第18話 おまえがパパになるんだよっ!

 芽衣のいつもの強引さに腕を引かれながら、俺は妊娠するべく『マタニティコーナー』へと足を運び15分。


 お腹が妙にポッコリしているジャケットを身に着けながら、おぼつかない足取りで廊下を歩いていた。



「お、重い……。あ、あの芽衣ちゃん? コレ予想以上に膝にくるんですけど? 何キロあんの、このお腹の重り?」

「そうですね、ざっと8キロくらいですかね」

「ま、マジか……8キロでこんな重いの?」



 階段を上るどころか、降りるのだって一苦労だ。


 す、すげぇ! 世の妊婦さんたちは、こんな大変なことを毎日やっているのか……こりゃ頭が下がるわ!


 ヒィヒィ言いながら(あえぎ声じゃないよ? 勘違いしないでね?)芽衣の隣を歩いて行く。


 そんな俺を見て、芽衣は何故か自慢げに「ふふん♪」と鼻を鳴らした。



「どうですか? 世のお母さん方はこんな苦労をして、わたしたちを産んでくれたんですよ?」

「ほんとスゲェな、世の中の母ちゃんたち……。これで買い物とか日常生活を送るだなんて、冗談じゃねぇぞ」

「ふっふっふ♪ これで女性の大変さが身に染みたハズです。士狼も子どもが出来たら、家事を手伝ってくださいね」

「『手伝ってくださいね』っておまえ……。それじゃまるで、俺とおまえが結婚するみたいな言い方じゃねぇか。なにおまえ? 俺のお嫁さんになりたいの?」

「んば!? ――ッカなこと言ってないで、次行きますよっ! 次っ!」



 俺と結婚した風景でも思い浮かべたのだろうか?


 芽衣は一瞬でボッ! と顔を赤くすると、人前であるにも関わらず、犬歯を剥き出しにして、怒鳴り散らしてきた。


 そ、そんなに怒らんでも……ちょっとしたジョークじゃん。


 そのままズンズンと俺を置いて先に行ってしまう芽衣。



「おい待て芽衣、いや待ってください! もうコレ外していい? 超重いんですけど?」

「ダメです、この階を1周するまで我慢してください」

「無理無理ムリムリかたつむり! 我慢なんて出来ない! 生まれる! もう生まれるぞコレ!?」

「やりましたね士狼、頑張って元気な赤ちゃんを産んでください!」



 あれ? それ普通、男側が言う台詞じゃねぇの?


 くそぅ、なんだかさっきから男女の立場が逆転しているからか、妙な気分になってきたぞ。



「あっ! おった、おった! めぇちゃ~ん、シロちゃ~んっ!」

「狛井先輩、おはようございます。……どうしたんですか、そんなに慌てて?」

「いやぁ、僕じゃちょっと判断がつかない案件が飛び込んできちゃってね? だから、めぇちゃんに指示をあおごうかと思って、ずっと探してたんだよ」



 俺がヒィコラ言いながら、やっとこさ芽衣に追いつくと、芽衣はいつの間にかやってきていた廉太郎先輩と楽しく談笑していた。


 このあま……人が苦しんでいるときに、楽しそうに会話なんかしやがって!


 いつか絶対ヒィヒィ言わせてやる! と心の中で真っ赤な誓いを立てながら、廉太郎先輩にペコリと頭を下げる。



「はぁ、はぁ……お、おはようございます先輩」

「おぉ、シロちゃんもおはよ――って!? どうしたの、その見事なお腹は!? 妊娠何か月なの!?」

「15分ですよ」



 プレデターかな?


 おいおい、15分でコレなら1時間後にはコイツ、俺の腹を突き破って出てくるんじゃねぇの!? 


 ヤダ、なにそれ超怖い……。



「はぇ~、大きなお腹だねぇ……いったい誰の子なの?」

「芽衣の子どもです」

「ふふっ、絶対に認知しません」



 えっ!? じゃあコレ、マジで誰の子なのっ!?


 い、嫌だぞ俺!? 母親の分からない子を産むなんて!


 ……うん、我ながら狂った発言だと思う。


 普通男の子は出産しないものだ。



「ところで芽衣、先輩と2人で何の話をしてたわけ?」

「そうでした、士狼をからかっている場合ではありませんでした。狛井先輩、それで? その判断がつかない案件というのは?」

「実はコレなんだよ……」



 そう言って廉太郎先輩がポケットから取り出したのは、1枚の折りたたまれた紙切れだった。


 広げてみると、そこには新聞紙の切り抜きで作られたと思われるモンタージュが、俺たちの視界いっぱいに飛び込んできた。


 え~と、なになに?



「『森実祭を中止せよ。さもなくば、中庭のベンチに仕掛けた爆弾が爆発するだろう。これは警告である』? なにコレ? 珍百景?」

「犯罪予告ですか? これまた古風な……誰かのイタズラでしょうか?」

「多分そうだろうね。このご時世、爆弾なんて簡単に手に入らないし、質の悪いイタズラだと思う。……んだけど、流石に放置するのも、ねぇ?」



 そう言って芽衣の顔色を窺うように、廉太郎先輩がチラっ、とコチラに視線をよこす。


 芽衣は先輩の視線を一身に受け止めながら、顔色を変えることなく「わかりました」とニッコリと微笑んだ。



「とりあえず、爆弾が本当にあるのかどうか、確認しに行ってみましょうか。士狼。猿野くんに連絡して、中庭に来てもらうように言ってください」

「いいけど、なんで元気?」

「もしこの予告通り爆弾があっても、本物かニセモノかなんて、わたし達には判断できませんからね。こういうのは、その道に詳しいプロフェッショナルにお願いするべきです」

「な~る。了解」



 小さく頷きながら、俺はさっさと元気に連絡を入れるべく、スマホを取り出し、通話ボタンをタップした。


 数コールもしないうちに『もひもひ~?』と、気怠けだるそうなヤツの声が鼓膜を揺らした。



『どったんや相棒? 今、休憩中なんやけど?』

「あぁ、元気? 悪いんだけどさ、大至急、中庭に来てくんね?」

『えぇ~、なんでや~?』

「実はカクカクシコシコでさぁ」



 事の詳細を手短に説明し終えると、スピーカー越しから元気の『えぇ~?』という不満げな声が大気を揺らした。



『メンドイからパス~。自力で頑張ってぇな。ほな切るで? ばいび~♪』

「そうか、残念だ。ところで話は変わるんだが、おまえがこの間、俺に貸してくれた【爆乳JKミホリンは、おま●こ定額入れ放題】シリーズなんだけどさ、コレおまえの彼女に又貸またがししても――」

『今日の予定は全キャンセルや! 今すぐ行くでっ!』

「あらいぐまタスカル」



 ピッ、と切断ボタンをタップしながら、スマホをポケットの中に入れ直し、芽衣たちと向き直る。



「すぐ来るってよ」

「ではわたしたちも中庭へ急ぎましょうか」

「了解。あっ、先輩。悪いんですけど、この妊娠セット、返しておいてくれませんか?」

「OK,我が命に代えても――って、重っ!? このジャケット重っ!?」



 俺は疑似妊娠体験が出来るジャケットを廉太郎先輩に預け、前を歩く芽衣に駆け足で近寄って――




「ところで士狼? さっきは聞きそびれたんですか、その【爆乳JKミホリンは、おま●こ定額入れ放題】シリーズって、なんですか?」

「さぁっ! 中庭へ急ぐぞ、芽衣!」




 我らが女神さまの横を駆け抜けて、中庭へと急行する。


 背後から感じる湿った視線は、きっと俺の勘違いにちがいない。

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