第129話 ライブとやる気
ワァーー!!!!
一曲目の終了と共に、会場からは歓声が沸き上がる。
それに応えるように、少し息を切らしながらもステージの上で手を振る紅羽。
こうして見ると、紅羽は間違いなくアーティストであり、自分とは程遠い存在のように思えてくる。
それでも俺は紅羽と同僚であり、今日も誘われてここにいる。
そのことが改めて、とても特別であることに気付かされるのであった。
「それじゃあ二曲目、いくよー!」
そして紅羽の掛け声と共に、二曲目の演奏が始まる。
一曲目のアップテンポな曲調とは変わり、今度はバラード調の曲で、より紅羽の歌唱力の高さが感じられる曲だった。
そんな歌う紅羽の姿に、気付けば見惚れてしまっている自分がいた。
ステージに向けられた照明の光に照らされる紅羽の姿は、良く知っているはずなのに眩しくて、そして美しかった――。
すると、ふとステージ上の紅羽と目が合ってしまう。
紅羽は俺の方を見ながら、またさりげなくウインクで応えてくれる。
ここに集まった全員が見つめる中、歌いながらも俺達にしか分からないそんな秘密のやり取りに、俺はつい笑みが零れてしまう。
遠い存在のように思えても、紅羽はやっぱり紅羽なのだと思えたことが、きっと嬉しかったんだと思う。
こうして今日のライブは、最後まで紅羽の歌声を堪能することができた。
どの曲も素晴らしく、生演奏ならではの迫力。
そして何より、紅羽の生の歌声は力強くも心地よく、全く飽きることなく気付けばあっという間に時間が過ぎ去っているのであった――。
ライブハウスを出ると、紅羽からスマホにメッセージが届く。
『ごめんね、少しだけ待ってて貰えるかな?』
簡潔ながらも、待っていて欲しいという紅羽。
きっと、ライブ後の話し合いとかある中で隙を見て送ってくれたのだろう。
別に急いで帰る必要もない俺は、それぐらいお安い御用だと返信する。
外はすっかり陽が落ちてしまっているものの、田舎と違い都会は夜でも明るい。
昼は空いていなかった飲み屋さんも営業が開始されており、また違った街並みに感じられた。
とりあえず、ずっと立っていたこともあるし、近くにあるカフェで休憩しながら時間を潰すことにした。
とは言っても、一人でいても退屈だから意味もなくスマホをいじっていると、どうやら今はアユムが配信をしているようだ。
だから俺は、スマホにイヤホンを挿してアユムの配信を楽しむことにした。
やっぱり今日もFPSのプレイ配信のようで、既に最高ランクに到達しているアユムはソロでも敵を蹂躙していく。
その痛快なプレイは観ているだけで気持ちよく、同接数も四万人を超えていた。
通常のゲーム配信でこの人数は、同じメンバーである俺からしても異例の数字であり、さすがは俺達FIVE ELEMENTSの中でも一番のチャンネル登録者数を誇っているだけあった。
ハヤトやカノン、そしてネクロと同じく特別なゲームの才能を持つアユム。
そんな、Vtuberのみならず全FPSプレーヤーが認知し、憧れの対象でもあるアユムとはこの間、一緒にネクロの看病をしたことを思えばやっぱり不思議な感じがしてくる。
そう思うと、どうしても自分だけ浮いているように感じられてきてしまうのだが、もうネガティブな考えは捨てることにしたのだ。
俺は確かに、他に何か特別な才能があるわけではない。
けれど、俺にはVtuberとしての才能ならあるのだと、仲間達から、そしてリスナーのみんなから教えて貰ったのだ。
「――配信、したいな」
「配信? 今日するの?」
思わず口から出た言葉に、返事をしてくれたのは紅羽だった。
どうやらライブ後の話し合いは終わったようで、ここにいることは伝えてあったから来てくれたみたいだ。
「いや、まぁそうだね。お疲れ様」
「ありがと! あっ、今アユムが配信やってるんだね」
向かいの席に座りながら、紅羽はニッコリと微笑む。
先程は素晴らしいライブを見せてくれた本人が、こうしてボックス席の向かいに座っていることが、何だか少し不思議に感じられてくる。
それでも今は、元の紅羽そのものでいつも通り。
そんなギャップもまた、あの場にいた人達の中で俺だけが知っているものだと思うと、ちょっぴり嬉しくもあるのであった。
「俺もさ、配信頑張りたいなって思って」
「何よ、彰はいっつも頑張ってるじゃない」
「そうかな?」
「そうよ。ね、歌ったらちょっとお腹空いちゃったから何か食べてもいい?」
「どうぞ」
「ありがと!」
嬉しそうに微笑みながら、何を食べようか決める紅羽。
そんな自然体な姿はちょっと可愛くて、俺は勝手に恥ずかしくなってくる。
改めて見なくても、紅羽は美人だ。
そんな女性とこうして一緒にいることを意識してしまうと、やっぱり慣れないというか意識してしまう自分がいた。
「夜にサンドイッチってのもあれよねぇ……あっ! ビーフシチューとかいいわね! 彰も何か食べる?」
「え? あ、ああ、そうだね。じゃあ俺も同じのにしようかな」
「分かった! じゃあ店員さん呼んじゃうね!」
こうして一緒にビーフシチューを注文した俺達は、それから今日のライブの感想やVtuber活動について会話に花を咲かせた。
そんな紅羽と二人で過ごす時間は楽しくて、会話は尽きることはなかった。
その間も、ずっと紅羽は楽しそうに微笑んでくれており、こんな風にメンバーと一緒に過ごせる時間は俺にとってやっぱり充実したものだった。
そして俺達は、次に会うのはハヤトの別荘だねと言葉を交わし合って駅で別れた。
すっかり遅くなってしまったが、俺は帰りの電車に揺られながらこのあとの配信について考える。
今日は紅羽のライブを楽しませて貰った。
だから自分も、これからリスナーのみんなに楽しんでもらおうと思えるだけで、底なしにやる気が漲ってくるのであった。
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