第六話 ~静流さんを自室へ呼んで、永久さんと凛音のことについて話をしました~

 第六話





「霧都くん。『血の繋がったお母さん』と少しお話をしましょうか?」

「はい。了解ですよ、静流さん」



 永久さんと別れを告げ、家の中に戻った俺を迎えてくれたのは、『血の繋がった母親』の静流さんだった。


「うちの親父と雅紀さんは絶賛飲み会中ですか?」

「ふふふ。そうね。そこに美香さんも加わってるから手が付けられないわ」

「……はぁ。やっぱりそうなりましたか」


 酒を飲むのが好きな俺の両親。

 そして、雅紀さんも飲むのが好きな人だ。


 静流さんが飲めない人なので、うちの両親と一緒に居ると雅紀さんは飲むことにしているそうだ。


「うちの凛音ちゃんは、美鈴ちゃんと部屋でお勉強会をしてるわよ。ふふふ……何の勉強をしてるのかしらね?」

「美鈴も凛音も頭が良いので、受験勉強でないことは確かですね」


 そんな会話をしてから、俺は静流さんに問い掛ける。


「お話しをしましょう。という事ですが、何処でするんですか?居間ではうちの両親と雅紀さんが酒盛りをしてますよね」

「霧都くんの部屋で良いわよ?」


 …………マジか。


 少しだけ言葉が詰まった俺に、静流さんが笑いかける。


「あらあら霧都くん。もしかしてエッチな本とかが見えるところにある感じかしら?」

「いえ、そう言うのはありませんよ。静流さんを部屋に呼ぶ。という事に少しだけ抵抗があっただけです」


「ふふふ……こんなおばさんを『女』として見てくれるなんて嬉しいわね」


 はぁ……見抜かれたか。


 てか、おばさんなんて見た目してないでしょ、静流さん。

 まだまだ二十代でも通用しますよ。


「俺が気にし過ぎなだけですね。ご案内しますよ」

「ふふふ。ありがとう、霧都くん」



 そして、俺は静流さんを自室へと案内した。




「こちらが俺の部屋です」

「やっぱり綺麗にしてるわね。感心よ」


 俺の部屋に入った静流さんは、そう言って微笑んでくれた。


「部屋が綺麗な男の子は点数が高いわ。それとエッチな本は引き出しの中にある二重底の下かしら?」

「人の黒歴史を暴こうとしないでください」


 俺はそんなやり取りをしながら、静流さんにクッションを渡す。


「使ってください」

「ありがとう、霧都くん」


 そして、テーブルを挟んで俺も静流さんの対面に座る。


「話の内容は、永久さんとの事ですね?」

「いきなり本題から入ろうとするのはいただけないわねぇ」


「世間話をするような関係性では無いと思いますからね」


 俺がそう言うと、静流さんはニヤリと笑う。


 …………この人がこういう笑い方をするのは珍しいな。


「そうね。じゃあ時間も遅いし、本題から話すことにしましょうか」


 静流さんはそう言うと、俺の目を見て言う。


「私はね、霧都くん以外の男を『息子』と呼ぶ気は無いわよ」

「……そうですか。光栄なお言葉ありがとうございます」


 俺は静流さんにそう言ったあと、言葉を続けた。


「ですが、静流さんの望みを叶えることは出来ません」

「そうね。あの時、凛音ちゃんが霧都くんを振って無ければこんな事にはならなかったのにね……」


 はぁ…… と静流さんはため息をついた。


「凛音ちゃんはね。とても後悔してるのよ。霧都くんは気が付いてると思うけど、あの子は今は貴方の事が恋愛感情として好きよ」

「まぁ……そうでしょうね」


 でなければ、あんな放送なんかしないだろう。


 薄々わかっていたことだが、凛音の口からはっきりと言われない限りは、俺から何かを言うことは無い。


「そのことに関してなにか思うことは無いかしら?」

「いえ、特には。俺の心はもう永久さんの物ですし、凛音から告白されるようなことがあれば、キチンと振るつもりですよ」


 俺は静流さんにきちんとそう伝える。


「そうかぁ……やっぱりもう霧都くんの心は決まっちゃってるわよね……」

「そうですね。たくさん揺れて来ましたけど、もう揺れないです」


 そして、そんな俺に対して、静流さんはとんでもないことを言ってきた。





「うちの凛音ちゃん。『愛人でもいいから』貰ってくれないかしら?」






「…………………………え?」


 い、今静流さんはなんて言った?


「うちの凛音ちゃんを、霧都くんの愛人にして貰えないかしら?と言ったのよ。セフレでも構わないわ」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!!」


 静流さんの口から出てる言葉が理解出来ない。


 凛音を愛人にしてくれ?セフレでも構わない?

 うちの親父が書いてるライトノベルみたいなことを言われてるのか!?


「凛音ちゃんはね、かなり問題のある女の子よ」

「そ、そうですね……」


 ひ、否定はしないかな……


「見た目はめちゃくちゃ可愛いけど、中身は……わかるわよね?」

「えぇ……まぁ……」


「正直な話。霧都くん以外の男の子に、あの子の相手は無理よ」

「そ、それが愛人とかセフレとか、なんでそんな話になるんですか?」


「あの子がこの先の人生を一人で生きていくのは可哀想だと思ってるのよ。でも霧都くんにはもう北島永久さんって言う伴侶が居る」

「……はい」


「だったらもう凛音ちゃんには『愛人枠』か『セフレ枠』しか残ってないじゃない?」

「そもそもそんな『枠』なんて無いんですけど!!」


 俺のそんな叫びに、静流さんは懇願するような目で俺を見てくる。


「お願いよ、霧都くん。貴方が北島永久さんをどれほど大切に思ってるかは理解してるわ。凛音ちゃんに酷い言葉で傷付けられたのも理解してる。それでも私はあの子の母親として、凛音ちゃんの『未来』のことを考えてるの」

「そ、それが俺の愛人だって言うんですか?」


 俺がそう言うと、静流さんは首を縦に振った。


「そうよ。一番目は北島永久さんで構わないわ。霧都くんの隣を歩くのも彼女でいいわ。でも、凛音ちゃんのことを『二番目の女の子』として、霧都くんの後ろに置いて貰いたいのよ……」


 そ、そんなうちの桐崎生徒会長みたいなことを俺にやれって言うのかよ……


 確かに、凛音の未来のことを考えたら……まぁ、孤独に生きていくのが目に見えてる。


 一匹狼だけど、寂しがり屋な凛音だ。


 いつまでも静流さんや雅紀さんの所に住んでる訳にも行かないだろうし、いずれは家を出るってなった時に、あいつが一人で生きていけるようには見えない。


 見た目だけはいい女の子だ。変な犯罪とかに巻き込まれるようなこともあるかもしれない……


 いや……だけど……だからといって、愛人とかセフレとか、そう言うのはどうかと思うんだけど……


「すぐに答えを出さなくていいわよ」


 思い悩む俺に、静流さんは微笑みながら言ってきた。


「霧都くんの選択肢のひとつとして、考えて欲しいの。凛音ちゃんの幸せのために、お願いよ」


 静流さんはそう言うと、立ち上がって扉の方へと歩いて行った。


「それじゃあ、凛音ちゃんを連れて帰るわね。雅紀さんはここに置いていくわ」

「あはは……了解です」


 俺がそう言うと、静流さんは扉を開けて部屋を後にした。





「………………凛音を愛人にして欲しい……か」




 馬鹿な事を言わないで欲しい。


 そんなのは永久さんに対しての裏切りだし、浮気だと思う。


 だけど、凛音の未来を考えた時、あいつが今後他の男を見つけるのも想像出来ないし、一人で生きていけるとも思えない。


 ホント、静流さんは厄介な問題を押し付けてきたと思うよ……



 俺は大きなため息をついたあと、気持ちを落ち着けるために、グローブの手入れをしていった。

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