第17話 「女神」と呼ばれている学校1の美少女が俺の恋路を監視してくる件について

『昨日は突然ごめんなさい。もしよければ、今日のお昼休み、一緒にご飯を食べませんか? 中庭の銀杏いちょうの木の下で待っています。

                            1年E組 鹿目窓花』




◇◇◇



「……勝った」



 鹿目ちゃんに告白された翌日の昇降口にて。


 俺は登校するなり、下駄箱に鎮座していた彼女からの熱烈なラブレターに、1人静かに涙を流していた。


 下駄箱の前で天を仰ぎ、目を瞑る。


 何に勝ったのかは分からないが、間違いなくこの瞬間、俺は何かに勝利していた。


 俺は上履きに履き替えるのも忘れ、夢中で鹿目ちゃんからのお手紙を読み返す。


 それはもうほんとに、穴が空きそうなくらい何度も何度も、何十回、何百回と読み返した。


 丸っこい女の子らしい文字なのに、綺麗に整えられたソレは、彼女の几帳面な性格をこれでもかと現しているかのようで、もう……好き♪



「ふふっ、ふふふふふっ」

「? なにを笑っているんですか士狼?」

「うぇいっ!? め、芽衣さん!? いつからそこに!?」

「ついさっきですけど……。それと『さん』づけはやめてください」



 パッ、と背後に振り返ると、そこには我らが生徒会長さまが、いつの間にやら覗きこむように俺の背後に立っていた。


 び、ビックリしたぁ。


 気配消すの上手すぎだろコイツ? 幻の六人目シックスマンかよ? 


 と内心ツッコんでいると、芽衣の視線がジーッ、と俺の手元に注がれていた。


 いや正確には俺の手に握ってある鹿目ちゃんの手紙をぉぉぉぉぉ――っっ!?



「士狼、なんですかその手紙は?」

「アマゾンからのラブレターだよ」

「なんで三橋くんからラブレターを貰うんですか……」



 嘘を吐くコツは嘘の中に本当のことを混ぜることである。


 これで芽衣は本当に俺がアマゾンからラブレターを貰ったと誤認識したに違いない。


 まったく、自分の優秀な頭脳が怖くなるな。



「男の子からもらった手紙にしては、妙に可愛い便箋びんせんですね」

「ほらアイツ、可愛いモノ好きだから」

「ふぅぅぅぅぅん」



 顔色1つ変えずにペラペラと適当なことを口にする俺。


 おいおい、もしかしたら俺、俳優の才能があるんじゃねぇの?


 今年のオスカー賞は俺で決まりか?



「さて、と。こんなところで立ち話しているのもアレだし、さっさと教室に行くか!」

「あっ、待ってくださいよ士狼っ!」



 なおも何か言いたそうにしていた芽衣に先んじて、早足で教室へと移動する俺。


 これで手紙のことは有耶無耶になったに違いない。


 俺はポケットに仕舞いこんだ未来のワイフからの手紙を指先でやさしく撫でながら、いまだうたがわしい視線を向けてくる芽衣と共に2年A組の教室を開けた。




「アマゾンっ!? しっかりしろアマゾォォォォォォンっ!?」

「誰かっ!? 誰かこの中にお医者様の息子様、もしくはブラ●ク・ジャック全巻読破した方はおられませんかっ!?」

「バカ野郎がっ! だからアレほど直視するなと言っておいたのにっ!」


 


 教室を開けてまず最初に目に入ったのは、涙と鼻水で顔をグシャグシャにして床に倒れているアマゾンの姿であった。




「な、なんですかこの騒ぎは……?」

「さぁ?」



 俺の隣りで中々教室へ入ろうとしない芽衣が目を丸くして、アマゾンの周りで騒ぎ立てる男子共を見下ろす。


 その顔はいつも通り笑みを張りつけてはいるが、瞳は完全にドン引きしていた。



「大神、大変だ! アマゾンが死んだ!」

「いや生きてるけど?」



 とりあえず周りの野郎共を鎮めながら、アマゾンのもとまで歩み寄ってみる。


 アマゾンは虚ろな瞳で俺の姿を捉えたかと思うと、カッサカサになった唇を動かして「大神か……」と小さくうめいた。



「どうしたアマゾン、何があった?」

「……あ、アレを見ろ」



 息も絶え絶えのアマゾンが最後の力を振り絞るように、黒板の方へとその震える指先を向けた。


 そこには、




「もうっ! ダーリンったら、予鈴が鳴っちゃうっすよぉ~♪」

「まだあと5分あるから平気やって。それよりも……ぎゅぅぅぅぅぅっ♪」

「きゃぁぁぁぁぁっ♪」




 自分の席で、股の間に座らせた司馬ちゃんを背後から抱きしめている元気カスの姿が、そこにはあった。




「ぶはっ!?」

「アマゾンが死んだ!?」

「この人でなしぃぃぃっ!」



 2人のラブコメの波動に当てられ、アマゾンがまた床へ熱烈なキスをぶちかます。


 いや今回はアマゾンだけではない。


 2人の吐き気をもよおす邪悪なる行為に1人、また1人と床へ伏していく。


 もしかしたら元気と司馬ちゃんは大量虐殺の妖精なのかもしれない。



「あいつら、とうとう開き直って教室でテロ行為に手を染めやがった!」

「大神、もう我慢できねぇ! 猿野の野郎をコンクリに詰めて瀬戸内海に沈めてやろうぜ!?」

「そうだそうだ! アイツがいたってウチのクラスにとっては百害あって一利なしだ!」

「だな! 今こそ2―A男子が結束するときだ!」



 生き残っていたモテない男たちが、砂糖に群がるアリのように俺にすり寄ってくる。


 昨日までの俺だったら『了承 → 作戦立案 → 実行 → 抹殺』とクラスのバカどもを纏め上げて、元気を瀬戸内海の汚いオブジェにしていた所だろう。


 だが、残念ながら今日の俺は一味違う。


 最愛のマイワイフ(予定)である鹿目ちゃんがいる以上、元気たちを見ても何も感じない。


 むしろ「あぁ、朝から盛ってんなぁ」としか思えない。


 だって俺には鹿目ちゃんがいるから。


 鹿目ちゃんがいるから!(大事なコトなので2回言ったよ♪)


 だから親友の恋路を守るべく、俺は殺気だったクラスメイトたちを鎮めるため、菩薩ぼさつのような笑みを浮かべて言ってやった。



「落ち着けよ、おまえら? 人を憎んでどうなるっていうんだ」

「な、なぜ止めるカス!?」

「あんなモノを見せられて悔しくないのか、このカス!?」

「というかおまえ、なんでまた羊飼さんと一緒に登校してんだ? このカス!?」

「だからおまえはカスなんだ、このカス!?」

「落ち着けカスどもっ!」



 俺の一喝いっかつにざわめいていたカスたちが一斉に押し黙る。


 まったく、人が下手に出ればいい気になりやがって。


 人をカス呼ばわりするからモテないだぞ? このカスどもが!


 2―A男子のモテなり理由を垣間見て戦慄せんりつしている俺の隙間を縫うように、芽衣が倒れているアマゾンのもとまで近寄り、




「お休み中のところすみません三橋くん。1つ確認してもよろしいでしょうか?」

「ひ、羊飼さんっ!? か、確認とは一体!?」

「はい、実は三橋くんが士狼に渡したラブレターについてちょっと聞きたいことが――」

「大丈夫かアマゾン!? 意識はあるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」




 アマゾンに素早く近づき、余計なことを言われる前に頸(けい)動脈(どうみゃく)を締めあげ意識を刈り取る。


 くぺぇっ!? と謎の声を上げながら夢の世界へ出航ボンボヤージュしていく偉大なる友人を見て、ほっ、とため息をこぼす。


 あ、危なかった……あと少しで俺の完璧なる嘘がバレるところだったわ……。


 そう、鹿目ちゃんとの1件は芽衣にだけはバレてはいけないのだ。


 イタズラ好きのコイツのことだ、バレたら絶対に場をかき回してくるに違いない。


 なんせこの女には、我が家での『ニセ彼女』事件の前科がある。


 絶対にバレるワケにはいかない。


 俺と彼女の幸せのためにもっ!


 絶対にだっ!



「チクショウ元気め、よくもアマゾンを……許せねぇ!」

「いや、今確実にトドメを刺したのは士狼ですよね?」

「テメェら! 今こそ2―A男子が立ち上がるときだぁぁぁぁぁっ!」

「……わざと聞いてないですよねソレ?」



 バカどもをきつけ、学校中に響き渡る雄叫びで芽衣の言葉をかき消す。


 ジーッ、と何か言いたげな眼差まなざしを向けてくる芽衣を全力で無視しながら、俺はバカどもを鼓舞し続けた。

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