第30話

 放課後になった。いよいよ『スキャンティー紙飛行機大会』が開始される時間だ。オレの担当はグランドだが、オレは夏美と一緒にまず3階の化学実験室に行ってみた。


 オレは面食らってしまった。化学実験室の前はものすごい人だかりなのだ。それも男ばかりが集まっている。1年から3年までの男子生徒、それに男の教師たちがわんさか集まっているのだ。その男たちが化学実験室の前から長い行列を作っている。その行列は3階の化学実験室の前から廊下を通って、階段を降りて、なんと校舎の1階の廊下まで延々と続いていた。


 『スキャンティー紙飛行機大会』の開始前だが、行列はものすごい熱気に包まれていた。「優勝したら、2年1組の倉持が一週間履いたスキャンティーがもらえるんだそうだな」、「倉持の履いたスキャンティーはどんな匂いがするんだろう?」、「倉持のスキャンティーはピンクのレースだろうか? それとも別の色なんだろうか?」といった声が行列のあちこちから聞こえている。


 オレは噴き出してしまった。『知らぬが仏』とはまさにこのことだ。優勝賞品は、夏美が一週間履き続けたスキャンティーというのは嘘っぱちで、実は牧田が一週間履き続けたスキャンティーなのだ。だが、もちろん、オレはそんなことを暴露する気はない。牧田が言ったように、これは夢を売る企画なのだ。


 それにしても『夏美が一週間履き続けたスキャンティー』といううたい文句の威力はすさまじいものだ。男子生徒に男性教師・・・まるで、安賀多高校中の男という男が全部集まっているみたいだ。もちろん、女子生徒や女性教師は一人もいなかった。オレも他人ひとのことは言えないが・・・みんな、優勝賞品の『夏美が一週間履き続けたスキャンティー』に眼の色を変えている。言うまでもないことだが、もし優勝賞品が『牧田が一週間履き続けたスキャンティー』だということが分かっていたら、だれ一人化学実験室にやってくる人間はいないわけだ。


 行列の先頭は化学実験室の入り口になっていて・・・なんと先頭に立っているのは、校長の加治と地理の香田じゃないか! 地理の香田は前に言ったように通称『地歴の香田』と呼ばれている。加治と香田は二人仲良く先頭に並んで、大会の開始前からハアハアと荒い息を吐いている。


 それから、オレは夏美を化学実験室に残して、一人でグランドに出てみた。そして、オレはまたも面食らった。グランドもすごい人だかりだった。ただし、こちらは女子生徒や女性教師ばかりで・・つまりは、女ばかりが集まっていたのだ。朝礼台の上にスタンドマイクが立ててあって山西が立っていた。大勢の女性を前にして山西が何か大声でしゃべっている。


 「みなさん、安賀多高校の女性が一致団結して徹底的に戦いましょう。いまこそ、女の敵である『スキャンティー部』をぶっ潰そうではありませんか。今、スキャンティーが欲しくて、化学実験室に殺到しているオトコども、よく聞きなさい。アンタたちも、私たち女性の敵です! みなさん、化学実験室にいるオトコどもも『スキャンティー部』と一緒にぶっ潰してやりましょう。今こそ、安賀多高校を改革するときです。いやらしい、スケベエなオトコどもから、私たちの安賀多高校を守りましょう。安賀多高校の女性の夜明けを私たちの手でつかみ取りましょう」


 選挙演説のような山西の声に合わせて、女性陣が一斉に片手を空に突き上げる。同時に女性陣から「オー」という勇ましい声が出た。これじゃあ、戦国時代の合戦の『ときの声』のようだ。オレはテレビや映画で見た戦国時代のいくさを思い起こした。まるで、安賀多高校が戦国時代にタイムスリップして、オトコとオンナがいくさを始めたみたいだ。


 オレは、なにかとてつもなく危険なものを感じた。これって・・・安賀多高校の分裂じゃないか! このままでは、安賀多高校が男と女に分断されてしまう。なんとかしないと、安賀多高校が大変なことになる。しかし、なんとかしなければ・・・と思ったのだが、オレには具体的にどのようにしてこの混乱した事態を収拾したらいいのか、まるで分からなかった。


 オレは呆然となった。こんなときには、人間はなんとなく決められた行動を探し出して実行してしまうものだ。オレに決められた行動とは・・・そうだ。ドジョウすくいだ。


 オレはドジョウすくい用の竹製のザルを持って、グランドの中央に歩いて行った。牧田からもらったドジョウ柄のスキャンティーの一枚はもう尻に履いている。もう一枚は学生服のズボンのポケットの中だ。


 オレが歩いて行くと、グランドに集まっていた女子生徒たちがオレを取り囲むように近づいてきた。オレを取り囲もうとする女子生徒たちの声がオレに聞こえてくる。すると・・・何ということだ。女子生徒たちのオレに対する声がだんだんと過激なものに変わっていくじゃないか!


 「あっ、あれは2年1組の小紫君よ」、「小紫君がスキャンティー部の部長なのね」、「えっ、小紫君がスキャンティー部の部長なの?」、「そうなのよ。だから、あれがオンナの敵の小紫よ」、「そうか。小紫はオンナの敵なんだ」、「小紫め。許さないわ!」、「小紫を許すな! オンナの敵の小紫をやっつけろ!」・・・


 オレはあせった。オレがオンナの敵だって? オレはまだ正式にスキャンティー部に入部したわけではないんだ。オレは周りの女子生徒たちにそう言おうとした。しかし、そう思ったときはすでに遅かった。オレは周りをすっかり女子生徒たちに取り囲まれていたのだ。


 オレの周りにはびっしりと女子生徒がいる。身動きとれないとはこのことだ。オレはひるんだ。オレは何も言えず、その場に立ちすくんでしまった。オレを取り囲んだ女子生徒たちが敵意のある眼でオレをにらんでいる。女子生徒たちの無言の剣幕に推されて、オレは恐怖を感じた。逃げ出そうにも周りをすっかり囲まれているので、逃げられない。オレの足が震えた。


 そのとき、グランドのスピーカーから夏美の声が聞こえてきた。いよいよ、牧田が『スキャンティー生放送』を開始したのだ。


 偽の夏美の声が全校に響き渡った。もちろん、グランドにも大音量で流れている。


 「みなさん、こんにちは。私はスキャンティー部、副部長の倉持夏美です。では、これから、みなさん、お待ちかねのスキャンティー部主催『スキャンティー紙飛行機大会』を開始しまぁす。大会開催中は、スキャンティー部部長の小紫君が『スキャンティー安来節(やぶし)』を私の歌に合わせて踊ってくれまぁす」


 オレの背筋がピンと伸びた。オレは学生服の上着とシャツをグランドに脱ぎ捨てた。オレの上半身が裸になる。周りの女子生徒から「キャー」という悲鳴が洩れた。何人かの女子生徒は両手で眼を覆っている。


 偽の夏美の声が続く。


 「それでは、今日も私がスキャンティーの歌をお送りしますよぉ。みなさん、聞いてくださいね。まず最初の歌は某有名野球マンガ『~星』の節ですよぉ。


♪ ドジョウ探して スキャンティー履いて

  これが私の ドジョウすぅくぅい

  お尻に履いた 真っ赤なスキャンティー

  大きなドジョウを つかむまで

  スキャンティーを脱ぐな 洗濯もするな

  け小紫 スキャンティー履いて ♪」


 オレは絶句した。何というヒドイ内容の歌なんだ! 


 しかし、オレの身体は止まらない。


 オレは偽の夏美の声に合わせて、学生服のズボンを脱いだ。オレの意志ではない。身体が勝手に動いているのだ。


 学生服の上下とシャツを脱いだので、ついにオレは腰にドジョウ柄スキャンティーを履いているだけのあられのない姿になった。周りの女子生徒たちの「キャー」という悲鳴がますます大きくなった。「あっ、ドジョウ柄のスキャンティーよ」という声も聞こえてくる。


 次に、オレはズボンのポケットからもう一枚のドジョウ柄スキャンティーを取り出すと頭にかぶった。女子生徒たちの「キャー」という悲鳴の中に「変態!」という声が混じって聞こえてきた。


 スピーカーからは偽の夏美の声が続く。


「それでは、次の歌です。次は某有名美人女性演歌歌手の大ヒット曲『~冬景色』の節ですよぉ。


♪ 赤いレースのスキャンティーを 脱いだ時から

  アナタのドジョウが 丸見えよ

  お尻に履いたスキャンティーは みんなレースで

  隙間からドジョウが 見えるだけ

  私もひとり スキャンティー履いて

  ちぢこまったアナタのドジョウ 握っていましたぁ

  ああああ~ ドジョウすくいはスキャンティー ♪ 」


 オレは再び絶句した。何というお下品な歌なんだ。品位のかけらもないとは、このことだ。きっと3階の化学実験室の中では、本物の夏美がこの歌を聞いて真っ赤になって、両手で顔を覆っていることだろう。


 しかし、オレの身体は止まらない。


 オレは中腰になった。両手で竹カゴを持って、上下に大きく揺すった。泥の中のドジョウをすくう格好だ。オレの竹カゴが周りの女子生徒の一人の制服のスカートの下に入って・・・そして、そのスカートを思い切りめくり上げた。女子生徒の白い太ももが露わになった。たちまち「キャー」という声を残して、その女子生徒が逃げ出した。


 すると、オレの周りにいた女子生徒たちから「あのザルで私たちのスカートをめくるつもりよ」、「小紫がスカートめくりを始めたわ!」、「小紫にスカートの中を見せてはダメよ!」、「小紫のスカートめくりよ。みんな、手でスカートを押さえないといけないわよ!」、「小紫め。スカートめくりとは、いやらしいわね。変態ね!」といった声がオレに浴びせられた。


 オレはそれらの声に合わせて、中腰になった姿勢で「あっ、それ、それ。ドジョウじゃ、ドジョウじゃ」と言いながら、竹カゴを頭に被って、両手を腰に当てて・・・ヒクヒクと腰を前に突き出した。卑猥な動作だ。オレの腰には、ドジョウ柄のスキャンティーがあるだけだ。オレはさらにドジョウ柄のスキャンティーをヒクヒクと前に突き出して「あっ、それ、それ。ドジョウじゃ、ドジョウじゃ」と繰り返す。


 たちまち、周りにいた女子生徒たちが「キャー」、「変態!」・・・と悲鳴を上げて、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 そのとき、校舎の3階にある化学実験室の窓から、多数の光るものが飛び出した。青く澄み渡った初夏の空の中を、赤、青、白、黄、紫、ピンク・・・とさまざまな色の小さなものがグランドをめがけて一斉に飛んできたのだ。凍ったスキャンティーだ。『スキャンティー紙飛行機大会』が始まったのだ。


(著者註)

 作品中の歌詞は以下を参考にしています。

 「行け!行け!飛雄馬 ~巨人の星 ~」 作詞:東京ムービー企画部、作曲:渡辺岳夫

 「津軽海峡・冬景色」 作詞:阿久悠、作曲:三木たかし

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