第4話
オレと夏美は山西にたっぷりと絞られた。山西の怒りはおさまらず、お説教の後は罰として二人で部室の横の女子トイレの掃除を命じられた。
体育館の横には、運動部の部室が並んだ平屋の建物が併設している。その一番奥がダンス部の部室だった。さらにその奥に大きな女子トイレがあった。男子トイレはない。
オレは夏美に連れられて、女子トイレに入った。女子トイレに入るのは初めてだ。オレはドキドキした。トイレの中で女子と顔を合わせたらどうしよう。そんな思いがオレの頭をかすめたが、トイレの中には誰もいなかった。オレはあらためてトイレの中を見まわした。
豪華なトイレだった。中は壁も天井もピンクに統一されていた。眼がピンクでチカチカするようだ。床には茶色のフロアタイルが貼ってあった。右にピンクの手洗い五つとピンクの掃除用具の洗い場がある。入口から中へ進むと、突き当りがL字型になっていて、L字をまわると左側に個室が並んでいる。トイレの外にある廊下に背を向けるようにして、ピンクの個室が9室、一列にドアを開けて並んでいたのだ。個室の中は最新式の洋式トイレだった。ピンクの便器が眼にもあざやかだ。
個室の前の通路は実に広々としている。幅が3m近くはあるだろう。トイレの中の通路というよりまるで休憩スペースのようだ。個室の奥には掃除用具入れがあった。その奥は行き止まりになっている。トイレの出入り口は一ヵ所だけだ。
「小紫君は奥の個室からお掃除してね。私は入り口の個室からお掃除するから、真ん中で合流しましょ」
夏美がオレに言った。オレは夏美に言われたとおり奥の個室から掃除を開始した。便器の中に専用の洗剤と薬品を入れると、掃除用具入れから持ってきたデッキブラシで中をこすった。それから、水で充分に洗剤と薬品を流した後で、素手で濡れた雑巾を持って便器の中をていねいにこするのだ。夏美が言うには、素手で濡れた雑巾を持って便器の中をこするのは、女子高時代からのトイレ罰掃除の流儀らしい。何事も手を抜かずにていねいにしなさいという教育思想だ。
オレは奥の個室から順番に掃除を済ませていった。
しばらくすると、トイレの外がにぎやかになった。練習が終わって、ダンス部の女子生徒たちが部室に戻ってきたようだ。何人かが女子トイレの中にも入ってきた。みんな、真っ赤な半そでのレオタードを着てスニーカーを履いている。レオタードが汗で光っていた。レオタードの胸には白字で『AGADAN』と書いてある。『あがだん』・・・
「あれっ、夏美。トイレ掃除?」
同じクラスの佐々野由香の声だ。
「そう。罰掃除なの。山西先生にたっぷりと叱られちゃった。罰としておトイレの掃除よ」
「へえ、ご苦労様・・・あれっ、小紫君もいるの?」
オレはしかたなく、左手を上げて佐々野たちに挨拶した。真っ赤なレオタードがまぶしい。オレは眼のやり場に困った。夏美がまた余計なことを言った。
「そう、入部希望者なの」
「えっ、入部希望者って・・・小紫君がダンス部に入るの?」
「さあ、お掃除の邪魔よ。出た。出た。体育館のおトイレを使ってよ」
夏美が佐々野たちをトイレの外に押し出した。佐々野たちが文句を言いながら、体育館の方に戻っていった。
オレは掃除を続けた。夏美と真ん中の個室で合流すると、オレは夏美をトイレの入り口近くの通路に連れて行った。
「ねえ、倉持。頼むから『窓ふきダンス』以外のダンスを教えてくれよ。今度、山西先生の前で『窓ふきダンス』を踊ったら、オレ、殺されちゃうよ」
「そうねえ」
夏美はくすくすと笑いながら少し考えた。そして、掃除に使っているデッキブラシを前に突き出した。
「このデッキブラシでもダンスが踊れるわよ。いい。見ていて」
夏美は身体の前に左手でデッキブラシを立てた。タッ、タッ、タッ、タッとリズムをきざむ。右足でデッキブラシの先端を軽く蹴るふりをする。左手を起点にしてデッキブラシを270度回転させて頭上で水平に持った。両手を使ってデッキブラシをくるくると三回転させる。いったんブラシを頭上で水平に静止させると、今度は左足を大きく上げて、右足を軸にして身体を一回転させた。前を向くと、身体の前に今度は右手でデッキブラシを立てている。デッキブラシがトイレの床をトンと叩いた。夏美の口から言葉が出た。「はい、ポーズ」
「これを左右繰り返せば、いつまでも踊り続けられるわよ」
オレは女子トイレの入り口に近い通路で、夏美にデッキブラシダンスを何度も練習させられた。部室はダンス部員たちが着替えに使っているはずだ。
そのときだ。突然、奥の個室から水を流す音が女子トイレの中に大きく響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます