第99話 最後の講義
夏休み前最後の講義を受けるため、俺は大学へとやってきた。
今日が終われば、いよいよ夏休み。
そう思うとちょっとソワソワしてきてしまうのだが、同時に少し寂しい気持ちもあった。
それは何故かと言えば、こうして大学で梨々花と会うことが暫くお預けになってしまうからだ。
とは言っても、夏休みも遊ぶ約束はしているし、コラボの約束だってしている。
そのおかげで、結局夏休みへのワクワクの方が勝っているわけだから、そんな自分に現金なものだなと少し笑えてきてしまう。
「おはよー!」
いつもの端の席に座っていると、遅れて梨々花が教室へやってきた。
今日はヘソ出し肩出しの白のトップスに、ダメージの入ったアンクル丈のスキニージーンズ。
すっかり季節は夏の訪れを感じる今、梨々花のファッションもまさしく真夏仕様だった。
シンプルながらも、そのスタイルの良さが強調されたファッションは、きっとここへ来るまで数多の男達の視線を釘付けにしてきたことだろう。
その証拠に、今も梨々花は教室内の男達からの視線を集めていた。
「おはよー、梨々花」
そしてそれは、正直に言えば俺も同じだった。
その露出の多い姿を前に、つい目が行ってしまいそうになる気持ちをぐっと堪えながら、平静を装いつつ朝の挨拶を返す。
「いよいよ、夏休み前最後の講義だねぇ」
当たり前のように俺の隣に腰掛けた梨々花は、そう言って朝から眠たそうに机に倒れ込む。
そんな梨々花の揺れる髪からは、シャンプーの甘くて良い匂いが香ってくる。
耳には大き目な輪っかのピアスをしており、元々小顔な梨々花によく似合っていた。
「そうだね、今日が終われば夏休みだ」
俺はそう返事をすると、見惚れてしまいそうになる気を紛らわすためにも、開いていたパソコンに目を落とす。
「あ、今日もサムネ作成?」
すると梨々花は、俺のパソコンに興味を示して身を起こす。
そして身を乗り出して俺の画面を覗き込むと、その左手が俺の太ももの上に置かれる。
「あ、ああ! うん、そうだよっ!」
「へぇ~、いつ見ても凄いよねぇ~!」
無自覚なのか、パソコンに感心してこの距離感は全く気にしない梨々花。
そして身を乗り出した梨々花は、その勢いのまま手を滑らせると、そのまま俺の身体にピッタリともたれ掛かる形で倒れ込んでくる。
「うわぁ!?」
「うぉ!?」
お互い驚いて声をあげる。
そして俺の肩の方を向けば、すぐ目の前には梨々花のご尊顔……。
そのまま、無言で見つめ合う二人……。
「ご、ごめん……」
「い、いや、大丈夫……?」
恥ずかしそうに、慌てて身を離す梨々花。
そして二人の間には、何とも言えない気まずい空気が流れる。
その空気に耐えられなくなった俺は、咄嗟に話題を振ることにした。
「あ、そ、そうだ! 昨日のコラボ配信面白かったね!」
「ふぇ? あ、ああ、うん! 凄く面白かった!」
振った話題に、梨々花も空気を読むように乗ってきてくれた。
ちなみに昨日のカノンとツクシちゃんのコラボは、そのあとしっかりSNSでもトレンド入りしていた。
更には、ツクシちゃんからのお姉様呼びが世間を賑わせており、主に女性同士のそういう関係が好きな人達からの評価は絶大だった。
「俺達も、コラボ頑張らないとね」
「うん! 絶対に二人には負けないよ!」
そう言って、グーポーズを掲げる梨々花。
さっきの恥ずかしさはどこへやら、すっかりやる気に満ち溢れているようだ。
「そっか、梨々花はカノンがライバルなんだっけ?」
「え? あー、それはまぁ何と申しますか……まぁ、そうだね!」
少し歯切れの悪い返答をする梨々花。
でもやっぱり、カノンがライバルなことには変わりないようで、梨々花は更にやる気を漲らせるのであった。
そんな雑談をしていると、夏休み前最後の講義が始まる。
俺達はいつも通り、並んでその講義を受けることとなった。
講義中、梨々花は嬉しそうにこちらをチラチラ見てきていることには気付いていたのだが、どうやらバレていないと思っているようだった。
そんな梨々花がちょっと可愛かったので、俺は敢えて気付かないフリを続けながら、こっちを見てくる梨々花をこっそり楽しませてもらったのであった。
◇
全ての講義が終わった。
つまりはこれで、いよいよ待ちに待った夏休みへ突入である。
俺は一度大きく伸びをすると、隣の梨々花も同じように伸びをしていた。
「終わったねぇ~!」
やり切った様子で、晴れ晴れとした表情を浮かべる梨々花。
「そうだね、まぁ俺は今日も帰ったら配信だけどね」
「絶対観に行きます!」
嬉々として敬礼する梨々花に、俺はつい笑ってしまう。
それから梨々花は、友達との挨拶を済ませてくると言って席を立ったため、俺は座ったままその様子を見守る。
別に待っていてと言われたわけではないが、自然と今日も一緒に帰るのだというのが共通の認識になっていた。
友達に囲まれながら、楽しそうに笑い合っている梨々花の姿。
時折りこっちを見ながら友達にいじられているようで、それに対して梨々花は笑いながら受け答えしているようだった。
その会話の内容は聞こえないし分からないが、まぁ何となく何をイジられているのかぐらい俺にも察しはついた。
――俺と梨々花の関係って、何なんだろうな。
だから俺は、ふとそんなことを考えてみる。
別に俺達は、付き合っているわけではない。
そして俺はこれまで、ずっと梨々花にVtuberであることを秘密にしてきた。
でも今は、俺達はお互いにVtuber。
だからもう梨々花に対して、何も隠し事をする必要はなくなっているのだ。
であれば、俺はこれから梨々花とどう向き合っていくのが正解なのだろうか――。
――そもそも俺は、梨々花のことをどう思っているのか……。
その辺も、これから自分の中でしっかりと向き合っていく必要はあるだろう。
だが今はまだ、この距離感が丁度いいと思っている。
何故なら、梨々花はこれからVtuberとして間違いなく大きく羽ばたいていくからだ。
だから今は、その夢でもあった活動を変に邪魔はしたくはなかった。
だからこそ、今はまだそんな梨々花の活動をこれからも応援したい。
そして、梨々花にはこれからも楽しい毎日を送って欲しいのだ――なんて、一体何目線だよって感じだが、それが俺の本心だった。
ただ、出来ることならその楽しい時間を送る中で、自分も傍にいられたらいいなとは思いながら――。
「ごめん、お待たせ!」
友達との挨拶を済ませた梨々花が、席へと戻ってくる。
「もういいの?」
「うんっ! 帰ろっ!」
俺が立ち上がると、梨々花は当然のように俺の隣に並んだ。
隣を向けば、そこには楽しそうに微笑んでくれている梨々花の姿。
その向けられる梨々花の微笑みを前に、俺はさっきの考えを少しだけ訂正する。
梨々花のためというよりも、本当は自分こそがただ傍にいたいと願ってしまっているのだと――。
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