最終章-31【少女Aの任務】

「なんなのよ、あいつら!!」


黒山羊頭から怒りの蒸気を上げる少女Aがアンとグレーターデーモンのラブラブっぷりを見ながら激昂していた。周りの人間たちは呆れながら脱力している。


そして、アスランが愛し合う二人に歩み寄ると言った。


「お前らさ、三階の部屋で何があったんだよ……」


アンが頬を赤くしながら照れ臭そうに述べる。


「もう、もう、もう。アスランも子供じゃないんだから、そんなこと女の子の私に言わせないでよ♡」


「うぜぇ~……」


流石のアスランですら呆れるしかなかった。とにかく、すっとぼけたバカップルである。


「まあ、とにかくだ。お前らさ、逃げたほうが良さそうだぞ」


アンが首を傾げながら問う。


「何故、何故、何故?」


アスランが少女Aを指差した。


「ほら、かなりご立腹だぞ……」


少女Aの力んだ両肩が怒りに震えている。それを見たグレーターデーモンが震えながらアンに言った。


「そ、そうだね、アンちゃん。この人間が言うとおり、逃げたほうが良さそうだよ……。だってあの女は怖いもの……。君はどうあれ、僕は殺されちゃうよ……」


「グレちゃん、あなたが言うなら直ぐさまに二人で駆け落ちしましょう!♡」


愛し合う二人が繋いだ手を強く握り締めた。


「うん、二人の愛の巣を探して飛びだそうね!!」


言うと二人は蝙蝠と龍の翼を広げて羽ばたいた。青空に向かって飛んで行く。


「ああ~、行っちゃったよ……」


アスランが飛んで行ったバカップルを見上げながら見送っていると、その背後に最後のグレーターデーモンが忍び寄って来ていた。


不意打ちだ。


そして、片足を頭より高く振り上げる。


大胆な踵落とし。


グレーターデーモンはアスランの背後から踵落としを狙っている。アスランの頭を踵でカチ割るつもりだ。それを見てドクトル・スカルが叫んだ。


「アスラン、後ろだ!!」


「分かってるよ、スカル姉さん」


振り下ろされる踵落とし。アスランは振り返ると同時にグラディウスを頭上で横に構えるとグレーターデーモンの踵落としを剣で受け止めた。


「ぐわっ!!」


グラディウスの上に踵落としを放ったグレーターデーモンの脹脛に刀身が深々とめり込んだ。


刀身は骨で止まったのか、足の切断までいかなかった。そして、傷口から飛び出た鮮血がアスランの頭に降り注ぐ。それでアスランの顔が赤く染まる。


「おのれ、小僧っ!!」


「よっ」


更にアスランは左手の黄金剣でグレーターデーモンの身体を支えていた逆脚の太股を突き刺した。


「ぎゃっ!!」


悲鳴を上げたグレーターデーモンが尻餅を付いてダウンする。


脹脛の切り傷、太股の刺傷。両足に受けたダメージからして人間ならば立てないだろう重症だ。だが、グレーターデーモンは苦痛を堪えながらも立ち上がった。しかし、鮮血を流す両足は震えている。傷は浅くない、深い。機動力の低下は免れないだろう。


「うぐぐぅぅ……」


「良く立てたな、悪魔野郎。でも、それまでだ」


言うなりアスランが一歩踏み込んでグラディウスを横に振るっだ。


横一文字で喉を狙った攻撃だった。その一振りをグレーターデーモンは背を反らして紙一重で回避する。マトリックス回避術である。


ブンっと、グラディウスの切っ先がグレーターデーモンの顎先を過ぎた。そして、次の瞬間である。


「ほれっ」


更にもう一歩前に踏み込んだアスランが掬いの前蹴りを繰り出した。下から昇ったアスランの蹴りがグレーターデーモンの股ぐらに吸い込まれるように決まった。金的だ。


「ぐはっ!!!」


苦痛の叫びが悪魔の口から漏れた。脚力に潰された股間から昇った激痛が、腹を、胸を、喉を過ぎて口から吐き出されたのだ。それと同時にグレーターデーモンの身体全身から冷や汗が吹き出した。


そこに二刀の二連斬。


横振りから縦振りに流れた太刀筋がグレーターデーモンの苦痛に歪んだ顔面を十字に切り裂いた。


十字の傷は致命傷の深さだ。恐らく即死だろう。


十字に割れた傷口から内部を晒すグレーターデーモンが力無く背から倒れる。するとバケツをひっくり返したかのように出血が地面に飛び散った。


アスランの圧勝である。


そして、グレーターデーモンの死体が蒸発して消えていく前でアスランは少女Aを睨んでいた。


「俺も逃げてばかりだとさ、なんなんだから、そろそろ決着を付けようか」


アスランの凛々しい言葉を聞いた少女Aが黒山羊頭を脱いでから溜め息を吐いた。ポニーテールの髪型が露になる。


「この仮面、かっこいいんだけど暑いのよね。もう、中は蒸し蒸しだしさ」


少女Aの言葉を無視してアスランが凄む。


「この野郎。もう、お前になんかビビらないぞ!」


少女Aの口角が釣り上がる。


「ヘタレな坊やが、私に勝てるとでも?」


「ふっ」


アスランが鼻で笑った。


「誰が一人で戦うって言ったよ?」


「「「「ええっ!?」」」」


その場に居る全員が驚きの声を揃えた。外野たちが表情を唖然とさせる。それでもアスランは強気で言う。


「邪魔な悪魔どもは居なくなった。今ならばここに居る全員で戦えばお前にだって勝てるだろうさ!」


ドクトル・スカルがアスランに歩み寄った。


「ちょっと待ちなさいよ、あんた!」


「えっ、なに、スカル姉さん?」


「女の子が一人であんたと戦いたいって言うのに、あんたはまだ他人に頼るつもりなの!?」


ドクトル・スカルは怒っているようだ。こめかみに怒りの血管が浮いている。するとアスランが一気に弱気になった。


「いや、だって、ほら、こいつ、強いじゃん……」


「言い訳すんな!」


ドクトル・スカルがアスランの頭をひっぱたく。すると今度はドクトル・スカルが少女Aに言う。


「ポニーテールの彼女、あんたもあんたよ!」


「えっ、わたし……?」


「あんたもアスランが好きなら好きだってはっきりと言いなさい!」


「はあ~~!!!」


「こいつはバカで鈍感なんだからはっきり言わないと心は通じ合わないわよ!」


「いやいや、ちょっとまってくださいな!!」


ドクトル・スカルの誤解に少女Aも焦りだす。


「それにね、こいつ婚約したのよ。もう別の女と結婚するの!」


「えっ、初耳。本当に!?」


「そう、だからもう告白しても遅いの。あなたは遅れを取ったのよ!」


「いや、だからそれは勘違いだってばさ!!」


「だから、もう諦めて今日は帰りなさい!!」


「だから、勘違いしないでよ!!」


「もう、未練がましい子ね。そんなんだからストーカー扱いされちゃうのよ!」


「ストーカーじゃないし!!」


「じゃあ。なんなの?」


「私はアスランを魔王の器に育てたいの!!」


「器?」


ドクトル・スカルが首を傾げた。


「アスランの身体を鍛え上げて、その肉体にサタン様の魂を下ろすの。そして、サタン様を11代目の魔王にするつもりなのよ。どうだ、驚いたか!!」


周りがシーンっと静まり返る。


ドクトル・スカルがボソリと言った。


「アスランは魔王になるけど、そんな真面目な魔王にはならないわよ」


「はぁ……。真面目な魔王って、なに……?」


「こいつはこの町を纏め上げるための、なんちゃって魔王になるんだから」


「なんちゃって……?」


「そう、なんちゃって魔王ね」


「なに、それ、ギャグ……?」


「まあ、ほぼほぼギャグかしらね」


アスランも言う。


「ギャグ扱いかよ……」


少女Aが俯きながら頭を押さえた。


「あ、頭が痛くなってきたわ……。こんなヤツを本当に器に使わないとならないのかしら……」


アスランが抗議する。


「勝手に人を器に使うなよ!」


ドクトル・スカルが言う。


「器って、こいつはオマルぐらいにしか使えないわよ」


「オマルかよ……。ひどっ……」


「黙れ、肉便器!」


「肉便器……。でも、それはそれで悪くないかも……」


少女Aが肩を落として踵を返した。


「ちょっと私、帰って上司に訊いてくるわね。本当にアスランじゃないとダメなのか……。チェンジできないのかを……」


「ああ~、俺からも是非に聞き直してもらいたいわ~。できたらチェンジしてくれってさ~」


「じゃあ、あたし、帰るわね……」


少女Aが胸元のペンダントを外すと宝石部分を摘まんで砕いた。すると足元に少女Aを囲むように魔法陣が輝き出す。転送魔法の魔法陣だろう。


そして、最後に少女Aが言った。


「じゃあ、また来るね……」


「いや、二度と来るな……」


その言葉を最後にローテンションの少女Aは魔法陣と共に消え失せる。


「嵐は去ったか……」


呟いてからアスランが魔王城のほうを見た。すると第九が石橋を渡り魔王城に衝突する直前だった。


「あとは、あいつだな」


アスランが言った直後に第九が魔王城に激突した。すると激しい振動と共に雷と火花が散る。第九の体当たりが魔法のバリアーに阻まれたようだった。


「おっ、マミーレイス婦人が復活したんだな。バリアーで食い止めてるぞ」


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