最終章-12【体臭範囲攻撃】
魔王城謁見室の天井を打ち破ってクジラ巨人が覗き込んでいた。
放れた目に笑ってるかのような大口からしてマッコウクジラなのかな?
まあ、とにかくドデカイ。
俺はグラディウスとカイトシールドを構えて睨み上げていた。
スバルちゃんの体臭のせいで、俺は息を止めているのだ。
この状況で戦うのは少し無理があるがやるしかない。だから、とっとと勝負をつけなければなるまい。
謁見室にいる仲間たちの殆どが鼻や口を押さえながら屈み込んでいた。キラキラと嘔吐したり、倒れ込んでいる者も居る。魔物やアンデッドにすらスバルちゃんの体臭が効いているのだ。
毒ガス美少女ってマジで恐るべしだな……。
それにしても、あんなデカイ巨人を倒せるのか?
しかも息を止めたまま……。ちょっと無理じゃねえか……。それでも殺るしかないか……。
「うしっ!!」
俺は凛と表情を引き締めると腰を落として力を溜める。そして、天井の穴から覗き見る巨大グジラに向かって飛び掛かろうとした。
だが、次の瞬間にクジラ巨人が素早く身を引いたのだ。開いた穴から姿が隠れる。
「くさっ!!」
「んん?」
今、クジラが「くさっ」とか言ったぞ。
いや、クジラじゃないな?
あいつにもモグラのように誰かが乗ってるのかな?
パイロットがいるのかな?
そいつが臭いっていったのかな?
とにかく、クジラは穴から身を引いたぞ。しかも攻撃が来ない。
スバルちゃんの体臭に驚き攻撃どころか穴に近付くのすら躊躇しているのだろう。
これってラッキー?
いや、違うだろう……。
そもそもスバルちゃんの体臭が無ければマミーレイス婦人が魔王城のシールド魔法を解かずに済んだのだろうにさ。
マミーレイス婦人を見てみれば、うつ伏せで倒れたまま痙攣している。リッチが気絶しているよ……。
「あの~、アスラン君……」
「なに、ズバルじゃん?」
俺はグラディウスを腰の鞘に戻すと鼻の穴に指を突っ込みながら受け答えた。口で呼吸するが、それでも臭ってくる。
スバルちゃんは申し訳なさそうに言う。
「私、ちょっとお店に戻って臭い消しの薬を飲んでくるわ!」
言うなりスバルちゃんは踵を返した。俺はその手を掴んで止める。
「ズバルじゃん、ぞどは危ないよ、まづんだ!!」
「でも、このままじゃあ皆が……」
スバルちゃんは潮らしく俯いた。その仕草がやたらと可愛い。
これで悪臭を放っている権化じゃなければ抱き締めていたのにさ……。人生とは残酷である。
俺が可愛らしいスバルちゃんと体臭の間で苦悩していると、這いつくばっているティラミスが大声で述べた。
「アスラン殿、ここは我々に任せてお二人は早く薬屋に戻ってくだされ!!」
「だが、いま魔王城には敵がせまっているんだぞ!?」
「いいから行けよ、この野郎!!!!!」
「えっ……?」
何時も沈着冷静な武人キャラのティラミスがブチ切れているじゃん。言葉使いも荒くなりキャラが崩壊しているぞ。
「その娘が居ると、敵より先に仲間が全滅させられるんだよ!!!」
「あ~~、そうだよね~……」
俺はスバルちゃんの手を取って走り出した。
「じゃあ、俺はスバルちゃんと城を出るから、あとはお前らで何とかしろよな!!」
そう言うと俺はスバルちゃんを連れて謁見室を出て行った。
「ごめんね、アスラン君。迷惑ばかりかけて……」
俺に手を引かれながら走るスバルちゃんが俯きながら謝っていた。そんなスバルちゃんの手を俺は強くも優しく握り締める。そして、前を見ながら俺は言った。
「俺はスバルちゃんの臭いに慣れているから平気だけど、他の連中は違うんだよ。だから皆の前では薬を飲むのを忘れるなよ」
「うん……。薬を飲まないのは、アスラン君の前だけにする……」
ちょっと待てやーーーー!!!
俺の前でも薬をちゃんと飲んでよ~~!!!
むしろ俺の前では必ず薬を飲めよな!!!
絶対に飲めよ!!!
慣れてるなんて嘘だから!!!
我慢にも限界ってもんがあるんだぞ!!!
「ごめん、スバルちゃん。薬は必ず飲んでてね……」
「でも、コストが……。この薬は安くないのよね」
「分かったよ、結婚したら俺がガンガン稼ぐから、薬だけは欠かさないでね!!」
「う、うん……」
やっぱりこれは、俺が魔王になって荒稼ぎするしかないのか?
夫婦仲や家族愛を保つために、俺は魔王になって臭い消しの薬を大量に安定生産出来るよう工場ラインを構築しないとならないのか!!
じゃないとスバルちゃんとエロイことどころか一緒に暮らすことすら出来ないぞ!
そんなことを考えながら俺はスバルちゃんと走って魔王城を出た。
俺はスバルちゃんの手を引きながら魔王城と正門の間の中庭を走る。
すると城壁の上に人影を見付けた。
「あんなところに、誰だ?」
俺が見上げた城壁の上には、タンクトップにホットパンツ姿の女性が腕を組んで堂々と立っていた。
ショートヘアーの赤い髪が風に靡いている。
こちらに背を向けてクジラ巨人を眺めているようだ。
「あの赤いショートヘアーは、ガルガンチュワか?」
下から見上げたホットパンツのお尻から、あれが人間に変化しているレジェンダリークラーケンのガルガンチュワなのは間違いないと悟れた。あんなに健康的な美尻は、そうそう居ないからだ。
それにしても、なんとも幸せなアングルを披露しているんだろう。ホットパンツのくい込みがモロにみえるじゃんか!!
ナイス、ガルガンチュワ!!
うぐっ……。
ちょっと胸が痛みだしたぞ、畜生めが!!
ぐぐぐぐぅ……。
俺は立ち止まると声を張る。
「ガルガンチュワ!!」
声を掛けられたガルガンチュワが腕を組んだまま首だけで振り返った。
そして、冷静な口調で言う。
「アスラン、あのクジラを食べてもいいか?」
「「えっ、食べるの?」」
俺とスバルちゃんが目を点にしながら声を揃えた。
更にガルガンチュワが訊いて来る。
「なんか、胸元に飼い主っぽいのが居るけど、あいつに訊いたほうがいいのかな?」
「ガルガンチュワ、あれを食いたいのか……?」
ガルガンチュワは無垢に明るく微笑みながら答える。
「クジラは昔っから大好物だ♡」
うわ~、笑顔のほかに、語尾にハートマークが咲いてるよ……。
あの笑顔からして、本当にクジラが大好物なんだね……。
俺は真剣な表情でガルガンチュワに言ってやった。
「知ってるか、ガルガンチュワ」
「なんだ?」
「この魔王城街では、飼い主が居ようが居まいが、クジラと名がつくものは、早い者勝ちで食べていいんだよ。何せ俺も以前に湖の主のシロナガスワニクジラを食べているからな!」
「おお、マジか!!」
前半は嘘である。でも、ガルガンチュワは俺の言葉を信じたようだ。
俺の話を聞いたガルガンチュワの顔が百倍明るく輝いた。その笑顔が日食中の周囲を明るく照らす。
ガルガンチュワの身体全体が光っている。
スバルちゃんが輝きだしたガルガンチュワを指差しながら言った。
「なんかガルガンチュワさん、光ってない……?」
「ほら、ホタルイカとかって夜の海で光るじゃん。あれと一緒じゃあないかな……?」
適当に言いました。
「わ、私は海もホタルイカも見たことがないから分からないけれど、そうなんだ……」
とりあえずスバルちゃんも納得してくれたようだ。本当に良い子である。
俺はガルガンチュワの背中に向かって叫んだ。
「じゃあ、ガルガンチュワ、そのクジラ野郎はお前に任せるから好きなだけ食べていいぞ~。食べ放題の一人占めだな!」
「やったぜ、久々のクジラだ。ゴモラタウンの死海を出て以来、クジラを食べれなかったからな。超嬉しいぞ!!」
なんかスゲー喜んでるわ~。喜びのあまりに発光しているのかな?
「じゃあ、任せたぞ、ガルガンチュワ!」
「分かったぜ、アスラン!!」
「じゃあ、俺たちは行こうか、スバルちゃん」
「う、うん……」
あれ、なんかスバルちゃんが暗いな。どうかしたのかな?
「どうしたのスバルちゃん?」
「あのね……」
「なに?」
「私もクジラを食べてみたいなって思ってさ」
「はあっ……?」
何を言い出してるの、この子……。また天然が炸裂し始めたのかな?
「だって、クジラなんて見るのも初めてなんだもの。だから、美味しいのかな~って」
「はいはい、ガルガンチュワが食べ残すのを期待しましょうね……」
とにかく俺はスバルちゃんの腕を引っ張って石橋を走って抜けた。まずは臭い消しポーションを彼女に飲ませなければ俺が死んでしまう。
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