エピローグ 聖なる愚か者の行進

『よく聞け、大神の名をつぎし我が息子、シロウよ。……貴様には失望した』



 ラスボスのような語り口が、リビングで待機している大神四天王(2人しかいないけど)の肌を撫でた。


 ラスボス、もとい母ちゃんは「おまえは四天王の中で最弱!」と言わんばかりに、



『まさか全科目解答欄をズラして記入しているとは……さすがのお母ちゃんもここまでは読めなかったぞ』



 森実高校史上初となる全科目同時0点という、なかばテロリズムとしか思えない偉業達成を前に、珍しく母ちゃんが怒るでも怒鳴るでもなく、呆れた声を出す。


 どうやら事の詳細は学校側からもう母ちゃんに伝わっていたらしく、我が家に帰宅するなり約2週間ぶりの緊急家族会議が開催された。



『お母ちゃん、あんたのバカさ加減を見誤っていたわ。ゴメンな?』



 ダイニングテーブルの上に置かれた俺のスマホから、母ちゃんの申し訳なさそうな謝罪が聞こえてくる。


 どうして俺の周りの大人たちは、まともな謝罪ができないのだろうか?



『これは予定通り、お母ちゃんが帰るしかなさそうだね』

「ま、待ってくれよ母ちゃん! こ、これには深い事情があったんだよ!」

『ほぅ、言い訳とはいい度胸だな【清少納言】くんよぉ』

「ごめんなさい。謝るんで、ちゃんと下の名前で呼んでください……」



 おそらく母ちゃんは今、俺の古典の回答用紙を見ているはず。


 俺もさっき確認したが、氏名の欄に「清少納言」と堂々と書いてあってビックリしたなぁ。


 いつ俺は性転換手術をしたのだろうか?


 自分のことながら本当に怖いや♪



『どんな事情があろうと0点を取ったことには変わりないだろうが、あぁん?』

「で、でも! 記入ミスさえしなければ、それなりにいい点数が取れていたハズなんだよ!」

『どんなに言いつくろうが、この世の中、結果が全てなんだよ。バカたれが』

「うぅ、チクショウ……。俺だって頑張ったのに……」

『過程を誇ってどうする、バカ息子。大事なのはそこへ至る道筋じゃねぇぞ』



 くぅ、根も葉もない正論をペラペラと!


 何も言い返せなくなった俺に、母ちゃんは決定事項とばかりに、俺と、ついで隣でガタガタ震えている姉ちゃんに向かってハッキリとこう言った。



『約束通り今月の終わり頃には、お母ちゃんそっちに戻るから。以上、通信終わり』

「ちょっ!? 待って母ちゃん! 俺の話を聞いて――」

「お、お母さんっ!? お願いだから愛しの娘の話も聞いて――」



 姉弟してい仲良く母上に直談判しようとした直前、これ以上の交渉は無用っ! とばかりに通話をぶったぎるマイマザー。


 気が狂いそうな静寂が我が家を支配したが、それも一瞬のこと。


 次の瞬間には大神家が誇るリトル・バーサーカーが、悪鬼のごとき形相で俺の襟首を握り締めていた。



「ちょっと!? どうすんだ士狼!? テメーのせいで、お母さんが帰ってくるじゃない!」

「どんまい♪」

「ブチ殺すぞ?」



 実の姉に殺害予告を口にされる午後10時30分。


 場をなごませようと、お茶目にウィンクなんて決めたのがダメだったのだろうか?



「嫌よあたしっ! お母さんが我が家に帰ってくるなんて!」

「俺だって嫌だよ!『恵美子のおしゃべりク●キング』でさえ拝謁はいえつしたことがない多種多様のプロテイン料理が食卓をいろどるなんてっ!」

「あぁ、なんで神はあたしにばっかりこんな辛い試練を与えるの? あんな筋肉サイボーグと一緒に生活するなんて……想像しただけで発狂しそうだわ」



 母ちゃん、実の娘に酷い言われようである。


 あとでこっそりチクってやろう、と心のホワイトボードに姉ちゃんの言葉を書き記していく。


 久しぶりに姉ちゃんの泣き顔が見られるのかと思うと、胸の高鳴りが抑えきれないぜっ!


 かくして俺、大神士狼の自由気ままな生活は、母ちゃんの緊急帰宅と言う形で終止符が打たれる結果となった。




◇◇◇




「はへぇ~。それじゃ、結局ししょーのお母さんは家に帰ってくることになったんだね」

「ほんと不本意なことにな」



 テスト週間があけた次の日の木曜日の早朝。


 俺は今回の事の顛末を古羊と芽衣に話しながら、学校へと続く坂道をトロトロと歩いていた。



「不本意なのはわたしたちの方ですよ。あんなに勉強を教えてあげたのに、なんで本当に全科目0点を取っているんですか」

「ま、まぁまぁメイちゃん、そんなに怒らないで」



 周りに生徒達がチラホラいるおかげで、マイルドな口調でプンプン怒っているが、その目は、


『おいカス。アタシがつきっきりで勉強みてやったのに、これはどういう了見だ? おっ?』


 と語っていた。


 目だけでこれだけの情報量を伝えるコトが出来るだなんて、さすがは女神様だ。


 こんなチンピラめいた芸当、女神様じゃなければ出来っこない。



「俺なりに頑張ったんだけどなぁ……」

「士狼、過程を誇ってどうするんですか? 大事なの結果――」

「あぁ、それもう母ちゃんに言われたから。言わんでいいぞ」



 俺の雑な対応が癪に触ったのか、芽衣はムッ、とした表情になった。


 そんな親友の小さな機微きびに気づいた古羊が、場の雰囲気を変えるように小さく手を叩いた。



「そ、そう言えば来週から3泊4日の修学旅行だね!」

「おっ? そう言えば、もうそんな時期か。早いなぁ」

「やっぱり修学旅行の醍醐味と言えば、何と言っても3日目の自由行動だよねっ! ししょーは3日目の自由行動の日、何か予定でもあるの?」 

「俺か? 俺はもちろん自慢の彼女とワイキキビーチを駆け回りながら、夜は夜景が綺麗なレストランで彼女の瞳に乾杯――」

「ていう妄想でしょ?」

「……うん」



 古羊もここ2カ月ちょいで俺の扱いに慣れたのか、俺の妄言をバッサリと一刀両断する。


 あまりにもバッサリいくものだから、一瞬『人斬り抜刀斎かな?』て錯覚しちゃいそうになったくらいだ。



「それで? 現実は?」

「……何の予定も入ってないです、はい」

「そっかぁ!」



 シュンと肩を落とす俺を嬉しそうに眺める古羊。


 ドSさんなのかな?



「だ、だったらさぁ。3日目の自由行動、ぼ、ボクと一緒に行動しない?」

「はいっ?」

「い、いや変な意味はないよ!? これも男性恐怖症克服のための特訓でね!? そのぅ……ダメ、かな?」



 上目使いでチラチラと俺の顔をうかがう古羊。


 お、おまえ……それは世に言うデー――




「何を言っているんですか洋子? 士狼に修学旅行なんてありませんよ?」




 瞬間、俺と古羊の身体がピシリッ! と凍った。


 数秒の後、先に意識を取り戻した俺がクワッ! と瞳を見開いて、芽衣に詰問きつもんした。



「修学旅行が無い? Why? なぜ? じゃあ俺の修学旅行はどこに行ったんだ!?」

「ひ、酷いよメイちゃん!? いくらメイちゃんでも断固抗議するよ!」

「落ち着いてください2人とも。この間の学年集会の際、学年主任の先生が発した言葉を覚えていないんですか?」

「「な、なんだっけ……?」」



 コテンッ、と古羊と鏡合わせのように首を傾げる。


 そんな俺達を見て、芽衣は「覚えてないんですね……」と頭痛を抑えるように、こめかみに指先を当てた。



「良いですか2人とも? 先生はこうおっしゃいました。『中間テストで赤点を3つ以上取った者は、修学旅行を返上して、補習を行う』と」

「あぁ~、そう言えばそんなコト言ってたような」

「あ、あれ? め、メイちゃん、それって……」



 ようやく気づきましたか、と小さくため息をこぼす芽衣と青い顔を浮かべる古羊。


 えっ、えっ? なになに? ナニに気づいたの2人とも?


 2人のリアクションの意味が分からずキョロキョロしていると、芽衣がさらに言葉を重ねてきた。



「つまりですね? 赤点を3つ以上取った者は、みんなが修学旅行を楽しんでいる4日間、学校で補習を受けなければならないんですよ」

「ほーん、補習を受けるヤツは大変だなぁ……って、あれ? ちょっと待てよ?」



 赤点が3つ以上? 


 ということは、全科目0点の俺は……もしやっ!?



「察したようですね士狼。そうです、全科目赤点だった士狼の修学旅行は――」

「返上して学校で補習漬けになるね……」

「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」



 俺のたった1度の高校時代の修学旅行が、始まる前から終わっていた件について。



「というわけで、自由行動の日は、わたしと一緒に行きましょうね洋子」

「うぅ……酷いよメイちゃん……」



 ぽんっ、と古羊の肩を今日1番の笑顔を浮かべて叩く芽衣。


 そんな芽衣に、古羊は勇気を出してお願いした。



「ね、ねぇメイちゃん? メイちゃんの力で何とかならない……?」



 コテンッ、と上目使いで甘えた声を出す古羊。


 か、可愛いじゃねぇか。


 こんな可愛いおねだりを断るヤツは人間じゃねぇ!



「ムリです♪」



 人間じゃねぇ……。


 俺が信じられないモノを見る目で芽衣を見ている隣で、「そんなぁ~」と悲痛の叫びをあげる古羊。


 架空のシッポと耳がシュンッ、とうな垂れているのが容易よういに想像できた。


 ほんとこの女は、どこまでもワンコチックだな。


 お持ち帰りしてやろうか?



「はいはいっ! 2人とも落ち込んでないで、早く行きますよ?」

「あぁメイちゃん!? 引っ張らないでよぉ~」

「ちょ、芽衣!? ムリムリ、走れない、走れないから!」



 パシッ、と俺達の手を持って坂道を駆けだす我らが女神さま。


 ブラックパールのような黒髪を風に靡かせ、「ほらほら行きますよ~っ!」と、無邪気に笑う。


 気がつくと、俺たちも笑顔で彼女のあとを追いかけていた。


 3人で駆ける道程は、なんだかほんのり温かく、お日さまの匂いがした。

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