第5話 初デート・ア・ライブ

 変なオジさん、もとい変態仮面の顔面に、俺のドロップキックがめり込んだ瞬間にあげた羊飼の歓喜の声音を、俺は多分一生忘れないと思う。


 俺の蹴りをまともに喰らった変態仮面は「バ●スッ!?」と滅びの呪文と共に、慣性の法則に従い、その脂ぎった身体が宙を舞い、2度地面にバウンドしてから意識を失った。


 が、そんなこと関係ないとばかりに倒れた変態仮面に駆け寄り、馬乗りになる羊飼バーサーカー


 やっちゃえ、バーサーカーッ! と銀髪ロリが叫ぶまでもなく、変態仮面の顔面に向かって拳を振り下ろす我らが生徒会長。


 そこから先はもう……あまりにも凄惨せいさんすぎた。


 残念ながらあの光景を描写する力を俺は持っていないので、上手く説明することができないが、一言でいうのであれば……まさにこの世の地獄だとしか言いようがない。


 泣き叫ぶ変態を前に、笑顔で拳を振るう変態。


 本物の地獄絵図がそこにはあった。


 古羊が呼んだ警察が来るまで、その地獄の鬼もドン引きするようなパーティーは開催され続けたが……俺が傍観できたのはそこまで。


 白と黒の最高にオシャンティーな車に乗って現れた屈強な男たちが、この世の終わりのような光景をの当たりにするや否や、すぐさまその瞳が俺の姿を捉え。



『また貴様か大神士狼っ!?』



 と、ごくごく当たり前に俺を後部座席に押し込み出発。


『ち、違うんですっ! あ、あのっ!?』と説得しようとする古羊どころか、泣き叫ぶ変態仮面を無視して警察署までドナドナされる俺。


 そのあとの展開は、まぁもう慣れたモノだよね?


 いつも通り警察署内に足を踏み入れた瞬間、婦警さん方からの湧きあがる悲鳴のようなざわめき。


 そして溢れ出る俺の脇汗。


 どんどん増えていく身に覚えのない罪状。


 なんだか俺、人助けをするたびに警察のお世話になってるよなぁ……。


 結局、羊飼が月に代わってオシオキしていた変態仮面を引きつれて警察署まで来てくれなければ、前科一犯の犯罪者にされるところだった。


 そろそろ俺はこの無能なマッポどもを怒りに任せて千切っては投げ、千切っては投げを繰り返しても、世界は許してくれるんじゃないだろうか?


 そんな出来事があった翌日のお昼休み。


 俺は当たり前のように生徒会室でくつろぎながら、ムシャムシャと購買で買ってきたプロテインバー(プレーン味)を咀嚼そしゃくしていた。



「あぁ~、昨日は酷い目にあったぜチクショウ……」

「お疲れ様、ししょー」



 そう言って人肌に温まったお茶をコトッ、と俺の前へと差し出してくれる古羊。


 相変わらず気が利く女の子だ。


 きっとコイツはいいお嫁さんになるに違いない。


 俺は「サンクス」と短く答えながら、お礼のチップ代わりに熱いベーゼ口づけをお返ししてやろうとしたが、それよりも先に会長席でふんぞり返っていた羊飼が上機嫌に口をひらいた。



「でもおかげであの変態クソ野郎を警察よりも先に血祭りにあげることが出来たわ。ありがとうね大神くん、警察に捕まってくれて。ほんと大神くんが変態で助かったわ!」

「すげぇ、こんなムカつくお礼を言われたのは生まれて初めてだわ」



 ニコニコと喜色満面の笑みで苺のマーガリンを頬張る羊飼。


 なんでこの子はナチュラルに怖いコトを言うの? 範馬の血筋なの? 背中に鬼神が宿ってるの?



「そ、そんなコト言っちゃダメだよメイちゃん。せっかくししょーも協力してくれたのに……もっとねぎらってあげなきゃ? ね?」

「しょうがないわねぇ。なら職員室に行って山崎先生をファ●クしていいわよ、アタシが許可する」

「どこのハ●トマン軍曹かな?」

「もうっ! メイちゃん下品っ!」



 プンスコッ! と可愛くいきどおる古羊の隣で静かにドン引きする俺。


 この女は笑顔でなんて恐ろしいことを口にするんだろうか? 


 こういう苦楽を共にして難敵を打ち倒したあとは、男女間での友情が恋心に発展していくモノじゃないの?


 なのに何で俺は発展どころかハッテンしそうになってるの?


 ほんともう俺の人生残念0点なんですけど?


 と、俺が上野駅13番ホームのトイレのキングとして君臨する未来予想図に身も心も震わせていると、羊飼は「冗談よ」と茶目っ気たっぷりに笑った。


 テメェこのクソ女ッ!? 人の心をこれだけかき乱しておいて、それで許されると思ってんのか!?


 でも可愛いから、許しちゃおっ♪



「安心して? ちゃんと大神くんにも手伝ってくれたご褒美を用意しているわ」

「おっ、なんかくれんの?」



 貰えるモノはありがたく貰っておくのが大神スタイル。


 わくわくっ! と心を弾ませながら羊飼に視線を向けると、彼女は見惚れるような最高の笑顔で。




「もうすぐゴールデンウィークじゃない? だから特別に洋子と2人でお出かけする権利をあげるわ」




「じゃあどこ行く古羊? カラオケ? ボーリング? 遊園地? それとも意表を突いて俺の家? ハッ!? まさかの夜の遊園地パターンか!? おいおい、どんないかがわしいテーマでパークするつもりだ!?」

「早いっ! 早いよししょーっ!? 展開が早すぎてボク、ついていけてないよ!? 当事者なのに、ついていけてないよっ!?」

「受け入れるの早すぎでしょアンタ……もう少し戸惑いなさいよ?」



 何故かワーキャー叫ぶ古羊に俺が小首を傾げていると、ちょっぴりドン引きしていた羊飼がたしなめるように、その愛らしい唇を動かした。



「ま、まぁ落ち着きなさい洋子。これは洋子の男性恐怖症克服の特訓でもあるんだから」

「と、特訓?」

「そうだぞ古羊、これはおまえのコミュニケーション能力を向上させるための訓練だ」

「く、訓練?」



 ぼ、ボクの? とキョトンとした顔を浮かべるなんちゃってギャルに、俺と羊飼は2人同時に首を縦に振った。



「男の子と話すのが苦手な洋子」

「そんなおまえのために、俺が練習相手として2人っきりで遊びに行く」

「2人っきりということは、必然的に男の子と話す機会が多くなる」

「そして徐々に男が苦手という意識を薄れていき、自然と会話が出来るようになる」

「そう、これはつまり」

「俺のご褒美と古羊の特訓を同時に行う」

「「題して『古羊洋子おでかけ計画』第1弾よ(なんだよ)」」

「ねぇ? 打ち合わせでもしてたの?」



 古羊の純粋な疑問が耳朶じだを打つ。


 自然と羊飼と声がハモっていたことに、今さらながら気がついた。


 まさか完全ノープランでここまで心が通じ合えるとは、自分でも思っていなかったわ。


 瞬間、心、重ねている。



「とは言っても無理強いはしないわ。洋子がどうしても嫌っていうなら、この計画は無しにしましょう」

「そうだな。そうなった場合は、俺がワケの分からないことをのたまいながら、公衆の面前で屋上から紐なしバンジージャンプを敢行かんこうするだけだから、気にすることないぞ古羊」

「気にするよっ!? すっごく気にするよっ!? 脅迫するにしてもやり口は選ぼうよ!?」



 もっと自分を大切にしてよっ!? と俺の身を案じてくれる爆乳ギャル。


 相変わらず優しいなぁ、おまえは。


 その優しさに全力でつけこませてもらうね?



「どうする古羊? 断って俺を屋上からエクストリーム・バンジージャンプの刑にしょするか、それと大人しく俺と楽しくお出かけするか……決めるのはおまえだぜ?」

「……自分で提案しておいてアレだけど、もう不安でしかないわ、この計画」

「うぅぅ……」



 困ったような唸り声をあげる古羊。


 かくして俺の運命は、なんちゃって爆乳ギャルの手にゆだねられた。


 了承してくれれば笑顔でお出かけ、断ればエクストリーム・バンジージャンプからの泣きながらのお出かけ。


 絶対に負けられない戦いが、ここにあるっ!



「洋子、どうしても嫌なら嫌って言っていいのよ? そのときは大神くんが内臓をぶちまけながら地面と熱いキスをわすだけだから」

「……うぅん、大丈夫」



 心配するフリをして俺をディスってくる羊飼の言葉に、古羊はふるふると首を横に振った。


 そのままポッ、と頬を赤く染めつつ俺を見上げ、唇をもにょもにょさせながら。



「それじゃ……お出かけ、しよっか?」



 と言った。


 あ、あっぶねぇ~、危うくプロポーズして幸せな家庭を築くところだったわ。


 おいおい、なんだそのはにかんだような笑顔は?


 確実にオタクを殺しにかかって来てんじゃんっ!


 俺じゃなきゃキュン死してたよ、今の? 気をつけろよな、たくっ!


 可愛いの大虐殺になんとか致命傷で済んだ俺は、いつも通りの知的でクールな微笑みを頬にたたえながら、落ち着いた声音で語りだした。



「よしっ! じゃあどこ行く!? 何する!? 何をするっ!? いや、それよりも、いつにする!? 今日にする? このあとにする!? あっ、なんならお菓子も買ってこようか!?」

「わわわっ!? え、えっとぉ……」

「落ち着きなさい、このおバカ」



 ちょっとしたパニックになっている古羊を庇うように、羊飼が面倒臭そうな声をあげる。


 し、失礼だな、俺はいつだって冷静だよっ!


 どれくらい冷静かと言えば、ラジカセを使って会話出来るくらい冷静だよ。


 なにそれ? メッチャCOOL! COOL COOL COOL!



「日付はそうね、ゴールデンウィークの初日にしましょうか。場所は駅前。集合時間は午前10時ってところでどうかしら?」

「う、うん。ボクは全然問題ないよっ!」

「右に同じくっ!」

「なら決まりね」



 ニッ、と蠱惑こわく的に唇の端を吊り上げる羊飼を尻目に、俺と古羊はどこからともなく「えへへ……」と下手くそな笑みをこぼした。



「お出かけ、楽しみにしてるね? ししょー」

可愛い、任せろ、最高のお出か結婚しよ?けにしてみせるぜ!

「ふぁあっ!?」

「コラコラ坊主? 落ち着け坊主? 本音と建前が逆になってるわよ坊主?」



 こうして俺と古羊はゴールデンウィーク、2人っきりで遊ぶことが確定した。

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