第45話 オフ会
照明が暗転する。
それに合わせて、スクリーンに映像が映し出される。
いよいよ始まると思い隣を向くと、藍沢さんもこちらを向いて楽しみそうに微笑んでくれていた。
スクリーンの明かりしかないこの空間。
何だかすぐ身近に感じられるこの距離感に、ドキドキしてしまっている自分がいた。
そして、いよいよ上映されるアニメ映画。
ラブコメ作品なのだが、劇場版ということも内容は濃密で、時に笑え、そして時に泣けるようなシーンがテンポよく訪れることで、感情を良い意味でかき乱されていく。
そんな作品に、気が付くと俺は夢中になってしまっていた。
元々好きな作品ということもあるのだが、続きが気になってスクリーンから目が離せなくなる。
もちろん、隣に藍沢さんがいることは気になっている。
しかし、上映中に隣を向くのは何だか悪い気がして控えておいた。
それでも、今観ている作品はラブコメ作品ということもあり、どうしても意識してしまっている自分がいるのであった――。
そして映画も、クライマックスが訪れる。
色々と問題はあったけれど、ともに波瀾を乗り越えた主人公とヒロイン。
そんな二人のハッピーエンドには、どうしても涙腺を刺激されてしまう。
たった二時間の上映時間であるものの、こんなにも没入させられてしまうこの作品の完成度に、俺は心の中で拍手を送る。
すると、隣から腕のところをトントンと軽く叩かれる。
隣を振り向くと、そこには涙を零しながらも微笑む藍沢さんの姿があった――。
藍沢さんも感動したのだろう。
だから俺も、そんな藍沢さんに微笑み返す。
別に言葉は交わさなくても、気持ちは通じ合っているようだった。
そして、映画の上映が終了する。
確かな満足感とともに、現実へと戻されるのであった。
◇
「ふぅー! 面白かったね!」
大きく伸びをしながら、満足そうに微笑む藍沢さん。
今はお互いに映画の余韻に浸りながら、映画館をあとにする。
外へ出ると、すっかり日は沈んでいた。
しかし、繁華街の中ということもあり、居酒屋の照明などが煌びやかに街を照らし、来た時よりも人通りは賑わっていた。
「なんていうか、都会って感じだね」
「あはは、わたしもあんまり来ないんだけどね」
キョロキョロと周囲を見回しながら、つい口にしてしまった田舎者丸出しな本音に藍沢さんは笑ってくれた。
そんな藍沢さんは、やっぱりここでも目立っており、男女問わず周囲の視線が集まっていることに気付く。
今は時間も遅いこともあり、いかにも夜っぽい人が増えていることもあって余計に気になってしまう。
キャバクラやホストクラブも立ち並ぶことから、藍沢さんに何かあってはいけないという気持ちが沸き上がってくる。
「……だから、見すぎだって」
そして藍沢さん自身も、やっぱりそう不満そうに言葉を漏らすのであった。
周囲を警戒するように、少し険しい顔をしていた。
「藍沢さん?」
「桐生くん、こっち」
気になって声をかけてみると、藍沢さんは突然俺の手を取って歩きだす。
そして早歩きで向かったのは、すぐ近くにあった喫茶店だった。
店内はシックな感じで落ち着く内装をしており、外とは違いゆっくり出来そうな空間が広がっていた。
「ごめんね、勝手に入っちゃって」
「いや、それは大丈夫だけど」
席へと案内され、俺は藍沢さんとテーブルを挟んで向かい合って座る。
ここへやってきたのは全然構わないのだが、藍沢さん自身が嫌な思いをしているのではないかと気になってしまう。
「ちょっと外がアレだったし、桐生くんと感想会したいなって思って」
「なるほど。うん、俺も同じ気持ちだったから大丈夫だよ」
「そ、そっか! えへへ」
俺の言葉に、恥ずかしそうに微笑む藍沢さん。
俺としても、同じ気持ちだっただけに、こうして二人の時間を作ってくれたことが嬉しかった。
前を向けば、そこには藍沢さんの姿。
今日は大学からずっと一緒にいるため、気が付けば俺にとって一番身近な存在と言えるだろう。
さっきだって、誰もが目を奪われてしまうような特別な存在だけれど、こんな俺と一緒にいてくれることが嬉しいし、ありがたかった。
そんな気持ちを抱きながら、藍沢さんと映画の感想を語らうのはとても有意義な時間だった。
映画の面白かったところ、泣けたところを共有できるのは楽しかったし、それから実は藍沢さんが、俺のことを何度か見ていたことをカミングアウトされたのにはビックリした。
そんなこんなで、話しに夢中になっていると時間はあっという間に夜の九時前。
そろそろ帰ろうかということで、俺達は喫茶店を出ることにした。
◇
「今日は急だったのに、ありがとね」
「いや、こちらこそ楽しかったよ」
二人で話しながら、駅へ向かって歩く。
自然とゆっくりと歩いているのは、これで今日が終わってしまうのが惜しいから――。
今日はオフ会という名目で、急遽決まった映画鑑賞。
大学ではいつも一緒にいるけれども、それでもこうして二人きりで出掛けるのとではやっぱり違うのだ。
――藍沢さんも、同じことを思ってくれてたりするのかな。
そんなことを考えながら隣を向けば、そこには何か思いつめるような表情を浮かべる藍沢さんの姿。
そして俺の視線に気が付いた藍沢さんは、ピタリと歩みを止める。
「藍沢さん?」
その問いかけに、藍沢さんは意を決したように口を開く――。
「ねぇ桐生くん。その、良かったらなんだけどさ――」
そう前置きして、覚悟を決めるように藍沢さんは言葉を続ける。
「――また一緒に、オフ会しよ?」
告げられたその言葉に、俺もようやく自分の抱いていた気持ちに気が付く。
だから俺も、そんな藍沢さんに思いを告げる。
「うん、もちろん――。俺もその……藍沢さんとまたオフ会したいです」
オフ会が何なのかとか、そんなものはどうでもいい。
俺はまた、こうして藍沢さんと一緒に遊びたかったのだ。
今日が楽しかったように、藍沢さんと一緒ならきっと何をしていても楽しい。
だからこそ、今もこんなにも名残惜しく感じてしまっていることに気が付いたのである。
「ほ、本当に?」
「本当にだよ」
「そ、そっか! じゃあ、絶対だからねっ!」
俺の手を取り、絶対に絶対だよと念を押してくる藍沢さん。
その反応が可愛くて、嬉しくて、俺も笑ってもちろんと返事をする。
こうして俺達は、また一緒にオフ会をする約束を交わして、今日はこのまま駅のホームで解散することとなった。
別れるのは少し名残惜しいけれど、次の約束があると思えるだけで、こんなにも心が軽くなるものなのかと思いながら――。
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