第6話 笑顔はきっと幸せの魔法
古羊と一緒に浮き輪にしがみついて海の中を漂うこと10分。
浜辺の方がなんだか騒がしいのを尻目に、俺たちはなんともまったりとした時間を過ごしていた。
あぁ、今日もいい天気だなぁ。
「あ、あの、オオカミくん? その……」
「寒くないか?」
「えっ? あっ、うん。ぼ、ボクは平気だよ。お、オオカミくんは? 寒くない?」
「俺はほらっ、なに? アレだ。アン肝? が分泌されまくってるから平気だ」
「……アドレナリンって言いたいのかな?」
実に他愛もない会話を繰り広げながら、照りつける太陽と
こういうまったりした時間は何気に嫌いじゃない。
俺が至極リラックスした調子で目を細めていると、何故か古羊が申し訳なさそうな声で、
「ご、ごめんね?」
と謝ってきた。
ん? 何の謝罪だ?
「その……ボクのせいでこんな大事になっちゃって……」
「あぁ、な~る。別に古羊のせいじゃねぇよ。ペアの相方がふざけてて、それで海に落ちたんだろ? ならおまえは何も悪くねぇよ。それに俺も『水浴びしてぇなぁ~』って思ってたところだからさ、ちょうどよかったわ」
「う、うん……」
しょんぼりと肩を落としながら、小さく頷く白ギャル。
その目が何か言いたそうに、俺の顔をチラチラと覗きこんできた。
「おっ? どうした、どうした? 俺の顔面がイケメン過ぎて見惚れちゃったか? ごめんね? イケメンで?」
「いや、その……ちょっと意外で」
「意外? なにが? 俺がジャニ●ズに入社していないことが?」
確かに俺は『な●わ男子』の期待8人目としてスカウトがかかって来てもおかしくない顔面偏差値だけどね。
ジャニ●ズさん、見てるぅ~?
だがどうやら古羊の言っていることは俺のイケてる顔面の事ではないらしい。
彼女はふるふると首を横にふるなり、言いにくそうにそのメープルシロップに漬けたようなプルプルの唇をモゴモゴさせ。
「ま、まさかオオカミくんが助けに来てくれるなんて……噂じゃもっと怖い人かと思ってたから」
「えっ? 怖い? 俺、怖い? ちょっと待って? 俺ってどんな噂が流れてんの?」
思わず古羊に詰め寄るが、彼女は気まずそうな笑みを浮かべるだけで、そこから先は何も言わない。
ちょっ!? 俺、どんな噂が流れてんの? 逆に気になるんですけど!?
あ、アレだよね?『雰囲気がイケメン過ぎて逆にしんどい、怖い』とか、そういう素敵な感じの噂だよね? 信じていいんだよね? ねっ!?
と、心の中で1人どったんばったん大騒ぎしていると「くしゅんっ!」と古羊の方から可愛らしいクシャミの音が聞こえてきた。
「おっと大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫。ちょっと身体が冷えただけだから」
そう言って苦笑を浮かべる古羊。
ふむ、これはいけない。嫁入り前の女の子が身体を冷やすなんて一大事だ。
どれ、ここは俺がどこまでも優しくクレバーに抱き着いて暖をとってやるとしよう。
「……ほんとごめんね? こんなコトにオオカミくんを巻きこんじゃって。ボク、生徒会役員なのに……」
「うん?」
おっとぉ? 何だか話がキナ臭い方向に進んでいくぞぉ?
古羊に抱き着こうとしていた俺は、その動きを一旦止め、彼女の声に耳を傾けた。
古羊は架空のイヌミミとシッポをしゅんっ、と垂れ下げながら、神様に懺悔するかのようにポツリポツリと喋り始めた。
「生徒会役員なのに、いっつもメイちゃんや他の人の足を引っ張って……ハハっ。どうしてボクは、こうダメダメなんだろうね?」
「? 別に足を引っ張ってもいいんじゃねぇの?」
「……えっ?」
何故か驚いたような表情で俺を見てくる古羊。
えっ? そんなおかしなコト言ったかな俺?
古羊は目を丸くしながら「ハァ? なに言ってんのこの童貞? 死ねば?」みたいな瞳を俺によこしてくる。
あ、あの? ほんとモテない男の心は繊細(せんさい)なんだから言動には気をつけてほしいんですけど? いや、マジで。
ちなみにどれくらい繊細なのかと言えば、King Gnuの歌い出しくらい繊細である。……メッチャ繊細じゃん俺。
「だ、ダメだよ。足を引っ張っちゃ。みんなに迷惑がかかるもん……」
「別にちょっと足を引っ張ったくらい問題ねぇだろ。そういうのを世間様では『愛嬌』っていうんだよ。俺を見ろよ、もう『愛嬌』の塊だぞ? なんせ他人の足を引っ張ることに関してはプロフェッショナルだからなっ!」
ほんともうそのうちN●Kから取材がくるんじゃねぇか? ってくらいプロフェッショナルだからねっ!
……一体俺はなんの自慢をしているんだ?
思考の迷路に迷い込もうとしていた俺の意識を、寸前のところで古羊の言葉が呼び戻してくる。
「で、でもでもっ! ボクは失敗しちゃいけない所で失敗して……」
「大丈夫、大丈夫。そういうときは周りがキチンとフォローしてくれるから。だから安心して失敗すりゃいいんだよ。なんとかなる、なんとかなる」
「な、なんとかならなかったら……?」
「ん? 何とかならなかったら? そうだなぁ」
どこか
ダメだ、いい言葉が何も思いつかん。
しょうがないので、俺は誤魔化すようにニンマリと笑みを浮かべながら。
「なんとかならなかったそんときは――みんなで笑って誤魔化しゃいいさ」
「…………」
そう答えた俺をキョトンとした瞳で見つめる古羊。
ごめんね? カッコいい言葉を吐けなくて?
次はちゃんとカッチョイイ言葉を吐くからさ、今回はこれで勘弁してください!
なんて心の中で言い訳すること数秒。
ふいに、ぷっ、と可愛らしく吹き出す音が優しく耳を撫でた。
「ふふっ。オオカミくんって見た目に反して、ちょっと子どもっぽいんだね」
「えっ? それ褒めてる? それともバカにしてる? どっち?」
「さぁ、どっちだろうね?」
そういって含み笑いを浮かべる古羊。
その笑顔は憑き物が落ちたかのようにスッキリしているように見えた。
結局、古羊は助けが来るまでの間、俺の顔を見ながらニコニコと微笑みを崩さなかった。
その屈託のない笑顔に思わずドキッとしてしまい、こっちが目を逸らすハメに……。
なんだかちょっと負けた気分だ。チクショウ。
太陽に照らされた彼女の頬が、ほんのり色づいているように見えたのは、きっと俺の願望のせいに違いない。
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