最終話 ~『血』で繋がった幼馴染との仲直りの仕方・彼女が俺と姉弟になりたいと言った理由を知りました~ 前編

 最終話 前編




『南野』


 北島さんに送り出され、俺は凛音の家の前に辿り着いた。

 家の前を見ると、凛音の自転車はそのままになっていた。


 つまり、アイツは家に居る。そういう事だ。


 それを、良かったと思うのかどうかは微妙なところだが、キチンと話をするなら、アイツの家。それも自室が良いだろう。


 だが、それをする前に。俺にはまずは越えなければならない大きな『壁』がある。


 下手すれば門前払いすら有り得る。


 凛音を心から愛する。彼女の『お母さん』を、今から俺は説得しなければならない。


 話は全て聞いているはずだ。

 そして、今、アイツが居るということは、あの状態の凛音を見ているという事だ。


 原因は俺である。そんなことはわかっているはずだ。

 元凶の人間を、最愛の『娘』に会わせるか。

 あの人を先ずは乗り越えないと、俺は凛音に辿り着けない。


 覚悟を決めろ!!桜井霧都!!


 そのために必要なものは、彼女から受けとってきただろ!!


 俺は、彼女の家のインターホンを鳴らす。


 ピンポーン


 しばらくすると、スピーカーから綺麗な声が聴こえてくる。


『ふふふ。やっぱり来たわね、霧都くん』


 向こうのカメラからはこちらが見えている。

 だが、俺からは見えない。

 どんな表情をしているのだろうか……


「はい。お久しぶりです、静流(しずる)さん」


 スピーカー越しに、俺は凛音のお母さんに挨拶をする。


 南野静流みなみのしずるさん。凛音の『お母さん』だ。


『さて、霧都くん。君ならわかってるはずよね?』


 私を納得させない限り、あなたを凛音の元へは向かわせない。


 そう言われた。


 当然だ。当たり前にわかってたことだろ!!


「はい。当然です。まずは玄関の扉を開けさせてみせます」

『ふふふ。いい顔をしてるわね。じゃあ聞くわ、霧都くん。あなたは『何をしに』ここに来たのかしら?』

「凛音に謝罪をしに来ました」


 俺は即答する。


『今のスピードは合格よ。それで、あの娘との話は聞いてるわ。私からしたらやっぱり、凛音ちゃんが悪いわよ?それでも霧都くんが謝るの?』

「はい。静流さんはよくご存知でしょう?俺と凛音の喧嘩は、どんなに凛音が悪くても俺が謝らないとダメなんですよ。それに、今回の件は俺にも非があります」


 着信拒否にメッセージアプリのブロック。

 今朝のやり取りなど、俺がアイツを傷付けたのは事実だ。


『良いわ。あなたの話を詳しく聞いてあげる。ますは玄関の扉を開けてあげるわよ』

「ありがとうございます」


 よし。まずは一つ目をクリアだ。


 そして、少しすると玄関の扉の鍵が開く音がした。


 ガチャリ


 俺は扉の方へと歩いていく。


 そして、


「おはようございます。静流さん」

「おはよう、霧都くん」


 扉の向こうから、『凛音とは似ても似つかない』とても温厚そうな綺麗な女性が姿を現す。


「玄関までは許すわ。入りなさい」

「はい。お邪魔します」


 俺は一礼をしてから、家の中に入る。


「お父さんはもう仕事に行ったわ。凛音ちゃんの様子も知ってるわ。あの人からの伝言を伝えるわね」

「はい」


『今夜。結果だけ持って私の元に来なさい』


「以上よ。何か質問は?」

「ありません。最善の結果を持って向かうことを約束します」

「最高。では無いのね?」

「はい。最善です」


 俺の言葉に、静流さんは納得してくれたようだった。


「さて、霧都くん。あなた、うちの凛音ちゃんに告白してくれたのよね?」

「はい。ですが、振られてしまいましたが」


 俺のその言葉に、静流さんはため息をついた。


「理由は知ってるのよね?」

「はい。俺はアイツにとって、『家族』で『弟』だと言われました」


 出来の悪い。と言う部分は伏せておいた。


「私も、昨日。凛音ちゃんを傷つけてしまったの」

「……え?何故ですか」


「凛音ちゃんに、霧都くんを振った理由を聞いたの。そしたらあの娘がね、あなたの事を『血の繋がった家族』と言ったのよ。だから、家族同然ではあるけど、家族では無いわ。そう言ったの」

「はい」


 その後、静流さんは目を伏せた。


「あの娘は……凛音ちゃんは……私のことを『血縁』なんかよりももっと大切な『血の繋がったお母さん』だと言ってくれたわ」

「……っ!!」


「本当なら、こんなにも嬉しいことは無いわ。そして、あの子は私と同じように霧都くんや美鈴ちゃんを『血の繋がった家族』だと言ったの。そして、私の『家族』を否定するな。そう言って自室に駆け込んだわ」

「…………そう、ですか」


 わかった。アイツの言っていた『血の繋がった家族』とは、『血縁関係』のことを言っていた訳では無いんだ。


 大切な思い出や、過した時間、受け取った愛情、そう言ったものをアイツは『血』と呼んでいたんだ。


『血縁』に裏切られたアイツが、その代わりになるものを『血』にしたんだ。


 それを俺たちは……否定してしまった。


 アイツが何よりも大切に思っていた、尊いと思っていたものを、他ならぬ『家族』の俺たちが、否定してしまったんだ。


 だから、アイツはあれだけ傷ついてしまったんだな……


「あの娘が言いたいことを、しっかりと理解していなかった。十年も一緒に居たのに……霧都くんを責められないわ。お母さん失格よ」

「そんなことないです」

「……え?」


 俺は、静流さんの目を見て言う。


「凛音にとって、静流さん以上の『お母さん』は居ませんよ」


 俺は笑ってそう言った。

 本気でそう思う。俺は、あなた以上に、凛音を愛してる人を知りません。


 俺のその言葉に、静流さんは涙を浮かべて答えた。


「ばか……霧都くん。こんなおばさんを口説かないでよ。そう言うのは、凛音ちゃんにしなさい」

「いえ、もう俺は凛音をそういう目では見てません」

「……え?」


 俺はしっかりと息を吸って、静流さんに言う。


「俺は、本当はこの場に立っていませんでした。凛音から逃げて、その女の子と恋愛をするんだ。そんな情けないことをしていました」

「そう……」


「凛音を無視して、拒絶して、その女の子に会いに行った俺を、彼女は『最低です。嫌いです。許せません』そう叱責しました。目の覚める思いでした。ですが『彼女が好きになった俺は他人の痛みがわかる優しい人』とも言われました。その彼女にもう一度好きになってもらうためにも、俺はここに来ました」

「その子は……誰なの?」


「名前は北島永久さん。俺が小学五年生の時に、虐めから助けた女の子です。引越しの絡みで、その後転校をしましたが、三日ほど前に、海皇高校で再会をしました。その際に、彼女から言われた言葉があります」


『小学生の頃から、今日に至るまで、あなたの事を忘れた日はありません。愛が重いと言われるかも知れませんが、これが私です』


『北島永久は桜井霧都くんを心から愛しています。私をあなたの彼女にしてください』


「この言葉を、凛音に振られた翌日に言われました」

「……っ!!」


 静流さんは口元を手で抑える。

 驚いた時にする、彼女の癖だ。


「振られた翌日に可愛い女の子に告白されて、すぐにこの子と恋愛するのは不誠実。そう思っていましたが、美鈴の言葉で、俺は彼女と、恋人になることを前提に恋愛をすると決めました」

「そうなのね……」


「俺がここに来たのは、凛音の真意を聞いて、その上で自分の気持ちを凛音に伝えるためです。そして、俺を信じて待っていてくれている彼女と、胸を張って恋人同士になるためです。静流さん。家に上がらせてください。よろしくお願いします」


 俺はそう言うと、静流さんに頭を下げた。


 そして、彼女は言った。


「ホント、凛音ちゃんはバカなんだから。こんないい子、もう絶対出会えないわよ……」

「いえ、俺なんて全然です。誰かに支えてもらわないと、一人で立つことすら出来ませんから」


 俺のその言葉に、静流さんは笑った。


「いい男の条件はね、『自分の弱さを知ってること』なのよ」


 行きなさい。凛音ちゃんに会わせてあげる。


 静流さんはそう言うと、道を開けてくれた。


「ありがとうございます。静流さん」


 俺はそう言って家に上がる。


 そして、彼女にもう一言を告げる。


「北島永久さんとの結婚式には必ず静流さんを呼びます。当然ですが、『親族』として」

「何故かしら?」


 首を傾げる静流さんに俺は言う。


「だって俺たちは『血の繋がった家族』じゃないですか」



 俺はそう言って、凛音の部屋へと向かった。

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