第64話 彼女?

 ――どうして桐生くんがここに? というか、隣の人は誰?


 色んな疑問が、脳裏を駆け巡る――。

 そして導き出される一つの答えに、わたしの胸はズキリと痛みを覚える。


「……あ、藍沢さん」


 そして桐生くんは、わたしに対して困った様子で返事をする。


 ――どうして桐生くんが、そんな風に困ってしまうの……?


 その理由を、わたしは考えたくなかった――。


「……えっと、彰? こちらは?」


 すると隣の女性が、同じく困惑した様子で桐生くんに声をかける。


 ――今、彰って言った……?


 そしてわたしは気付いてしまう――。

 今桐生くんのことを、下の名前で呼んだことに――。


 確定的だった――。

 それが分かってしまったわたしは、何だか今すぐここから逃げ出したい気持ちに駆られる。


 改めて見ると、一緒にいる女性はわたしから見てもすごく綺麗な人だった。

 そんな彼女と桐生くん、二人が並んでいる姿は、わたしの目から見ても正直お似合いに思えてきてしまう――。


 対して今のわたしはというと、両手いっぱいの買い物袋を手にした、全く余裕のない残念な状態……。

 そんな彼女とわたしの違いが、そのままわたし達の差を表しているようにすら思えてくる。


 ――そっか……。この服も、見てもらいたくて買ったんだけどな……。


 全部、無駄になっちゃったかな……。

 その現実が、わたしの胸をぎゅっと締め付けていく――。


「——えっと、こちらは藍沢さん。俺の大学のお友達で……」


 困った様子で、彼女にわたしのことを紹介する桐生くん。


 ――友達、か……。


 そうだよね、桐生くんは何も間違ったことは言っていない――。

 分かっているのに、やっぱり胸がぎゅっと締め付けられていく……。


「――ああ、そうだわ。この間行ったメイド喫茶の?」

「そ、そうそう。実は知り合いだったんだよね」


 彼女の言葉に合わせて、桐生くんは苦笑いを浮かべる。


 ――見覚えがあると思ったら、そっか……。この間、一緒にいたうちの一人だ……。


 あの時桐生くんは、オフ会だと言っていたことを思い出す。


 ――じゃあもしかして、そのあとで二人は付き合った……?


 だったらあの時、わたしがもっと違う言葉を桐生くんに言っていれば、もしかしたら結果は違っていたのだろうか――。


 でも今は、隣り合っている二人に対して一人のわたし――。

 この近いようで遠すぎる距離感は、正直ちょっとキツかった——。


「あ、藍沢さん、ちょっとごめんね!」


 すると桐生くんは、そう言って慌てて彼女に耳打ちをする。

 桐生くんに耳打ちをされる彼女は、一瞬目を見開いてとても驚いているのが分かった。


 そして耳打ちが終わると、改めてこちらに向き直る彼女——。


「え、えーっと――。わたし、彰の友達の道明寺紅羽といいます。彰とは、何て言うかその……共通の趣味で知り合いまして」


 どこかぎこちない言い方で、彼女は桐生くんの友達だと自己紹介をする。


 ――と、友達? 何、どういうこと!?


 その予想とは全く違った言葉に、わたしの理解が追い付かなくなる――。


「あ、ああ、そうなんだよ。今日もみんなでオフ会してたんだけどさ、他の人は先に帰っちゃってさ、あはは」


 そして桐生くんも、慌てて彼女と話を合わせるているようだった。


 もしかして、二人してわたしに嘘を付いているのだろうか……?

 でも、それならそれで嘘をつく理由が分からなかった。


 仮に付き合っているとして、桐生くんはともかく彼女——道明寺さんまで、わたしに対して嘘を付く理由がないのだ。


 ――だったら本当に、二人はただの友達で、言うとおり今は偶然二人でいただけ?


 それであれば、何も問題ないのではないだろうかと、わたしの中で都合の良い解釈が生まれる。


 けれどそれは、どう考えてもおかしいとすぐに否定する。

 何故なら、本当にそのとおりならば、二人がこんな口裏を合わせるようにギクシャクとした反応を見せる理由がないからだ。


 だから二人は、少なくともわたしに何か隠しているのは間違いなかった――。


 そこまで整理のできたわたしは、困惑しつつも一つ大事なことだけはここでしっかりと確認することにした。


「……じゃ、じゃあ二人は、付き合っているわけじゃ、ないの……?」


 それは、二人の関係について——。

 本当に二人は友達で、付き合っているわけではないという確証が欲しかったから――。


 でも、いざ言葉にしてみると怖かった……。

 声は震え、今にも泣き出してしまいそうになるのをぐっと堪えながら、わたしは質問する。

 色々と分からないことは残るけれど、このことだけは絶対にはっきりとさせたかったから――。


「ま、まさかぁ!? 付き合ってないよ!!」

「そ、そうよ!! それは誤解よ、誤解!!」


 すると、わたしの質問に対して慌てて否定をする二人。

 その反応から察するに、どうやら本当に付き合っている感じではなさそうだった。


 ――そっか……付き合っては、ないんだ……。


 心の中でつっかえていたものが、すっと抜けていく――。

 ただ、それであればどうしてこの二人は、こんなにもわたしに対してギクシャクとしているのだろうか――。


 ――何か全く別のことを、わたしに隠している、とか?


 そう思っても、それが何かなんて見当もつかなかった。

 だからわたしは、もう一度確認する。


「……そっか、付き合ってないんだね」

「もちろん!」

「あ、当たり前よ!」


 うん、大丈夫そうだ――。

 どうやら本当にただの杞憂だったことに、ほっと胸を撫で下ろす。


 だったら、二人がわたしに何を隠しているのかは分からないが、今はもう気にするのはやめておこう。


「それで藍沢さんは、ここで何を……って、買い物か」

「あ、う、うんっ! ちょっと買いすぎちゃってさ!」

「そっか、これからどうするの?」

「え? えーっと、このあとバイトだから秋葉原に――」

「分かった。じゃあ貸して」


 そう言って桐生くんは、わたしの手元へと手を伸ばす。


「え? あの?」

「ちょうど俺達も駅へ向かうところだから、せめて途中まで持つよ」


 そう言って桐生くんは、わたしから荷物を引き取ると優しく微笑んでくれた。


 ――ああ、もう……。そういうところだよ……。


 全てわたしの勘違いだった。

 そして、桐生くんはやっぱり桐生くんなのだと、そう思えることが安心できた――。


「あ、ありがとう……」

「いいよ、行こっか」


 ニッコリと微笑む桐生くん。

 その笑顔に、わたしは手荷物だけでなく心まで軽くなっていく――。


「……なるほど、ね」


 そして、そんなわたし達のやり取りを見ていた道明寺さんはというと、何かに納得するように小さくそう呟くのであった。




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