第10話「2022/10/08 ③」

 透過型ディスプレイ越しにではなく、久しぶりに見た実際のぼくの部屋は、殺風景で無機質で、本当に寂しい部屋だった。


 ぼくの部屋にはテレビもパソコンもなければ、流行りのテレビゲーム機もなかった。

 インテリアや家電と呼べるものも、テーブルやソファー、冷蔵庫やベッドなど本当に必要最低限のものしかなかった。それらは学生寮に最初からあったものばかりだった。

 高校の教科書はすべて電子書籍だったし、漫画の雑誌や単行本も持ってはいなかったから本棚すらなかった。

 壁に好きなアイドルや映画のポスターが貼られていることもなく、プラモデルやフィギュアが部屋のどこかに飾られたりもしていなかった。


「透過型ディスプレイで、インテリアとかそういうのはどうにでもなるからね。つけてみてよ」


「うん、そうする」


 透過型ディスプレイでこの部屋を見れば、実際の無機質な部屋とは真逆の明るい色がパッと目に飛び込んでくる。

 ラグやソファ、ランプシェードや収納など、ところどころにビビッドカラーを使用されているその部屋を見て、


「すごい! わたし、こういうかわいい部屋に住んでみたかったの」


 コヨミは目を輝かせた。


 ぼくはなんだかおかしくて思わず笑ってしまった。

 その拡張現実の部屋は、ロリコがインターネットで見つけたインテリアコーディネートを参考に作ったものだったからだ。


 すべてロリコの受け売りだが、その部屋は赤やオレンジ、青など複数の色を使っているにも関わらず、ちぐはぐな印象にならないように統一感がもたせてあった。

 ラグと家具の色を合わせてみたり、いくら拡張現実とはいえ、余計なものを置かず収納スペースをきちんと取ることによって、ごちゃごちゃして見えないようにしてある。

 壁付けのフックもカラフルなものをチョイスしていたり、細かい部分にもこだわっており、部屋がより華やぐようになっていた。


 確かに女の子が好きそうな部屋だった。ぼくには最初の頃、目がちかちかしてたまらなかったが。

 特にコヨミは尚更この部屋が好きだろう。


 ロリコはコヨミをモデルとして生まれてきた女の子だったからだ。

 ぼくは小学生の頃のコヨミから、こんな部屋に住みたいという話を聞いたことがあったからだった。

 ロリコはそれを拡張現実で再現したに過ぎなかった。

 もちろんそこにはロリコの趣味嗜好も含まれているのだけれど、根本的なところがふたりはよく似ているのだ。



 拡張現実の部屋を一通り見終えると、コヨミはソファーに腰を下ろして、隣を手でぽんぽんと叩いて、ぼくに並んで座るよう促した。

 隣に座ってみたものの、ぼくは途端に彼女と何を話していいかわからなくなってしまった。


 普段は話題を探さなくても自然と会話ができているのに不思議だった。

 毎日のように登下校を共にし、一年半ずっと同じクラスで顔を合わせているというのに、部屋にコヨミとふたりきりというはじめての状況にぼくはひどく緊張していた。

 児童養護施設で過ごした小学生の頃にも、どこかでふたりきりになったことはあっても、ぼくの部屋でふたりきりという状況になったことはなかった。


 何か話題を振らなければ、とぼくは思ったが、何も思い付かなかった。

 緊張というものは人から人へ伝染するものらしい。

 コヨミは涼しげな顔をしていたが、彼女も何を話したらいいかわからなくなっているようだった。


「その服よく似合ってる」だとか、「理事長夫婦とはうまくやっているの?」とか、後から考えればいくらでも出てくる言葉が、そのときのぼくには全く思い付かなかった。


 しばらくお互いに無言のままの状態が続いた後、


「ずっと来たかったの、イズくんのお部屋。やっとかなって嬉しいな」


 先に口を開いたのはコヨミだった。


 彼女に気を遣わせてしまったことが申し訳なく、男として情けなかった。


「でも、わたしがずっと憧れてた部屋で、イズくんはロリコちゃんと暮らしてたんだね」


 ふたりはとっても仲が良さそうだし、とコヨミはまるでロリコにやきもちををやいているかのようだった。


 そして、


「わたしとしたいこと、見つかった?」


 と、彼女はぼくに訊ねた。

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