第14話 女神、お借りします

 ゴールデンウィーク3日目。


 そろそろ祭りも中盤戦に突入し始めた早朝の森実駅前にて。


 俺はサッパリと晴れた春晴れの青空を見上げながら、とある女の子を待ち続けていた。



「今日も賑やかだなぁ」



 活気に満ち溢れた駅前周辺をボケーと眺めていると、なんだかコッチまでわくわく♪ してくるから不思議だ。


 駅前を行き交う人々を尻目に、時刻を確認してみれば午前9時少し過ぎ。例の彼女は待ち合わせ時間に少し遅れていた。



「あっれ~? 待ち合わせって確か9時だったよなぁ?」



 アイツが時間に遅れるなんて、何かトラブルにでも巻き込まれたのか? ……と心配しかけてふと思い至る。


 はっは~ん? さては光源氏の再来と言われている超絶イケメンである所の俺様とのデートが楽しみ過ぎて寝坊したな?


 まったく、可愛いところもあるじゃないか。



「ふふっ、とんだしゃかりきコロンブスガールだぜ。どぅれ、光源氏らしくローラースケートでも履いてお迎えに行くとしますかね?」

「行かんでいいわよ。そもそも光源氏の居た平安時代にローラースケートなんてないでしょうが」

「おいおい、知らねぇのかよ? ローラースケートの歴史ははるか石器時代にまでさかのぼるんだぜ? あの全ての始まりであるホモサピエンスの田中一族が偶然開発した――って、なんだ居たのかよ羊飼。居るならもっと早く声を――」



 かけろよ、と羊飼の声がする方へと振り向いて……思わず息を飲んだ。





 そこには、俺の理想を具現化したような美少女が立っていた。





「??? どうしたのよ大神くん、急に固まったりして?」



 そう言って不審そうに眉根をしかめる我らが女神さまの今日のファッションは、なんていうか……もう凄かった。


 白い肩が剥き出しのビスッチェタイプに、下はフリルが大きく広がるミニスカート。


 相変わらずどうやっているのか、謎の技術で大きく盛られた胸から視線を下に向けると、彼女の眩いばかりの真っ白な両足が目に飛び込んできた。


 夜の帳よりも黒い黒髪に合わせたパーティドレス風の装いに思わず目を見開いてしまう。


 まさに俺の脳内で思い描いた美少女をコピー&ペーストしたような存在が、目の前に居た。



「聞いてるの大神くん? お~い、もしも~し?」

「ばっ」

「『ばっ』?」



 小首を傾げる羊飼を無視して、俺の唇が勝手に動いていた。



「ば、バカなっ!? なんだこの俺の理想がそのまま現実に現れたような美少女はっ!? いつから俺は具現化系念能力に目覚めたというんだ!?」

「……とりあえず、お褒めの言葉と受け取っておくわ」



 彼女のアホを見るような目線で、ようやく目の前の美少女があの羊飼芽衣だということに気がつく。


 えっ、うそ!? 可愛すぎないおまえ?


 ほんとにあの羊飼芽衣なのか!? 


 羊飼は風で靡く黒髪を片手で押さえながら、少しだけ申し訳なさそうな顔で俺を見てきた。


 それだけで俺の心臓が搾乳機にかけられたかの如くバクバクと激しく脈を打ち始める。


 ちょっ、無理しんどいっ! 心臓と股間がしんどいっ!



「ごめんね? ちょっと今日着ていく服を気合入れて選んでたら遅れちゃった。けっこう待った?」

「い、いやっ!? 全然待ってないにょっ! むしろ今来たと的な!?」

「プハッ!? 『にょっ!』ってなによ、『にょっ!』って!」



 可愛く吹き出す羊飼に、もう頭と股間がオーバーヒート。


 マジで誰なんだコイツぅっ!?


 目の前でコロコロ笑う美少女が、あの暴走特急娘メイ・ヒツジカイであると脳が理解出来ず、イマイチ彼女と羊飼がリンクしない。


 しかし、あの抜けるような白いおみ足は間違いない、羊飼芽衣のおみ足だ!


 ……それにしても、相変わらずいい脚だ。


 普段は黒のパンスト(60デニール)に納められていて分かりづらいが、そのシミ1つないキメ細かい柔肌は御来光が漂っているとしか思えないほど美しくて……うん。


 俺がこの国を手中に収めた暁には必ずや広辞苑に【御来光:パンストから解き放たれたおみ足の意。または美少女の足】という意味を付け加えてやろうと心に決めた。


 周りに居た男たちも俺と同じ感想を抱いたのか、全員驚愕に満ちた瞳で羊飼をガン見していた。


 ある者はそのまま壁に激突し、ある者は石につまずき地面と熱いキスを交わし、ある者は彼女とのデートそっちのけでコチラを凝視している始末で……。


 おそらく彼らにとってこの合法的かつ超上級ハイ・クラスのエロさは未体験の領域なのだろう。


 分かる、分かるぞその気持ちっ!


 正直俺もこの胸に芽生えた特殊性癖の目覚めをどう扱えばいいのか分からんっ!


 チクショウ、羊飼の野郎っ! 幼気いたいけな青少年の心をもてあそびやがって、ありがとうございますっ!



「あぁ~、笑った笑った! さて、それじゃ『大神くんを女の子に慣れさせようっ!』企画第1弾、わくわくデート編――始めましょうか?」


 そう言って目尻に溜まった涙を指先でぬぐいながら、羊飼は上機嫌に笑みを溢した。


 もうお分かりいただけていると思うが、そうっ! 今日は我らが女神メイ・ヒツジカイとのデートの日なのであるっ!



「だ、第1弾ということは第2弾、第3弾もあるってことで?」

「もちろん。流石に1回で女の子の扱いに慣れるとはアタシも思ってないし、最低でもあと3回はデートするわよ」

「ま、マジですかお嬢!?」

「マジもマジ、大マジよ」



 ニヒッ♪ と笑みを深める羊飼。


 そう、今日のデートには羊飼の谷間よりも深い――あっ、コイツ谷間ねぇんだ失礼――古羊の谷間よりも深いワケがあるのだ。


 というのも前回、俺が女の子に慣れていないせいでデリカシーに欠ける発言を連発してしまい、このままでは古羊の男性恐怖症克服の訓練にならないと判断した羊飼。


 そこで苦肉の策として、自分の身体を使って(あっ、エロい意味じゃないよ?)まずは俺に女の子の扱いに慣れさせようとしてくれているのだ。


 なんでも女の子の扱いに慣れれば、自然とデリカシーに欠ける発言はしなくなるだろうという判断らしい。


 まぁ女の子とデートが出来るなら何でもいいや♪ ということで俺は2つ返事で了承。


 最後まで何故か関係のない古羊の方がしぶっていたが、晴れて無事、今日のデートが実現したのである。



「――っと、ちょっと話しこみ過ぎたわね。じゃあ時間も無いことだし、さっそく行きましょうか?」

「ちょっと待ってくれ羊飼。その前に1つ、聞いておきたいことがあるんだけど?」

「聞いておきたいこと? なによ?」

「いや、『アレ』なんなのかなぁって思って」

「あぁ、『アレ』ね」



 猫を被っていない羊飼が苦笑を浮かべながら、軽く肩を竦める。


 俺は数メートル先の物陰に隠れるようにしてコチラの様子を窺っている謎の存在を見つめながら、なんとも言いようのない気持ちを覚えていた。


 どこかで見たことがあるホルタ―ネックのトップにデニムのミニスカート。


 そんな愛らしい装いとは裏腹に、上から野暮ったいトレンチコートを身に纏い、目深まぶかにかぶったキャスケット帽にサングラスとマスクで顔を覆っている謎の少女。


 一体彼女は何者なんだ?


 ナニつじ洋子なんだ?



『ッ!? ッッッッ!?!?』



 深まる謎と共に、俺のよく知るなんちゃってギャルに大変よく似た不審者とバッチリ目が合ってしまう。


 途端に不審者はアワアワしながら慌てて物陰に顔を隠した。


 ……大きなお尻丸出しのまま、ね。



「なにあの『頭隠して尻隠さず』レベル100みたいなヤツは? 『日本むかしばなし』なら1等賞をとっている所だぞ?」

「可愛いでしょ? あの、あれでも本気でバレていないと思っているのよ?」

「マジかよ、超可愛いじゃねぇか。お持ち帰りしたいんですけど?」

「ダメね。アレはアタシがお持ち帰るわ」



 チラッ、と物陰から再び顔を出すが俺たちが見ていることに気づくや否や、慌てたようにもう1度顔を隠すひつ――不審者。



 もちろんその大きなお尻は丸出しのままである。


 おいおい、行動原理がおバカな子犬そのものじゃねぇか。


 今度会ったとき遠回しにこの事をイジってやろうと心に決めた。


 ふふっ、また古羊を半泣きにさせてしまうのかと思うと……胸の高鳴りを抑えきれないぜ!



「さて、それじゃ今度こそデートを始めましょうか。ちょっと時間ギリギリだけど、まぁ何とかなるでしょう」

「ギリギリ? 映画でも観に行くのか? でもまだプ●キュアの新作は放映されていないハズだけど?」

「なんで選択肢がプ●キュア一択なのよ……。違うわよ、今日は電車に乗って隣町まで移動するの」

「隣町? なんで?」

「それはもちろん『コイツ』を使うために、ね♪」



 そう言って羊飼は可愛くウィンクをかましながら、懐から遊園地のチケットを2枚取り出してみせた。

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