「事情は魔法使い殿にお伺いしております。本当にお父上に生き写しです。間違いなくあの御方の血筋。我が君、どうかお仕えする栄誉を頂戴したく…」
『どういうこと?』
肩までの黒髪を短いポニーテールにしているのがディル、長い銀髪を三つ編みにしている方がレイ、2人とも背が高くて筋肉質、ディルの方がやや威圧感がある。というのは分かった。分かったけど、この状況はなに?
思わず魔法使いを睨むと、男は口元と腹を押さえながら前かがみになった。杖に縋って笑い転げているが、どう見ても笑う場面ではない。
「ディルの方はあの時話した獣人だ。いきががかり上仕方なくお前のことを話したら食いついてきてな。どうしてもついて行くと言って聞かないから連れてきた。さすがに森の中までは入れられないからここで待っててもらった」
『そうではなく』
「ああ、どうやらお前の父親は獣人の里では神とも崇められる王様だったらしいぞ……つまりお前は王子様だ……ぶふっ」
言っているうちにまた堪えきれなくなったのか、男は噴き出してしまった。
まさかの王子様発言に呆然としていると、僕達のやり取りをキラキラした眼差しで見つめていた2人が、感心したように溜息を洩らした。
「魔法使い殿は我が君のお言葉が分かるのですね」
「我々も早くご理解出来るように努めなければ」
いやいや、なんだそれ。生まれる前から詐欺師と過ごし、卵から出てもほとんど森の中で過ごしてきた僕は、いきなりそんなことを言われても頭が追い付かない。
魔法使いめ、情報を小出しにするにも程がある。
どうしていいか分からなかったが、とりあえず跪く2人の前にしゃがみ込み、その
「我が君!」
感激したように揃いの三白眼を潤ませる2人に強く首を振る。その呼び方はものすごく嫌だ。
「レピ様?」
どうやら伝わったようだが、ディルは恐る恐る僕の名前を呼んだ。「様」も嫌だなあ……。僕はその辺に落ちていた棒で地面に呼ばれた名前を書いて、「様」を消した。
「呼び捨て!?そんな畏れ多いこと!」
「いや、待て待て。お前らみたいなデカいのが、こんな一見普通の子供に様付けしてたら目立つだろうが。ただの子供として扱ってやれ」
「それはそうですが……」
魔法使いの助け舟に、レイが不服そうな顔をする。ディルは一瞬考えた後、あっさりと言った。
「では、人前では敬語もやめて呼び捨てにしましょう。レピ様を無事にお連れするのが我々の使命。それ以外は二の次だ」
「それもそうだ………」
2人とも様付けを完全にやめる気はなさそうだ。我が君じゃなくて良かったと言うべきか。使命って、いつの間にか仕えることは決定事項らしい。
仕方がない。すぐに諦めの境地に至り、握手のつもりで2人に向かって両手を差し出す。諦めは悪い方なんだけど、他人に複雑な心境を伝えるには方法が足りない。
『よろしく……?』
「レピ様!」
「レピ様!」
なぜか2人とも両手で僕の手を握り、額に押し付けて
後ろで魔法使いがまた笑い転げていたのも無視することにしよう。
まだ始まってもいない旅路は前途多難なように思えた。主に気苦労で。
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