20-11【ゴリラの遺伝子】

ランニング、5キロ。


腕立て伏せ、100回10セット。


腹筋運動、100回10セット。


背筋運動、100回10セット。


スクワット、100回10セット。


「まあ、こんなものか……」


ゴリは夜の庭先で、運動で暖まった筋肉を平手でパチンと叩いた。逞しい身体からは湯気があがっている。


ゴリはギデンの屋敷から帰って来るなり一人でトレーニングを始めたのだ。明日は喧嘩祭り本番なのに、今ごろになって身体を鍛えてやがる。


俺はペンスさんとササビーさんたちと一緒に横倒しになっている丸太に腰掛けながら、トレーニングに励むゴリの様子を眺めていた。


ペンスさんとササビーさんはエールを煽りながら席を一緒にしている。ただ、飲むのに夢中になってゴリのトレーニング様子を真面目には見ていなかった。


やる気の少ない口調で俺はゴリに問う。


「なあ、ゴリよ~。なんで今さら真面目にトレーニングなんて始めたんだ。魔王城街じゃあ、そんなことしてなかっただろ?」


そうなのだ。俺はゴリが日々のトレーニングに励んでいる姿なんて見たことがない。


ゴリは汗をタオルで拭きながら振り返ると俺の質問に答えてくれた。


「ああ、最近はぜんぜん鍛えて無かったが、冒険者を始めたころは、ちゃんと毎日トレーニングに励んでいたんだぜ」


やる気に漲っていたころもあったのね。でも。


「それが、何故今さら?」


「俺はアマデウスに捨てられてから、冒険にはまともに出ていないんだ。戦いだって、ソドムタウンでケルベロスが暴れた時に戦ったのが最後かな」


「だから?」


ゴリは綺麗な月夜を見上げながら言った。その表情は何故か清々しい。


「明日は優勝したい……」


「お前、ギデンのオッサンが言ってたことを真面目に受けてるのか?」


「…………」


ギデンはパーティーの席で皆にこう言ったのだ。


『今宵の見合いがどうあれ、私は喧嘩祭りの優勝者が娘のキシリアと結婚するのが正しいと思う。故に、今回の優勝者に娘キシリアを嫁がせたい』


俺は溜め息を吐いてからやる気無さそうにぼやいた。


「何が優勝者と娘を結婚させたいだ。優勝賞品が娘だって……。せめてとびっきりの美人を優勝賞品に出せってんだ……」


優勝賞品が、何故にあんなデラックスなブスなんだよ……。一気にやる気が削がれたぜ。


あの宣言を訊いて燃え上がってるのはゴリぐらいだ。


ササビーさんとジオンググは既に嫁さんが居るから関係無いらしいが、その他の奴らもしらけてしまっている。あの気合いバカのグフザクですら、ナヨってやがったしよ。


女のグゲルグは関係無いって態度だったな。


まあ、結婚に関係無い奴らは決勝トーナメントに燃えていたが、俺は降りようかと考えている。あんなデブを嫁に貰いたくないからな。


だが、ゴリは様子が違った。マジで、あのデラックスデブが美人に見えているようだ。ゴリラ眼球は腐ってるな。


すると俺の隣で酒を煽っているササビーさんが酔っぱらいながら述べた。


「それにしても、キシリアお嬢様は三年前より、かなり美人になっておられたな~。私もリゴと結婚してなかったら、今回の優勝を本気で目指していたよ~」


マジか……。このゴリラ一家のDNAは美的感覚が完全崩壊しているんだな……。流石はゴリラの嫁さんと結婚するだけの男だぜ……。


すると酔いどれのササビーさんが丸太から立ち上がるとゴリに言った。


「私はキミを応援しているから、ゴリ君と当たったらわざと負けてあげるからね」


言いながらササビーさんは赤い顔でウィンクした。


俺もげんなりしながら言った。


「俺もだ……。俺はスバルちゃんが居るからな。俺もゴリと当たったら負けてやるよ……」


「すまない、二人とも」


ゴリは拳を強く握り締めながら言った。


「でも、俺には気をつかわないでくれ。俺は自分の力で優勝して、キシリアお嬢様のハートを掴みたいんだ。だから俺と当たったらわざと負けずに本気で戦ってもらいたい!」


嘘~……。何こいつ格好つけてるの。ゴリなのに格好つけるなよ!!


俺が本気出せば、お前なんて一発だよ!!


赤子の手を捻るよりも簡単にぶっ倒せるのにさ!!


なんか、すげ~ムカついて来たぞ。


ぬぬぬぬぬっ……。


こうなっだら、明日はゴリと当たったら本気でボコボコにしてやろうかな。ギッタンギッタンのネチョネチョにしてやるぞ。


俺は丸太から立ち上がると家のほうに向かって歩き出す。


「分かったよ、明日は手を抜かないからな……。それじゃあ俺は寝るからさ」


そう言うと俺は客間に戻ってベッドに入った。


「明日は手加減なんてしてあげないんだからね、ふんっだ!」


よし、寝よう。





庭先では、まだゴリがトレーニングに励んでいた。


「ゴリ君、じゃあ私も帰って寝るからね~」


「おやすみなさい、ササビー兄さん」


ササビーが闇夜に消えて行くと、ペンスさんがゴリに話しかける。


「ゴリ君って、言ったね」


「なんでしょうか、ペンスさん?」


「キミは勝てるのかい。喧嘩祭りの猛者たちに、特に一撃のジオンググにさ?」


ゴリは俯きながら小声で答える。


「たぶん、無理でしょうね。ジオンググは俺なんかより十倍は強いから……」


「じゃあ、勝機はあるのかい?」


「難しいですね……」


ペンスさんがポケットから何やら紙切れを出す。


「どうだい、これを買わないか?」


それは魔法の護符のように伺えた。


その護符をゴリはチラリと見てから言う。


「喧嘩祭りは魔法のアイテムが禁止ですよ」


「知ってますよ。これは魔法のアイテムじゃあないからね」


「じゃあ、なんですか?」


「私が作った、呪術の札ですよ」


「呪術?」


「呪術は魔力で動かない。だから正確には魔法とは呼べないんだ。だから魔法探知にも掛からない。エネルギー源が魔力じゃあなくって、呪いだからね」


「言っている意味が分からないが……?」


「呪いは何かを下げて、何かを上げる術です。例えば、力を上げて、速度を下げる。筋力を上げて、知力を下げる。富を得るために、カリスマを下げる。幸運を上げるために、寿命を下げる」


「その呪いの札は……?」


「戦闘力を上昇させます」


「その代償は……?」


「財力を失います」


「財力を……」



【つづく】

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