彼の心
「よし……あと少し……よしっ……よし……!」
京介はいつになく真剣な顔をしながらクレーンゲームをしていた。何故なら、通算10回目の勝負でようやくうさぴょまるのぬいぐるみがクレーンに引っかかり、しかし、それは奇跡的に衣装の袖に引っかかった状態でいつ落下してもおかしくないからだ。だから、落としてなるものかと、頼むから出口まで運んでくれと、普段勝負事には興味のない京介もついつい真剣になってしまうのだった。
そしてそんなうさぴょ丸の様子を、隣で時生が真剣な顔をしてじいっと見守っている。
ふらふらと危うく揺れながら、うさぴょ丸が出口に運ばれてゆく。しかしそれは今にも落ちそうで。行く末を見守る時生の表情もいつになく真剣になるのだった。
そして、とうとううさぴょ丸は出口へと運ばれ……ぽとりと落下するのだった。ぬいぐるみが出口の穴に落ちた瞬間、京介も時生も感動と興奮にぱあっと表情を明るくし、そして、
「やったあ! やったよ京介君! 凄いね!」
時生は興奮のあまり京介に抱きつくのだった。
「うわ、とととととと時生さんっ?」
「えへへ、京介君って凄いね! かっこいい」
「い、いや、そんなことないけど……」
照れながら、うさぴょ丸を排出口から取り出す。
とそこへ、
「あら、意外と早く取れたのね」
別の筐体で遊んでいた体緋夏と正木が戻ってきた。
「ああ、うん。なんとか奇跡的に……て」
緋夏の方を見ると、なんと、彼女は両手にうさぴょ丸のぬいぐるみがパンパンに詰まった袋を持っていた。
「こういうゲームは初めてだったけど、意外と面白いものね。それに、500円でこんなに取れちゃうなんて、コスパが良すぎるわ。ちゃんと儲かってるのかしら」
「は、はは……そうだね……」
「うわあ! 緋夏ちゃん凄いね! クレーンゲームの神様だね!」
「素人とは思えんテクニックだったぞ……」
「す、凄い……10回も掛かって奇跡的に取れただけなのにちょっと調子に乗っちゃった自分が恥ずかしいよ……」
「いや委員長が凄すぎるだけだ。お前は普通だぞ京介」
「そんなことより、そろそろ行きましょう? この後クレープ食べに行くんでしょ」
「うんうん! 昨日テレビでやってたやつ! 苺たっぷりでクマちゃんの大きなクッキーがついててすっごく可愛いんだよ!」
時生は瞳を輝かせながら興奮気味に話す。
「へえ。今流行ってるの? 流行には疎いから知らなかったわ」
「昨日オープンしたばかりなんだって。すごく可愛いから緋夏ちゃんもきっと気にいるよ!」
「そう。楽しみね」
はしゃぐ時生に、緋夏は優しく笑みを見せた。
そうして4人はクレープ屋に向かった。が、到着するとそこは長蛇の列で、既に30分待ちだった。並ぶか諦めるか、4人は顔を見合わせたが、時生が「ここまで来たなら行くっきゃないよ!」と謎の覚悟を決めてさっさと並んてしまったため、問答無用で列に並ぶ羽目になった。
待っている間、陽射しと人の熱気にやられて溶けそうになったが、なんとか手に入れたクレープを口にした瞬間、その疲れは一瞬で吹き飛んだ。
「ん……美味しいっ……」
緋夏が思わずそう口にすると、時生は嬉しそうに身を乗り出して「ね、ね? 並んでよかったね!」とはしゃいだ。
四人は近くの公園に移動し、そこでクレープを食べていた。周りには同じ店のクレープを持った若い女の子達が大勢おり、クレープを持って友達と自撮りしたりクレープを持った自分の手を撮影したりしている。
「今度、七瀬君も誘ってまた来ようよ」
大きなクマのクッキーをクレープから引っこ抜き、時生が提案する。
「そうね。今日は晶先生を説得しなくちゃいけなかったし、どうしても誘えなかったものね」
「七瀬君、晶先生のこと好きなんだよね。なんだか申し訳ないことしちゃったかな……」
京介は、同居を続けるよう黒崎を説得してしまったことを申し訳なく思った。
七瀬の事を思うなら二人を引き離すべきだったのでは……などと考えていると、
「教師と生徒の恋愛がうまく行くわけがないだろう。特に晶先生は十五も歳の離れたおっさんを好きになるような人だ、歳下は眼中にないと思うぞ。しかも生徒だしな。申し訳ないが、さっさと失恋した方が七瀬の身のためかもな」
「もしかして、そのために黒崎先生と晶先生が同居続けるように仕向けたの?」
緋夏が聞くと、正木はクレープを大きくひとくち食べ、
「別にそういうわけじゃない。単に面白そうだからそうしただけだ」
そっけなくそう答えた。
「本当かしら。……まあ、七瀬君も、この恋が叶うはずのないものだって理解はしてると思うけど。単純な憧れ、それ以上のものではないって気づいてるはずよね」
「だといいんだがな……」
「何か言った?」
「別に。それより美味いな、このクレープ」
「僕のいちごクレープもすごく美味しいよ。中にいちごがたっぷり入ってて食べごたえもあって、でも甘すぎずさっぱりしてて、いくつでも食べれそう」
京介はクレープを頬張りながら、満足そうな表情を見せる。すると、その時だった。
「あれ。お前ら、なにやってんだ」
七瀬の声がした。
驚いて声の方を見ると、そこには、妹と思しき幼い少女と手を繋いだ七瀬が立っていた。
「な、七瀬君っ?」
「みんなもクレープ食べに来てたんだ。俺は妹達と遊園地に行ってて、その帰り。今から並びに行くところなんだよ。ほら、二人とも挨拶しな」
舞と藍は七瀬に促され、恥ずかしそうにもじもじしながら、小さな声で自己紹介をした。
「七瀬まい、です……」
「七瀬あい、です……」
「わあ、かわいい!」
時生はひょいと二人の前にしゃがみ、挨拶をする。
「私、烏丸時生。お兄ちゃんのお友達だよ。よろしくね」
「とっきー……?」
「えへへ、みんなには内緒だよ?」
「とっきー! とっきーだ!」
藍と舞は、目を輝かせ、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「あ……僕、阿賀波京介。お兄ちゃんのお友達だよ。よろしくね」
と京介は時生の隣にしゃがんで挨拶をしてみる。だが、
「……ふーん……」
心底どうでも良さそうな反応が返ってきて、京介は傷つき背中を向けてそっと涙を拭うのだった。
「そりゃそうよ」
と緋夏も時生の隣に立ち、挨拶をする。
「はじめまして。お兄ちゃんのお友達の五条緋夏よ。今日は遊園地行ってきたんだ。楽しかった?」
「うん! あのね、あのね、お馬さんがぐるぐるーってするやつ、めいーごーらんど、楽しかったよ!」
藍が興奮気味に話してくれる。
「そう。よかったわね。いいな、お姉ちゃんも乗ってみたい」
「あとね、あとね、お花畑を機関車で走ったりね、ありぱんまんのショーも見たよ! 観覧車にも乗ったの!」
「へー、楽しそう! 私も行ってみたいなあ」
時生が大袈裟に羨ましそうな顔をする。
「あ、そうだわ。ねえ、二人ともうさぴょ丸は好き? お姉ちゃんゲームセンターで取り過ぎちゃったの。よかったら、好きなのどうぞ」
と緋夏はうさぴょ丸の詰まった袋を差し出す。
藍と舞はぱあっと瞳を輝かせ、七瀬の手を振りほどいて袋を覗き混んだ。
「あ、こらっ。いいのか委員長? 金払うよ」
「いいのよ、気にしないで。そんなにお金かかってないし、こんなに家にあっても困るだけだから」
「七瀬。これ、全部で五百円しかかかってないんだよ。委員長のテクニックがエグすぎて店員もちょっと引いてたぞ」
正木が言うと、七瀬も驚いた顔を見せる。
「マジかよ……意外な才能だな」
「えっとねー、えっとねー、藍これがいい!」
「じゃあ舞はこれ!」
二人はふりふりのドレスを着たうさぴょ丸を袋から取り出し、にこにこと嬉しそうな笑顔を見せる。
「悪いな、委員長」
「全然。むしろこの子達が嬉しそうで私も嬉しいわ」
「おねーちゃん、ありがと!」
「ありがとうございます!」
舞は元気よくぺこっとお辞儀をした。
「っと……そろそろ行こうか」
「ちょこくえーぷ!」
「えへへ、藍、いちごクレープがいいな!」
「わかったわかった。その代わりおとなしく並んでるんだぞ?」
七瀬が言うと、二人は元気よく「はーい!」と返事をした。
「んじゃ、またな」
七瀬は二人の手を引いて、クレープ屋に向かっていった。
「いいなあ、私も妹欲しいなあ」
「……ごめんね……僕がもっと遅く生まれてきていたら……」
「わああ! 違うよ京介君、別にそういう意味で言ったわけじゃないからねっ?」
「う、うん、大丈夫だよ」
「相変わらず面倒くさい男だな」
正木も呆れた様子を見せる。
「そういう卑屈な男って嫌われるわよ」
「ええっ?」
「京介君は繊細なんだよ」
「ものは言いようね」
緋夏はため息をついて方を竦めた。
★
七瀬は片手で藍を抱っこし、もう片方の手で舞と手を繋ぎ、夕闇迫る家路を急いでいた。だが舞ももう疲れた様子で眠そうに目をこすっており、時々嫌気が差したように立ち止まってしまう。
ちなみに、うさぴょ丸のぬいぐるみはリュックに入れたが、入り切らずに1匹顔がはみ出してしまっている。
「お兄ちゃん、舞も疲れたよう」
舞がまた立ち止まり、目を擦る。
「うん。あと少しだから、な? 頑張ろう。そうだ。帰ったら一緒におやつ食べようか。舞の好きないちごチョコクッキー」
「うん、食べる……」
「よし、偉いぞ」
七瀬は舞を励ましてなんとか歩かせると、ふっと、疲れたように溜息を吐いた。そして、少し寂しそうに視線を地面に落とすのだった。
「俺も誘ってくれたら良かったのに……」
ぽつりと呟く。
と、藍が眠そうな目で、ぼうっと七瀬を見上げる。
「お兄ちゃん、どうかした?」
「あ、いや、なんでもないよ。よし、家まであと少し! 頑張ろう! 今夜は二人の大好きなカレーだぞー」
「やったー! 楽しみ!」
舞は眠気もふっとんだように元気に飛び跳ねた。
そんな妹の姿を見て、七瀬は優しくふっと笑みをこぼすのだった。
★
一方その頃、黒崎と晶はのんびりとテレビを見ていた。テレビではお笑い芸人がバンジージャンプをするかしないかで揉め、その様子を見ながらスタジオのゲストが笑っている。
で、それが面白いかというと、そうでもない。
黒崎は、ただついているから見ているだけだ。では晶はどうかというと、割と楽しいようで、くすくす笑っている。そんな彼女の横顔を、ついうっかり可愛いなんて思って横目で見てしまう。
それに晶が気づき、頬を赤らめ、黒崎に顔を向けて照れ臭そうにえへへと笑う。
(ああくっそっ……可愛いんだよなあっ……!)
黒崎は頭を抱える。
(まあ、どうせ、好きと言っても憧れと恋愛感情を勘違いしてるだけなんだろうがな。なんとか目を覚まさせて、まともな恋愛をさせてやらんと……)
などと考えていると、くいっと袖が引っ張られ、見ると晶が恥ずかしそうにもじもじしながら上目遣いで黒崎を見ていた。そして、えへへ、と照れ臭そうに笑って、きゅっと腕にしがみつくのだった。
「先生、大好きです」
「さっき聞いた」
「はい。ちゃんと自分の気持ちは素直に伝えてアピールしたほうがいいとネットに書いてありました。なので、これからは積極的に言葉にしていこうかなと」
「そうか。まあ、せいぜい頑張るんだな」
(っあーーーー! くそ可愛い! 無理無理無理無理! 毎日こんなのが続くのか! 死ぬぞ! じゃなくて! 晶は妹晶は妹晶は妹!!!!!)
ポーカーフェイスを保ちつつ、心の中で頭を抱えて大暴れする。そして、
(……あーもう……。変な男に引っかかって食い潰されんようにちゃんと守ってやらねば……)
幸せそうな顔をして腕に頬ずりする晶を横目で見ながら、そう、心に誓うのだった。
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