第16話 はい、あ~ん♪
「お待たせしました、こちら【ボクのゆいちゃん♪ は世界一ぃぃぃぃぃっ!】チョコレートパフェと【ゆいにゃん♪ はボクの嫁。全国のおまえら、ザマァ☆】スペシャルパンケーキでございます」
そう言って、ウェイトレスの服装に身を包んだ女の先輩が、俺のもとにトリッキーな名前のチョコレートパフェを。
芽衣の前にワードチョイスがファンタスティック過ぎる、やたらと大きいパンケーキがドンッ! と置かれた。
運よく窓際の席に座ることが出来た芽衣が、「きたきたっ!」と目の前に置かれたパンケーキに目を輝かせる。
「コレは予想以上にボリュームがありますね。実に食べごたえがありそうです♪」
「なんかさ、そんだけ食べたら太りそうだよな」
「問題ありません。パンケーキは軽いので、実質0カロリーです」
「いや絶対にそんなことねぇから、何その謎理論?」
頭の中、お花畑なのかな?
ときたまアホになるよね、芽衣ちゃん?
なんてコトを軽く言い合いながら、白い小瓶に用意されたメイプルシロップをふんだんにかけていく芽衣。
あっという間にシロップで蹂躙されたパンケーキを「ムフ~❤」と満足気に眺め、ナイフで器用に切り分けていく。
うん、軽く1000キロカロリーはありそうだ。
「それじゃいただきまぁ~すっ!」
きちんと両手のシワとシワを合わせて幸せ、な~む~。と言わんばかりに、感謝の言葉を口にしながら、パンケーキにフォークを突き刺す。
そのまま「んが~♪」と謎の声をあげつつ、シロップたっぷりのパンケーキを頬張り、ふにゃ、と幸せそうに頬を歪ませた。
「んん~っ! 美味しい! 幸せ~♪」
「ほんと美味しそうに食べるね、チミ」
もむもむ、と桜色の唇を動かしながら、口の中に広がる幸せを満喫する芽衣。
いつもの作り物の笑みとは違う、純粋無垢な笑顔を前に、来店していた客はおろか、ウェイトレス全員が芽衣の姿に見惚れていた。
分かる。分かぞ、その気持ち。
この子の無邪気な笑顔は、もはや凶器だよね。
それにしても……本当に美味しそうに食べるなぁ、コイツ。
あまりにも芽衣が美味しそうに食べるもんだから、ついついゴクリッ、といやらしく喉が鳴ってしまった。
「ね、ねぇ芽衣ちゃん? そんなに美味しい? そのパンケーキ?」
「そうですね、一言で言えば絶品です」
「そ、そんなに? ……あ、あのさ? 俺のチョコレートパフェを一口
「いいですよ、別に」
マジでっ!? と喜ぶ俺の前で、シロップがたっぷりついたパンケーキが口元まで運ばれてくる――って、えっ?
「はい士狼、あ~ん」
「えっ? うそっ? まさかの『あ~ん』? みんな見てるし、恥ずかしいんだけど……?」
「いいから。ほら士狼、あ~ん」
「いやですから? 自分で食べられ……」
「あ~ん」
「だから自分で……」
「士狼?」
「……あ、あ~ん」
よろしい♪ と上機嫌に俺の口の中にパンケーキを突っ込む芽衣。
若干、気恥ずかしかったが、それもすぐさま一口
「おぉっ! これは確かに美味いわ! ふわっとした触感に、後を引かない甘味がなんとも――」
「はい、あ~ん」
「えっ? あ、あ~ん」
モチャモチャと
まだ口の中に残っているパンケーキを飲み込む暇もなく、差し出されたソレを素直に口に含む。
その途端、芽衣が心底楽しそうにクスクス笑いながら、再びパンケーキを俺の口元まで運び……おやおやぁ?
「はい、もう1つあ~ん」
「いやあの芽衣さん? まだ口の中にパンケーキが………」
「あ~ん?」
「いやだからね? もう入らない……」
「あ~ん?」
「あ、あ~ん……」
覚悟を決めろ、俺!
美味しい? と尋ねてくる芽衣に、無言でコクコク頷きながら思う。
いや美味しいちゃ美味しいんだが、こうもたくさん詰め込まれたら、味なんて二の次になるんですけど?
「よかった! まだまだ、いっぱいありますからね!」
「ふぇぇ……」
無邪気というか、邪気いっぱいの笑顔でパンケーキを差し出してくる芽衣。
あぁ、ダメだ……イジメっ子モードに入ってる。
こうなったら、彼女の気が済むまで付き合わなければいけないワケで……チクショウっ!
やってやんよ! 俺、やってやんよっ!
リスみたいに頬をパンパンにしながら、改めて覚悟を決める。
母ちゃん……もしかしたら俺、今日、メイプルシロップで溺死するかもしれない。
デブの夢のような死に方が頭によぎった瞬間、ウェイトレスさんの「困ります先輩っ!」という声が入口あたりから聞こえてきた。
「あら? なんの騒ぎですかね、コレは?」
芽衣の意識が入口に向いている間に、これ幸い! と言わんばかりに急いでパンケーキを咀嚼する。
モゴモゴと口を動かしながら、芽衣に釣られるように入口に視線を移動させると、そこには大学生と思われる3人の男子グループがウェイトレスさんに言い寄っていた。
「ずっと前から並んでいるお客さんも居るんですから、ちゃんと並んでから入店してください!」
「まぁまぁ、細かいことは気にしちゃダメだって」
「そうそう、俺たちOBなんだからさ。ちょっとぐらい大目に見てくれてもいいじゃ~ん」
「おっ! あそこにメチャクチャ可愛い女の子はっけ~ん♪」
ウェイトレスの女子生徒の制止を振り切り、ズカズカと3―Aの教室に入ってくる3人の大学生。
俺を含め、スイーツを楽しんでいたお客たちは「何事か?」と大学生たちの動向を見守った。
そんな視線など関係ないとばかりに、3人はズカズカと窓際まで移動すると、俺たちの座っているテーブルまでやってきて、空いていた椅子に勝手に腰を下ろした。
「おうおう僕ぅ? えらい可愛い彼女、連れてるじゃな~い?」
「ねぇ君、名前なんて言うの? よかったらライン交換しない?」
「あっ、ずりぃぞおまえ! そうだっ! これからさ、オレたちと一緒に周ろうぜ。大丈夫! オレらここのOBだからさ、多少無茶しようが顔が効くから」
案の定、俺という存在を無視して、芽衣を口説きはじめる男子大学生たち。
どうやら、ここのOBらしいが、芽衣のことを知らないとなると、俺たちと入れ違いで卒業した人たちなのだろう。
妙にチャラい3人を前に、芽衣はいつもの笑みを浮かべてはいるが、俺には分かる。
アレは結構腹が立っているときの笑顔だ!
ヤバい! と思った瞬間、俺は隣に座った男の肩に手を回していた。
「もうヤダァ~♪ アタシを無視しないでぇ~♪ アタシも混ぜて~ん?」
「う、うわっ!? な、なんだコイツ!? き、気持ちワリィ!?」
急にオネエ言葉で絡みだした俺に3人の頬がヒクッ、と引きつった。
が構わず肩に手を回している男の胸板で「の」の字を書きながら、色っぽくウィンクしてみせる。
「ひっど~い!? そんなこと言わないでよぉ! あっ、お姉さ~ん! ストロベリーパフェ2つと無駄にオレンジジュース5つ、もちろんこのお兄さんたちの
「お、おい! なんかコイツやべぇぞ!?」
「も、もういいから行こうぜ」
男達は慌てて席を立つなり、そそくさと3―Aの教室を後にした。
途端にパチパチパチ、と俺を賞賛するかのような拍手が教室中を包み込んだ。
「いやぁ、どうもどうも」と気恥ずかしくなりながら、小さく頭を下げる俺に対し、芽衣は、
「相変わらずコミュ力は無駄に高いですよね、士狼は」
と褒めているのか、
「ちょっと芽衣ちゃん? ソレ褒めてるの? それとも貶してるの?」
「もちろん褒めているんですよ、大絶賛です」
ニッコリと微笑む芽衣。
何故だろう、褒められている気がしない……。
「多少空気の読めない強引なところは、数少ない士狼の長所ですからね」
「ねぇ、やっぱりバカにしてるよねソレ?」
それと強引さに関してだけは、おまえに言われたくないんですけど?
強引理不尽大魔王に湿った視線を向けていると、彼女は「では食事の続きといきましょうか」
と、いつもと変わらない笑顔を浮かべていた。
だから、ほんのり頬が赤く見えたのは、俺の目の錯覚に違いない。
そう自分に思い込ませながら、俺はまだ手をつけていなかったチョコレートパフェへと視線を落とした。
そこにはドロドロに溶けて無残な形となったパフェが、モノ悲しそうに鎮座していた。
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