第7話「2022/10/07 ⑦」

 どこに連れていき、何をすれば、コヨミは喜んでくれるのだろう。


 コヨミとは同じ児童養護施設で12歳まで共に暮らしたが、彼女が理事長夫婦に引き取られ離ればなれになり、高校の入学式の日にぼくたちが再会するまでには3年が過ぎていた。

 その間に彼女は何不自由ない暮らしを手に入れていた。

 再会してから、すでに1年半が過ぎていた。

 彼女は根本的にはぼくが知る彼女のままだということは知っていたが、彼女には行ったことのない場所や、したことがないことなど、ひとつもないようにぼくには思えた。


 教室の窓際の席で、ぼくは授業中もそんなことばかりを考えながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


 ミハシラ市の中心にそびえ立つ建造中の軌道エレベーターは、市のどこからでも見えた。

 完成すれば「アメノミハシラ」という名前になる予定だという。

 だからこの街はミハシラ市という名前であり、市の名前だけでなく、市営環状線トリフネ線やハバキリ駅など、市内には日本神話にちなんだ名前ばかりがつけられていた。

 ぼくが住む学生寮の最寄駅はオハバリと言い、ハバキリの前後の駅はオオハカリとカムドと言った。


 軌道エレベーター建造のため、海を埋め立て、48番目の都道府県を新たに作る。

 前世紀末期にそんな一大国家事業を立ち上げた当時の首相は、苗字を雨野(あめの)と言ったため、当時は国家事業の私物化だと散々揶揄されたという。

 雨野元首相が行ったバブル崩壊後の経済政策がアメノミクスと名付けられていたことや、インフルエンザが大流行し薬局などでマスクが買えなくなった際、国民ひとりひとりにわずか一枚ずつアメノマスクと呼ばれるマスクが配られたことも、揶揄される原因となってしまったのだろう。


 軌道エレベーターが完成していたらよかったのに、とぼくは思った。

 さすがのコヨミも、宇宙はまだその目で見たことがないだろうと思ったのだ。

 毎週金曜日の朝5時に支給されるログインボーナスの県内通貨をぼくはほとんど使っていなかったから、決済アプリにはすでに1000万円近く貯まっていた。

 県内通貨で宇宙に上がることが出来たならいいのに、と。


 そんな夢物語のようなことを軌道エレベーターを眺めながら考えていると、あっという間に昼休みになっていた。


 昼食もぼくはいつもゼリータイプとブロックタイプの栄養補助食品で済ませていた。


 ロリコがいくらぼくに従順なメイドとはいえ、彼女にコヨミとのデートのためにデートスポットを調べさせたり、デートコースを考えさせたりする気にはならなかった。

 彼女には実体がなく、ぼくにしか見えない姿も小学生の頃のコヨミを元にしているとはいえ、彼女には心があり彼女だけの人格が存在する。人間と何ら変わらない存在だった。

 "RINNE"によって「友だち」になったクラスメイトたちよりも、ぼくはロリコをはるかに信頼していた。

 ロリコがぼくに好意を寄せてくれていることも知っていた。たとえエクスがそういう風に彼女を作ったからだとしても、ぼくを好きでいてくれる女の子に、そんなむごいことはさせられなかった。


 その日の最後の授業が終わる頃、


――明日どこに行きたいか、何がしたいか、決まった?


 透過型ディスプレイに、コヨミからのチャットが入った。


 ぼくが、まだ、とだけ返事をすると、


――わたしが行きたいところは、イズくんの部屋だよ。


 彼女からはそんな言葉が帰ってきた。


――イズくんがわたしとしたいことが、わたしがイズくんとしたいことだよ。


 ドキリとさせられた。


――前から思ってたけど、イズくんのエクスのメイドさんって昔のわたしだよね。

  わたしもおんなじ格好をしてあげたら、イズくん嬉しい? 喜んでくれる?


 心臓が早鐘のように鳴っていた。


 他者の透過型ディスプレイに映る映像を見ることはできない仕様のはずだったが、彼女にはずっとロリコが見えていたのだ。

 赤いエクスは特別仕様だということだったから、コヨミはもしかしたら、他者の透過型ディスプレイを覗くことができるアプリを持っているのかもしれなかった。


――わたしの執事も見てみる?

  今、イズくんの前にいるよ。


 覗くだけでなく、自分の透過型ディスプレイの一部を見せたりもできるのだ。


 ぼくが透過型ディスプレイから顔を上げると、


『はじめまして、葦原イズモ様。

 コヨミお嬢様の執事にして、忠実なる僕(しもべ)、シヨタと申します』


 そこには小学生から中学生になろうとしていた頃の、執事の格好をした半ズボンのぼくがいた。



 お互いに、好き、と素直に言えないぼくたちは、そんな風にしてはじめてお互いの気持ちを確かめあった。

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