第22話【番外編】ジャン視点6

ミランダが送ってくれた手紙にハンカチが添えられていた。自分で刺繍したと手紙にはあったが、見本みたいに綺麗に揃った縫い目が美しいそれは、たぶん別の誰かがが刺したものなんだろうな。



 俺は手先が器用だったから、昔、内職で貴族令嬢の代作を作ったりしたから、よくわかる。


 背伸びしたい年頃の少女らしくて可愛いけどな…。



 ミランダの薄い手紙に添えられた小包は何だろう。差出人は非常に事務的な筆致でマリーとあった。


 あの何故か気配を感じない不思議な雰囲気の家庭教師マリー先生か。



 小包を開けると、血染めのハンカチが目に飛び込んだ。怖い、ホラーか?


 添えられたカードには、一言『ミランダ様のゴミです。そちらで破棄願います。』とある。



 よく見ると刺繍の失敗作とおぼしきハンカチが何枚も入っていた。


たくさん練習したんだろう。Jの字が少しずつ上手くなってきている。


 ガタガタぼこぼこした針目がとても暖かく感じて指でなぞると爪に引っ掛かる。針で指を刺したのか、血がところどころに付いている。ケガは大丈夫だろうか。


 


 俺の為にこんなに頑張ってくれていたんだ。ミランダのいじらしさに胸を掴まれてしまった。


 昔、町で見かけた子供が母親が縫ったのか、不恰好なイニシャル入りの服を着ていた事があった。なんだガタガタじゃないか、俺が縫った方が上手いぞと馬鹿にした目で見ていたが…。


 たぶん俺は羨ましかったんだな。不器用なのに一生懸命作ってくれる人がいるのが。



 ガタガタの刺繍から、一針一針に込めた想いが伝わってくる。俺の目から涙が溢れたが、このハンカチを汚すことは出来なかった。



 小包の中からはハンカチの他にも分厚い手紙が入っていた。貴婦人みたいな儀礼的な薄い手紙より、こちらの方が暖かくて心がほっこり和む。


 エスメラルダ嬢があの鹿の頭を剥製にしたが毎晩目が合うと怯えているとか、ウサギの襟飾りが可愛くてきにいってるとか、ミランダの日常がいきいきと語られていて可愛い。



 等身大のミランダがそこにあった。



 どこかの貴婦人みたいな振る舞いをするちいさなミランダと必死で努力するミランダ、ギャップが堪らない。この小包は宝物だな。捨てられないで良かった。


 



 俺は先日捕まえたウサギの残りの毛皮で、ちいさな熊のブローチを作った。かつて俺の作ったものの中で最もよく売れた逸品だ。



 本当は、ちゃんとしたものを贈るべきなのだろうが、彼女の真心に応える為に自分で、一針一針想いを込めて作りたかった。


 見えないところに自分のサインを刺繍する。昔露店で売っていたころからの習慣だ。


 ピン留めのところに彼女の名前を花に見立てた刺繍を入れる。



 針仕事が得意だなんて知られたくなくて、露店でたまたま見かけたからと軽い感じで手紙に書いて贈った。




⭐⭐⭐⭐⭐



「まあ、可愛い。露店でこんなに可愛らしいブローチが売っているのね。」



「ミランダ様、そちらを見てもいいですか?」



「ジャン様が贈ってくださったのよ。マリー先生何を?」



 家庭教師マリーは、ルーペを使って丹念にブローチを調べる。


「素晴らしい。」



「マリー先生もそう思う?私の宝物よ。こうしてはいられないわ、お姉様に自慢してこないと。」






 ミランダが去ったあと、壁と同化して呟くマリー先生がいた。


「襟飾りと材質が同じウサギの毛皮。襟飾りも素晴らしい出来だったが、ブローチはさらに素晴らしい。しかも数年前に貴婦人達を虜にした作品を生み出し、人気が出た矢先に消息を断った伝説の職人Jのサイン…。」


 


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