第8話 いつからラブコメだと錯覚していた?
羊飼さん(後ろから抱きしめたい)と古羊が我が家に襲来して10分後のリビングにて。
俺は古羊が作ってくれたらしいフルーツタルトに舌鼓を打ちながら、驚愕の事実に身体を震わせていた。
「うっま!? えっ、何コレ!? 本当に手作り? お店で買ったモノじゃなくて!?」
「洋子は本当にお菓子を作るのが上手ですよねぇ」
「そ、そんなことないよぉ~っ!? でも……えへへっ。気に入ってもらえてよかったよぉ~」
ふにゃん、と見る者を脱力させるような笑みで、思わず俺の口元も緩んでしまう。
てっきり料理が出来ないギャルにありがちな暗黒物質(ダークマター)でも出てくるのかと思ったら、メチャクチャ上等なケーキが出てきてビックリしたよね。
どうやら古羊は料理が出来る白ギャルらしい。
おいおい、おまえは一体ナニ色パティシエールなんだい?
「実はね、そのタルトケーキには秘密があってね? シナモンの他にもちょこっとだけバニラエッセンスなんかも入れててね? 他にも――」
と、喜々としてフルーツタルトの作り方を説明してくる古羊。
薄々勘づいてはいたが、コイツ……なんか見た目と中身で結構激しいギャップがあるよな。
制服を着崩した派手な格好をしながらも人見知りだったり、お菓子を作るのが好きだったり。
何というか、気を抜いたら惚れてしまいそうだ。
「あっ、そう言えば元気とアマゾンから何か荷物を預かってるんだっけ?」
「そうでした、そうでしたっ! つい忘れるところでしたよ。洋子?」
「う、うん」
羊飼に促されて、古羊がガサゴソと自分のバックの中を漁り始めた。
古羊のバックから現れたのは……なんか小さいランタンというか、ベルというか、なんかよく分からない代物だった。
「これがサルノくんから預かった物だよ」
「なにこれ? 珍百景?」
「違いますよ。猿野くんが言うには半径10メートル以内に居る人間の嘘を感知すると『チーン♪』と鳴る仕組みになっている科学アイテム、その名も『4月はYOUの嘘』だそうです」
「つまり嘘発見器ってヤツか」
どうやら元気のヤツ、またロクでもないものを発明したから、俺で実験するべくこのアイテムを送りつけてきたらしい。
さてさて、今度はどんなポンコツアイテムを作ったことやら。
「後ほど使用感を教えてほしい、と猿野くんが言っていました。それでもう1つが」
「はいっ、これがミツハシくんから預かった荷物だよ」
そう言って古羊はバックからA4サイズの茶封筒を取り出した。
俺は「おう、あんがと」と口にしながらソレを受け取ろうとして、
――ビリっ。
と茶封筒の底が破れて、中身が机の上にまき散らかされた。
「あぁっ!? ご、ごめんね!? ごめんね!?」
「いや大丈夫、気にすんな。袋自体が弱かったみたいだし、古羊のせいじゃねぇよ」
「う、うん。ありが……へっ?」
音からして何かのDVDだったのだろう。
古羊はオロオロしながらアマゾンの荷物を拾うべく、そのお餅のように真っ白な指先を机の上に這わせ……ようとした瞬間、
その姿を不審に思った羊飼が「洋子?」と彼女の名前を呼ぶが、古羊は絶頂直後の女の子のように口をパクパクさせるだけで何も答えない。
その瞳は一心に机の上に巻き散らかされたアマゾンの荷物を凝視していた。
「古羊? どったよ?」
「あばっ!? あばばばばばばばばっ!?」
壊れたラジオのように同じ言葉しか吐かない古羊を不思議に思いつつも、俺と羊飼さんは彼女の視線を追うように机の上へと視線を向けた。
そこには。
『黒髪爆乳生徒会長と白ギャルのちょっとエッチな秘密の個人|授業(レッスン)♪ ~カノジョのお乳でロイヤルミルクティー☆~』
「「…………」」
「あばっ!? あばばばばばばばばっ!?」
古羊の感電したような声がやけに耳に残った。
えっ、何コレ? 意味が分からない。
北海道名物【夕張メロン】の箱から、ゴールデ●カムイ(全31巻)が出てくるくらい意味が分からない。
分かることと言えば、コレはこの間、俺がアマゾンに貸したDVDということだけ。
「……大神くん、なんですかコレは?」
えぇっ、もう余裕で正座っすよ。
「DVDです」
「タイトルは?」
「『黒髪爆乳生徒会長と白ギャルのちょっとエッチな秘密の個人|授業(レッスン)♪ ~カノジョのお乳でロイヤルミルクティー☆~』です」
瞬間、古羊の方から沸き起こる悲鳴のようなざわめき。
そして
もう
いやぁ、もうビビるよね?
本物の黒髪爆乳生徒会長と白ギャルがここに2人も居る手前で披露される『秘密の個人|授業(レッスン)』。しかも『カノジョのお乳でロイヤルミルクティー☆』ときたもんだ。
……一体前世でどれだけの悪行を重ねればこんな事態を招くことが出来るのだろうか?
神様はそんなに俺のことが嫌いなのだろうか?
というか、ふざけんなよアマゾン?
おまえ何てモノを女の子に手渡しているんだ?
もうコレ、ちょっとしたテロリズムだぞ?
あの野郎、世界中の誰よりもテロリストじゃないか!
心の中で罵詈雑言を浴びせていると、笑顔のまま若干頬を引きつらせた羊飼さんが確認するかのようにアマゾンが持ってきたDVDを持ち上げた。
「これは、エッチなDVDですよね?」
「違うよ?」
チーン♪
「……猿野くんの作った嘘発見器が反応しているようですが?」
「誤作動だよ?(チーン♪)」
俺は顔面にありったけの力をこめながら、真っ直ぐ羊飼さんの瞳を見据えて言ってやった。
「どうやら誤解があったようだね。これは変なDVDじゃないんだ(チーン♪)。確かにパッケージはエッチに見えるかもしれない、でも中身は至って健全な教育動画なんだ(チンチーン♪)。だからこれは断じてエッチなDVDでは(チンチンチンチンチンチンチンチーン♪)――うるせぇぇぇぇぇぇっ!?」
たまらず元気の作った嘘発見器を睨みつける。
チンチンチンチンと、なんだこの猥褻アイテムは!? ぶっ壊すぞテメェ!?
「……どうやら猿野くんの作った道具は正常に作動しているようですね」
にっこり♪ と微笑む羊飼さん。
その見る者すべてを幸せする笑みはいつも俺に明日を生きる活力を与えてくれるのだが、どういうワケか今日の笑顔はすっごく怖い。超怖い。あと怖い。
まるで伝説のアメリカ最強のスナイパー【ホワイト・フェザー】ことカルロス・ハスコックの現役時代を彷彿とさせる凄まじい視線だ。
「し、信じて羊飼さんっ! それはエッチなDVDじゃないんだっ!(チーン♪)」
「べ、ベルが鳴ってるよオオカミくん?」
ようやく我を取り戻したらしい古羊が、恥ずかしそうに目を逸らしながら、チラチラと俺とDVDを交互に見返していた。
俺は藁にも縋(すが)る気持ちで、古羊に泣きついた。
「し、信じてくれ古羊っ! これは決してやましいDVDじゃないんだっ!(チーン♪)」
「そ、そうなの? そ、それじゃ――」
古羊は羊飼さんが持っているDVDの裏面に描かれている写真を指さしながら、
「こ、この女の人はその……は、裸ん坊でしゃがみこんで、いったいナニをしてるの?」
「それはね、ソーセージをモグモグしているんだよ」
にっこり♪ と俺がスマイルを添えたその瞬間。
古羊がバッグ片手に玄関へと全力疾走していた。
「お、お邪魔しましたぁぁぁぁぁぁ――ッッ!!」
「あぁっ!? 違う、違うッ!?(チーン♪)今のは何かの間違いで(チーン♪)――うるせぇぇぇぇぇぇっ!?!? おまえは黙ってろ、この猥褻アイテムがぁぁぁぁぁっ!?」
俺が一瞬だけ元気の作った腐れアイテムに意識を割かれたその隙を縫うように、羊飼さんが「お邪魔しました」と天使の微笑みを浮かべて古羊の後を着いて行く。
待って、待って!?
せめて弁解をっ!
いや謝罪をさせてくださいっ!
もちろんそんな俺の魂の叫びは2人に届くハズもなく……気がつくとリビングには俺1人だけがポツンと居座っていた。
「……終わった」
もう色々終わった。
俺の恋も、好感度も……。
ナニもかも、全部。
海で溺れかけた女の子を救って停学になったあげく、その子に軽蔑され、あまつさえ生涯のパートナー(予定)になるハズだった女神さまの前で醜態をさらしてしまった。
なにコレ? なんの罰ゲームなの?
神様はそんなに俺の幸せが憎らしいの?
「グッバイ、MY LOVE……」
こうして俺は、もう何度目になるか分からない恋に別れを告げた。
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