凛音side①
凛音side①
『じゃあね、永久。貴女が霧都と『一線を超えることを』楽しみに待っているわよ』
私は永久にそう言い残してあの場を後にしたわ。
後ろから彼女の叫び声が聞こえてくるあたり、霧都はやはりあの女に『あの出来事』を話していないようね。
あはは。やっぱりあの馬鹿は考えが甘いのよ。
きちんと話して理解を求めていればこうはならなかったのに、それをしない。
よっぽど我が身が惜しいのかしら?
まぁ、初めて出来た彼女だから大切にしたかったんでしょうね。
それに、私が『公開しない』と約束したのは『あの現場の写真』だけ。
それ以外の物に関しては『私の一存』に左右されてる。
その事に考えが行かないから……この後のことみたいにはなるのよ。
私はこの後のことに考えを巡らせながら歩を進め、目的地へとやって来たわ。
『放送室』
ここには私の心強い味方の三郷先輩。そして新しく『私に力を貸してくれる』と明言してくれた先輩が居るはずよ。
軽く扉をノックしてから、私は部屋の中に入ったわ。
「失礼するわ」
「あはは。待ってたよ、南野さん。とりあえず中間テストお疲れ様。同率一位なんて凄いじゃない」
「別に、この結果になると思ってやってきたから予想外でもなければ不思議でも無いわね。当然の結果よ」
部屋の中に居た三郷先輩が私に笑いながらそう言ってきたので、私は言葉を返したわ。
そう。私は北島永久を侮ってなんかいない。
あの女はとてつもなく強大な敵よ。
少しでも油断していたら、今回だって負けていたんだから。
「ふふふ。ですが負けていたらすべてが終わっていましたからね。私も同じ経験があります。とりあえずは一安心と言った所でしょうかね?」
そう言って私を労ってくれたのは、新しく私の味方になってくれた先輩。黒瀬詩織先輩だったわ。
「そうね。あとは私としては貴女が味方になってくれるのが一番有益だと思ってるわ」
「あらあら。そう言ってくれるのは嬉しいわね。でもそうね、私としても貴女が勝つほうが『面白い』と思ってますからね」
「……どんな理由であれ、能力のある人は歓迎するわ」
そして、私は放送室の扉を閉めた後に話を進めることにしたわ。
「とりあえず、今回の一件を経て霧都の『二番目の女』になることは出来たわ」
「ふふふ。私とは全く違うやり方でそのポジションを得た。素直に凄いと思いますよ?」
「でも、南野さんはそこで満足はしてないんでしょ?」
「当たり前よ。私が欲しいのは霧都の『一番』。そして叶えなければならないのは霧都と『本当の家族』になることよ」
そう答えた後に、私は少しだけ間を置いてから話を続けたわ。
「今の現状は私に優位に動いてる。でもこれは一瞬だけに過ぎないわ。霧都が永久に『あの一件』の話をした瞬間に終わってしまう。そのくらい儚い優位の状況よ」
「ふふふ。それが理解出来ていて安心です。もし貴女が今の状況を楽観視しているような人間でしたら、味方を降りていましたからね?」
「それで、南野さんはこの後どうやって彼の一番になるつもりかな?黒瀬さんのやり方とは違って、貴女の状況だと『正攻法』では一番になれないわよ?」
そう。黒瀬先輩は『桐崎生徒会長の好感度を上げることによって』二番目の女の地位を得た。
藤崎朱里が居なくなれば『好感度一位』になる。
そういう流れを作った。
だけど、私は違うわ。
霧都の『弱みを握ること』によって二番目の地位を得た。
でもこの弱みは、霧都が永久に話をした瞬間に終わってしまうもの。
『そんな事では私の愛は揺るぎません。大変でしたね』
と言われて終わってしまうわ。
だからこそ、霧都が永久に話をしていない今この瞬間。
全てを畳み掛けるように進めて行かなければならない。
そして、そのために必要な『戦力』は揃ったわ。
「まずは、校内放送を使わせてもらいたいわ。構わないかしら?」
「えぇ、構わないわよ。南野さんがそう言うと思って、この時間からの放送枠は確保してあるわ」
私の言葉に、三郷先輩はそう答えてくれたわ。
あはは。本当に助かるわね。
そして、私は懐からボイスレコーダーを取り出したわ。
「ここには、私と霧都の『蜜月の時間』を記録してあるわ。これの有益な使い方を黒瀬先輩から薫陶を授かっているわ」
「ふふふ。そんなものまで用意していたとは驚きましたがね。まぁ私としては『こういうやり方で彼の一番になることも出来ますよ?』と伝えただけです。残念ながら、私は『失敗』してしまいましたがね」
「その失敗の経験を活かさせて貰うわよ。黒瀬先輩は『クラス単位の空気』を利用したから失敗したのね」
「そうね。規模が小さすぎたのが失敗の要因よ」
「だからこそ私は『全校生徒の空気』を操ることで作戦を成功させるわ」
その私の言葉に、三郷先輩が軽く首を傾げながら聞いてきたわ。
「それで、南野さん。そろそろ教えて貰ってもいいかしら?どうやって桜井くんの一番になるのかしら?」
そうね。まだ三郷先輩には話をしていなかったわ。
そして、この方法を黒瀬先輩から聞いた時、私は寒気を覚えたわね。
黒瀬先輩は……本当に凄いわ。
「霧都にはたくさんの味方が居るわ。それに次期生徒会長ということもあって、全校生徒からの信頼も厚いわ。特に、予算会議での司会進行や体育祭での活躍。これらが大きいわね」
「そうだね。もはやこの学園で彼の名前を知らない人はいないし、次期生徒会長だと言うことに異論を唱える人はいないとすら思えるわ」
そう答えた三郷先輩の言葉。私はニヤリと笑って言葉を返したわ。
「その人気や信頼の高さが、不祥事一件で逆転する。私が狙うのはそこよ」
「なるほどね。人気や信頼度が高い人ほど、一件の不祥事が致命的になる。アイドルとかによくあることだよね」
「そして、私の手元には『極上の不祥事』とも言えるカードがあるわ。これを使えば霧都の人気や信頼を一気に失わせることが出来る」
「そうだね。でもそれをしたら『桜井くんが持つ南野さんの好感度』は最低になると思うけど?」
そう。そんなことをすれば『霧都から好かれることによって一番の地位を得る』と言う黒瀬先輩のルートは取れなくなるわ。
でも……『それで構わない』のよ。
元より私は、霧都の好感度を上げて一番になる。と言うルートを諦めている。
そんなやり方では無理だとわかっているからよ。
「私が黒瀬先輩から言われたのは『霧都の周りに私以外の人間が全て居なくなれば一番目になれる』その言葉よ」
「あはは!!なるほど……そういう事だったのね!!」
黒瀬先輩の考えを理解した三郷先輩は、そう言って大きく笑ったわ。
「黒瀬さんもなかなか酷いことを考えるわね。『学園の聖女様』なんて二つ名は返上した方がいいんじゃない?」
「ふふふ。それは朱里さんが勝手に呼び出したものですからね?私としては自分が『聖女』なんて微塵も思ってませんよ?」
二人の先輩のやり取りを聞いたあと、私は言ったわ。
「だから私は、全校生徒に向けて『霧都が私に対して愛の言葉を言いながらキスをする』そのシーンを記録したこのボイスレコーダーを使って発信するのよ。北島永久と言う彼女がいるのに、私ともキスをした。『浮気』は不祥事としては極上でしょ?」
「あはは!!そうだね!!大衆は自分にとって都合のいいように解釈するもの。まさか『桜井くんが南野さんに脅されてキスをした』なんて風には考えない」
「でも、この最強のカードも霧都が永久に話をしていない『今』しか効力の無いものよ。だからスピードが命なの」
「わかったわ。じゃあ早速だけど放送を始めることにしましょうか」
三郷先輩はそう言うと、マイクが設置された椅子に座って校内放送を始めたわ。
『海皇高校生徒の皆さんこんにちは!!放送部の三郷です!!本日は中間テストの結果発表でしたね!!今回の結果はどうだったでしょうか?』
いよいよ始まったわね。さぁ、気合いを入れなさい南野凛音!!
もう後戻りは出来ないわよ!!
小さく震えた私の身体に、黒瀬先輩が手を置いてくれたわ。
「私とは全く違うやり方で『一番の地位』を得ようとする貴女を私は尊敬しますよ?」
「あら、嬉しいわね。やろうとしていることを考えれば『軽蔑』されても仕方ないと思ってるけど?」
「ふふふ。私と貴女は立場が同じですからね。応援したくなってしまうんですよ」
黒瀬先輩はそう言うと、少しだけ視線を外して言葉を続けたわ。
「私にとても面白い『ラブコメラノベ』を見せてくださいね。期待してます」
「ふん……一度終わったヒロインがメインヒロインを倒すところを見せてやるわよ」
『今回もバスケ部の小悪魔で有名な南野凛音さんに来ていただいてます!!南野さんは今回のテストでは満点の同率一位に輝いています!!文武両道で素晴らしい!!それでは南野さん、お言葉をお願いします!!』
そう言って三郷先輩は、マイクのボリュームを下げずに椅子から立ち上がったわ。
「はぁ……バスケ部の小悪魔は辞めてって話は何度もしてると思うけど?まぁいいわ。もう諦めるわよ」
私はそう言って、マイクが設置された椅子に座ったわ。
そして、大きく息を吸ってから話を始めたわ。
『皆さんこんにちは、南野凛音よ。中間テストお疲れ様。私は満足のいく結果が残せたけどみんなはどうだったかしら?良い思いをした人は、油断をしないように。悔しい思いをした人はその思いを忘れずに、期末テストに向けて頑張って貰いたいわね』
まずは世間話から。こうして私が話をしている。と言うのを全校生徒に知らせるのが目的よ。
いきなり本題に入っても聞いて貰えなければ意味が無い。
全校生徒が私の言葉を聞く体勢にするのが大切よ。
そして、十分に聞く体勢になったと思ってから本題に入って行ったわ。
『さて、ここで皆に話をしようと思うわ』
さぁ、覚悟しなさい桜井霧都と北島永久!!
『私の愛しい霧都との……蜜月の時間の話を……ね』
これが南野凛音の『本気』よ!!
私は手元のボイスレコーダーを机の上に置き、全ての準備を整えたわ。
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