第七話 ~彼女と過ごす一日目・彼女のお父さんとお話をしました~

 第七話





「それで、お兄ちゃんと永久さんはこの後どうするの?」


 朝ご飯を食べ終わり、麦茶を飲みながら美鈴が聞いてきた。


「昨日の夜に、永久さんのお母さんから電話があってね、事情を説明したら一晩だけはとりあえず了承を得られたよ。だけど、まだ彼女のお父さんがこの話を知らないからね。顔見せも兼ねて、今日の十二時に永久さんの自宅に行く予定だよ」


 時計を見ると十時を指していた。


 彼女の自宅までは、だいたいここから一時間くらいとみておけばいいかな。


「お父さんは飲み会があるとこのくらいの時間に帰って来ます。ですので、もしかしたらそろそろ……」


 そんな話をしていると、彼女のスマホが着信を知らせた。


「あー……確実にお父さんですね」


 そう言って、永久さんは苦笑いを浮かべる。


 スマホを見てみると


『自宅』


 と出ていた。


「スピーカーにして出ます」


 俺と美鈴はその言葉に首を縦に振った。


 永久さんがその電話に出ると、


『永久かな?』


 優しそうな男性の声が聞こえてきた。


「はい。そうですよ、お父さん。おはようございます」


 なんてことも無いように、永久さんは話を始めた。


『……はぁ。話はお母さんから聞いたよ。全く、君は一見大人しそうに見えるけど、昔からこうと決めたら一直線なのは変わらないね』

「あはは……」

『もう高校生なんだから。もう少し慎みを持ちなさい。わかったかい?』

「はい。申し訳ありませんでした」


 とても理性的で優しい。父親の理想のような男性だと思えた。


『さて、正直に話してね。今君は何処に居るんだい?』

「桜井霧都くんの自宅です。今、朝ご飯をいただき終わったところです」


 彼女がそう言うと、電話口からため息が聞こえた。


『お母さんからは『永久は高校で出来た友達の家に泊まった』と、聞いていたけど、もしかしたらとは思っていたよ。はぁ……君も年頃の娘なんだから。もう少し考えて行動して欲しいよ。桜井くんのことは君から良く聞いているよ?でもね、彼だって高校生の男の子なんだから、何か間違いがあったらどうするんだい?』

「私としては間違いが起きて欲しいと思ってますが?」


 ぶふっ!!


 俺は思わず吹き出してしまった。


『……永久?もしかして近くに桜井くんが居るのかな?』

「はい。ちなみにこの会話は、スピーカーにしてるので彼とその妹さんも聞いています」


 彼女のその言葉に、お父さんは少しだけ思案した後に、


『永久。桜井くんに代わってもらえるかな?』


 やはりそう来たか。


「はい。問題ありませんよ」


 永久さんはそう言うと、スマホを俺に渡してきた。


 そして、俺は電話口に向かって挨拶をする。


「初めまして、桜井霧都と申します。最初の挨拶がこの様な形となってしまい大変申し訳ございません」

『いや、気にしないでくれ。こちらとしても君とは早いうちに話したいとは思っていたよ。私の名前は雄平ゆうへいと言う。好きに呼んでくれて構わないよ』

「では、雄平さんでお願いします」

『ではこちらも霧都くんと呼ばせてもらおうか』


 俺たちは軽く自己紹介をした後に、本題に入る。


『さて、霧都くん。昨晩は君の家に僕の娘が泊まったようだね?』

「はい。そうです」

『間違いが起きることは無かったかい?』


 確実に聞かれると予想していた質問だ。

 俺はしっかりとした言葉で返す。


「ありません。一睡も出来ませんでしたが、永久さんのお母さんや雄平さんを裏切るようなことはしてません」


 俺のその言葉に、雄平さんはため息をついた。


『そうか……いや、僕も男だからわかるけど、うちの娘はとても器量が良く育ってくれた。高校生の時分で良く我慢してくれたね』

「そ、そんな……まだ交際もしてないのに手を出すような人間ではありません」

『まだ。という事は、いずれはそういう関係になる。という意味かい?』

「はい。いずれは永久さんと結婚して家族になりたいと思っています。ですので、軽率な行動は出来ないと思っています」


 まぁ……『軽率な行動』を一度だけ取ってしまっているから、説得力に欠けるけど、今後は本当に気を付ける。


『なるほどね。少しは話が出来る人間みたいだ。今日はこの後うちに来て直接話を聞けるんだろう?』

「はい。十二時頃を目安に永久さんと一緒にお邪魔させてもらう予定です」

『わかった。じゃあ詳しい話はその時にしようか。君が思ったよりもしっかりとした男の子で安心したよ』

「恐縮です」


 そう答えると、雄平さんは優しい声で言った。


『お母さん……あぁ優美ゆうみさんも言っていたと思うけど、僕も彼女も君には感謝してるんだ。昨夜のことだって、他の男の家にあの子が行った。なんて聞いていたらきっと彼女は警察に電話してたよ』

「あはは……」


 本当にやりそうな声だった。


『でも、優美さんも君なら安心だ。と信じて永久を君に預けたんだろうね。その信頼を裏切らないでくれて良かったよ』

「……とても、大変でしたが」


 俺のその言葉に、雄平さんは笑った。


『あはは!!まぁそうだろうね。さて、あまり長電話もあれだし、そろそろ切ろうかな。君と永久がうちに来るのを楽しみに待っているよ』

「はい。ではまた後で。失礼します」



 俺はそう言うと、雄平さんとの電話を終わらせた。



「その、何とかなったかな?」

「はい。お疲れ様でした」


 緊張から解き放たれ、苦笑いを浮かべる俺に、永久さんが微笑んでくれた。


「お父さんがあそこまで認めてくれるのは意外でした。流石は霧都くんですね」

「あはは……そうかな?でも、大切なのはこれからだと思うよ」


 俺はそう言うと、グッと背筋を伸ばす。


「よし。キチンとした服を着て挨拶に行こう。美鈴、どんな服が良いかな?」

「えへへ。よーし、私が責任を持って用意してあげるからね!!」

「あはは。美鈴、ありがとう」


 美鈴はそう言うと、俺の服が入れてあるタンスに向かっていく。


「美鈴さんが選んでくれるんですか?」

「うん。美鈴曰く『お兄ちゃんは服を選ぶな』って言われてる」


 買うのも、着るのも。


「では、私も着替えてきますね。霧都くんの自室を使わせてもらっても良いですか?」

「うん。良いよ。俺はどこでも着替えられるから」


 そう言って俺は彼女を送り出す。

 永久さんは少し歩いた後に振り向いて、俺に言った。


「覗いてもいいですよ?」

「昨日も言ったけど、そこは覗いちゃダメですよ?だと思うよ!!」

「あはは。では準備をします」


 永久さんはイタズラっぽく笑いながら、居間から姿を消した。



「ホント……心臓に悪い……」


 俺はテーブルに突っ伏しながら、今後もこうやって彼女の手のひらの上で遊ばれるんだろうなぁと、思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る