第14話 それいけっ! さくらん☆BOYS

 ――猿野元気。


 我が数年来の大親友にして、神に与えられた才能を頭脳10に全振りしたような男。


 頭がよく、発明が大好きで、よくワケの分からんモノを作っては学校側に怒られている我が残念な友人の1人だ。


 どれくらい残念なのかと言えば、去年の家庭科の調理実習で『みそ汁を作れ!』と言われてカレーライスを創造クリエイトしてしまうくらい残念な男なのだ。


 他にも中学の卒業文集の『100万円拾ったらナニしたい?』の欄において、『女の子の手料理をお腹食べたいっ!』という、『いっぱい』と『おっぱい』をかける【Z世代】の弊害へいがいを思わせるような天才的なギャグは神がかっていたのを今でもよく覚えている。


 そんな俺の大切な親友が今――



「はいダーリン、あ~ん♪」

「あ~ん♪」



 ――今、出来立てホヤホヤの彼女のお手製のお弁当を『あ~ん♪』してもらいながら、だらしなく鼻の下を伸ばしていた。



「……こんな元気の姿、見ぉなかった」

「みーとぅー……」



 アマゾンの心の底からの同意が鼓膜を叩く。


 場所は2年A組の教室から打って変わって、1階の空き教室にて。


 俺はアマゾンひきいる2年A組『さくらんボーイズ』達を引きつれ、扉の影に隠れるようにして、2人の仲をベテラン刑事さながらの視線で見守っていた。



「あのぉ? みなさん、何をしているんですか?」

「シッ! 芽衣、静かにっ! 奴らに気づかれるぞ!?」



 俺は人差し指を唇の前に持っていき、何故か一緒に着いてきた芽衣に『静かにしろっ!』とジェスチャーを送る。


 もちろんその間も瞳は元気と司馬ちゃんに釘づけだ。



「う~んっ! ハニーの唐揚げは相変わらず美味しいのぅっ!」

「それは卵焼きっすよぉ~♪」



 産みの母親であるニワトリが見たら発狂しそうな司馬ちゃんお手製の真っ黒い物体……卵焼きを頬張りながら、デレデレと頬を緩ます我が親友、元気。


 ヤツのガリガリ、ゴキンッ! と卵焼きを咀嚼そしゃくしているとは思えない音をBGMに、俺は浅く唇を噛みしめた。



「クソッたれめ! 一体いつから付き合い始めたんだアイツら!?」

「確か先週のゴールデンウィーク終盤からって言ってましたよ? なんでも司馬さんから告白してきたらしいです」

「ガッデム!?」



 聞きたくない追加情報が芽衣の口から溢れ出る。


 その間にも元気と司馬ちゃんは楽しそうにお喋りをしていて……クソがっ!?



「チクショウっ! ここからじゃ遠すぎて2人の会話が聞こえねぇっ!?」

「というかですね士狼? こんなことをしているヒマがあったらテスト勉強を――」

「よし、やったぞ大神! クラス1影の薄い黒子が2人の居る部屋に侵入したぞっ!」



 芽衣の言葉をぶった切るようにアマゾンの声が小さく廊下に反響する。


 見るとクラス1目立たない黒子くんが、匍匐ほふく前進ぜんしんでゆっくりと2人に近づいている姿が目に入った。


 その途端、「おぉっ!」と野郎共が小さく沸いた。



「でかしたエージェント:チェリーッ! そのまま2人の会話を1つ残らず聞き取るんだっ!」



 いけぇチェリーッ! と黒子くんの活躍を固唾を飲んで見守る俺たち。


 そんなことをしている間に、司馬ちゃんが「あっ」と声をあげて元気の方へと顏を寄せていった。



「ダーリン。ココ、お米さんがついてるっすよ?」

「ん? どこや?」

「ここです、ここ♪」



 そう甘い声を出しながら、司馬ちゃんの唇が吸い込まれるように元気の唇へと向かっていき……。




 ――むちゅっ。




 と擬音が聞こえそうなほど2人の唇が悪魔合体しデデデデデデデッッッッ!?!?



「「「「アアアアああああぁぁぁぁァァァァ――ッッ!?!?」」」」

「ッ!? イカン、耐性の無いヤツが発狂し始めた!?」



 もはや俺たちに対してのテロリズムとしか思えない行為を前に、心の弱い同志たちが壁やら床やらに頭を打ち付け始める。


 チュッチュッチュッチュ♪ と俺たちの目の前で暴虐の限りを尽くすバカップルの卑猥極まる音色をBGMに、野郎共の乾いた叫びが廊下へと木霊する。



「うぉぉぉっっ!? やめてくれぇぇぇぇ――ッ!? おれの司馬さんをコレ以上汚さないでくれぇぇぇぇぇ――ッッ!?!?」

「脳がこわれりゅぅぅぅぅぅ――ッッ!?!?」

「これは夢、これは夢っ! はやく目を覚ませオレぇぇぇ――ッッ!!」

「美女と野獣のカップルなんで納得いかねぇよぉぉぉおおお――ッッ!?!?」

「あああァァァッッ!? 嫉妬で気が狂いそうだぁぁぁぁぁ――ッッ!!」

「殺せぇぇぇぇぇっ!? 誰か元気アイツを殺せぇぇぇぇ――ッッ!!」


「あぁ~……それじゃ士狼? わたしは洋子とお昼を食べて来ますので、気が済んだら生徒会室に来てくださいね?」



『もう見てらんないわ……』と言わんばかりに、ニッコリと笑みを顔に張り付けながら阿鼻叫喚の地獄絵図と化した廊下をスタスタと歩き去って行く芽衣。


 世界の不条理をなげく俺たちを無視して、さっさと廊下の角を曲がって消えていく女神さま。


 そして1人、また1人と気を失っていく仲間たち。


 この世の地獄が、そこにはあった。



「た、大変だみんな!? 黒子がショックで気絶しているぞ!?」

「坂下が息をしてねぇっ!? しっかりしろ坂下ァァァッッ!?」

「ママァーっ!?」



 泣き叫ぶさくらん坊やたち。


 そんな中、俺の脳裏には走馬灯がごとく親友元気との記憶が溢れかえっていた。


 登下校中、橋の下に落ちていたエロ本を一緒に観ていた小学校時代。


 俺が女の子に告白してフラれた日は、必ずラーメンを奢ってくれた中学時代。


『羊飼さん、やっぱり可愛いよなぁ……結婚したい』と永遠の友情と劣情を芽衣の虚乳に誓いあった高校1年生の冬。


 元気、ゲンキ、げんき……。



「止めなきゃっ! あの2人を止めなきゃっ!?」

「無理だ大神カスっ! 諦めろっ!」

「でもアマゾンッ!?」

「現実を見ろっ!」



 2人の居る部屋に突入しようとした俺の肩を、力強く引き留めるアマゾン。



「オレだって大神おまえと同じ気持ちだよ。でもな? あまりにも廊下ココ教室なかの空気感が違い過ぎる。あまりにもだっ!」



 そのうえ……、と俺たちの下半身に視線を落とすアマゾン。


 そこには2人の情事に当てられたせいで、アソコが『がちキャン△』のテント設立会場へと早変わりしている光景が広がっていた。



「恥ずかしながら、オレたちの魚肉ソーセージは今にもはち切れんばかりにパンパンだ。なんとも情けない……。こんな状況で『やめろ――ッ!?』と叫びながらあの2人に突貫するだなんて……出来ないっ! 死んでも出来ないっ!」



 ツツー、と瞳から涙の雫を流すアマゾン。


 気持ちは分からなくもない。


 こんなおティムティムをふっくらさせた状態で『おまえらっ! 学校でナニをしている!? この変態がっ!』と何も知らない顔つきで2人の間に突貫しようモノなら……コイツはなかなかに凶悪なド変態である。


 ソレが許されるのは、もはやある種、神々の領域に足を踏み入れている『しみけ●』さん位なモノだ。


 並みの男なら尻込みするシチュエーションと言えるだろう。


 そう、『並みの男』なら……ね。



「どけ、アマゾン。俺は行く」



 気がつくと俺はアマゾンの制止を振り切って、1歩前へと踏み出していた。


 途端に目を剥くアマゾンと仲間たち。



「んなっ!?」

「む、無茶です隊長!?」

「ご自身のお姿を、今1度ご覧くださいっ!」

「隊長のシャウエッセンだって、今にもはち切れんばかりにパンパンではありませんか!?」



 アマゾンたちが焦ったように俺を止めに入る。


 確かに今の俺の下半身のアレは誤魔化しようがないくらいエクストリームに、かつオリハルコンもビックリの硬度を持ってそそり立っていた。


 が、それがどうした?



「きっと今のマキシマムな状態で2人の間へ割って入れば、まず間違いなく司馬ちゃんの悲鳴で辺りは埋め尽くされるだろう。そうすれば、あのバカップルの周りに発生している甘ったるい雰囲気もぶち壊せるハズだ」

「で、ですが隊長!? それはあまりにもリスクが大きすぎます!」

「そうですよっ! 残りの学校生活を棒に振る気ですか!?」

「今ならまだ間に合いますっ! 引き返しましょうっ!?」



 アマゾンが再び俺の肩を掴む。


 その手は小刻みに震えていた。


 俺はアマゾンの震える手をゆっくりと払いのけながら、死期を悟ったサムライのように、まっすぐ1歩踏み出した。



「俺の不幸で、ヤツの幸せを潰せるなら……本望だ」

「「「「隊長っ! 大神隊長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」



 俺はアマゾンたちの心の叫びに背中を押されながら、堂々と2人の居る教室へと足を踏み入れた。







 ――その日から、俺のあだ名に「ボッキング」の称号が加わった。


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