第17話 襲撃
窓を割って飛び込んで来た金属の缶が二つ。スタングレネードではなく催涙弾だと形で分かった。
スタングレネードは咄嗟の反応次第で被害を抑えられる可能性があるが、催涙弾は装備が無ければそうは行かない。そう言う判断だろう。
つまり、こちらの装備を甘く見ていると言う事だった。
白い煙が噴き出し、視界が極端に悪くなる。テーブルを立て、遮蔽にした。ソルヤもテーブルの影に伏せさせる。
割れた窓ガラスを外から開け、人が入って来る気配がする。同時に玄関の扉も、こじ開けられる気配がした。
「そっちは任せましたよ」
イーリスはソファーの影に半ば伏せるようにして身を隠しながら、玄関の方を向いていた。
ソファー程度では拳銃弾も防げはしないが、それでも相手の目から隠れる事は出来る。
事前に提供されていた情報通り、ヘルメットにアサルトスーツとタクティカルベスト。そしてボディアーマーで全身を固めた人間が二人。それが窓から入ってくる。
至近距離の.357マグナム弾でも当たり所によっては有効打を与えられない可能性が高い装備だ。
構えているのは拳銃だった。アサルトライフル、恐らくはARX160も担いではいるが、室内で貫通力の高い弾をばらまき、ソルヤを誤射するリスクを避けたのか。
こちらが身を隠して待ち受けていた事に戸惑ったのか、相手は一瞬動きを止め、自分達も壁の影に隠れようとする。
躊躇はなかった。それを追うように姿を半ば晒す。コルトパイソンで合計六発の銃弾を、一発ずつ交互に標的を変えながら相手の頭に撃ち込んだ。
一発目で相手のヘルメットに直撃させる。貫通する事は無くても、至近距離から撃ち込まれた弾丸による頭部への衝撃は、確実に相手の行動の自由を奪う。
隙を晒した相手の顔を掠めるように二発。それで相手のゴーグルを破壊した。これも相手が受ける衝撃は相当な物だ。
自分達が使った催涙ガスが目に入り、二人は目を覆う。
左の男を蹴り上げ、右の男には肘を叩き込む。
正面ではなくわき腹を狙った。ボディアーマーを相手に下手な殴り方をすれば、こちらがダメージを受ける。
同じタイミングで、背後で轟音が二つ響いた。ソルヤが耳を抑え、小さく悲鳴を上げる。
私が向き合っていた二人が倒れたのを確認して後ろにチラと眼をやる。
玄関側から突入して来たらしい二人が倒れていた。イーリスが半ば伏せた姿勢のまま、デザートイーグルを構えている。
イーリスをソルヤと誤認して反応に迷った所で、不意を衝かれたのだろう。
突入と同時にライフルでの制圧射撃をしてくるような相手でなくて助かった。ソルヤを確保するのが目的だった事と、そしてあるいはあちらもぎりぎりまで人死には避けようとしていたのかも知れない。
「い、一瞬で四人も……」
ソルヤが呟いている。
「誰も死んじゃいませんわ、多分。骨の何本かは折れているでしょうし、あるいは内臓も痛めているかも知れませんが」
イーリスがそう言って立ち上がると、倒れた男達の銃を部屋の隅へと蹴り飛ばした。
「え?」
ソルヤがガスマスク越しにも分かるきょとんとした顔をする。
「何だ、胴を狙ったのか」
「ワタクシには咄嗟に二人を相手にして頭を狙うような腕はありませんので」
デザートイーグルの.50AE弾であれば、この装備相手でも頭を狙えば殺せただろう。
イーリスに本当に頭を狙う余裕が無かったのか、それとも敢えて殺す事を避けたのかは、分からない。
「人の部屋の中でデザートイーグルを撃つな」
「あら、キザキがデザートイーグルを嫌いとは知りませんでしたね。なら今度はM500にしましょうか」
イーリスの下らないジョークを聞き流しながら、コルトパイソンの弾倉をフレームアウトさせ、リロードしようとする。
不意に、ぞくりとした感覚が背中に走った。
振り向き、咄嗟にその感覚に向けて、まだリロードの終わっていない銃をそちらへと突き出した。
金属音。殺気と共に襲って来たのはアーミーナイフだった。コルトパイソンのグリップ底で止めている。
込めようとしていた.357マグナム弾が床に落ちる。
五人目。私がイーリスとソルヤに気をやったほんの一瞬の間に射程に入っていた。
相手が最低でも六人いる事は分かっていたから、気を緩めてはいなかった。しかし完璧に気配を絶ち、殺気すらも攻撃の直前まで消していたのだ。
敢えてナイフで向かって来たのは、ソルヤへの万一への誤射を避けるためか。それだけ自分の格闘術に自信があるのか。
小柄だった。しかし繰り出して来るナイフは寒気がするほど鋭い。
後ろに下がろうとする。距離さえ取ればイーリスが撃ってくれる。しかし、下がれない。こちらの動きに合わせて踏み込んでくる。ナイフを止めているコルトパイソンを引けば、そこを衝いてくるだろう。
相手が左手を腰の後ろへと回した。二本目のナイフ。
刃の起こす風。咄嗟に姿勢を低くしてかわした。それからどうにか相手の左手を掴む。同時に膝蹴りが腹に飛んできた。
喰らった。かなり、重い。
その勢いに乗って飛び退こうとする。片足を浮かした相手はそれだけ踏み込むのが遅れた。
距離を取る。デザートイーグルの銃声。相手は倒れなかった。当たった様子もない。代わりに玄関の方向から別の銃声が響いてくる。
六人目。確認している余裕はないが、玄関からイーリスと撃ち合っている。ナイフ使いへの援護か。
息を吐いた。ナイフ。距離を取り、姿勢を低くした私に振り下ろして来る。
転がってかわす、同時にコルトパイソンを後ろに放り出してもいた。.357マグナム弾も床を転がる。
立て続けのナイフ。起き上がった時には私もナイフを抜いていた。それで相手のナイフを受け止める。
二本のナイフによる攻撃が続いた。
相手の持っているナイフは私の物よりずっと大振りで、強度も違う。
それが二本。防具に関しても相手に分がある。受け切れなくなった。受ける事をやめ、ぎりぎりで見切ってかわす事を試みる。
浅い傷をいくつか受けた。かわすたびにこちらの姿勢は乱れて行く。相手は獲物を追う獣のようなどう猛さで、追い詰めて来る。
相当な腕だった。最初に拳銃で突入してきた四人の役割はあくまで陽動と支援で、これが本命か。
上半身のばねだけで姿勢を無理に整え、ナイフを投げた。相手はわずかに身を引き、それを弾く。
ほとんど何も考えずに右手を後ろに伸ばした。手に馴染んだ感触。予想していた。
コルトパイソン。引き金を引く。
相手はそれでも全く怯む事無く、ナイフで銃弾を受け止めるような姿勢で突っ込んで来た。
一発目の銃弾がナイフを一本へし折り、そのまま肩に命中する。さらに二発。ヘルメットと腹にほとんどゼロ距離で直撃し、相手はようやくのけぞると倒れた。
「助かった、ソルヤ」
私はソルヤの方を見た。床に落ちた銃弾を拾い集め、ソルヤが膝を突いて肩で息をしている。
ソルヤなら、私がコルトパイソンを放り出した意味を理解してくれる。そう信じて咄嗟に賭けてみたが、間違いはなかったようだ。
「そ、それよりキザキ。血が、血が……!」
いつの間にか私は血まみれになっていた。なます斬りにされてもおかしくなかった相手だ。
「かすり傷だ。それよりまだ終わってない」
私がそう言った所で、玄関からの銃声が鳴りやんだ。イーリスも一旦応戦を止める。
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