19-8【魔王城街の住まい】

メタルキャリアの事件が一段落ついてから俺は魔王城街の宿屋で少し早めの夕飯を食べていた。宿屋一階の酒場でカウンター席に座る俺の前にウェイトレス姿のガルガンチュワが食事を運んで来る。


ミニスカのウェイトレス姿が良く似合う海底モンスターだな。あの人間に擬態した太股をナメナメしたいぐらいだ。


ふぐっ、いたた……。


少し心臓が……。


「よう、アスラン。これでも食うか?」


「なんだよ?」


ガルガンチュワが俺の前に皿に盛られた丸い食べ物を置く。


「ユキちゃんが作ったタコ焼だ」


「おいおい、お前がタコ焼を運んで来て良いのかよ……」


「タコなんぞ我々クラーケンからしたら、姿が似ているだけの紛い物だ。足だってタコは八本しか無いしな。我々クラーケンは十本あるんだぞ」


「姿が似ていれば俺たち人間は食わないぞ。それは人間の俺がエルフを食べるようなもんだろ」


「ちょっと待て、アスラン。だがマグロはアジを食べるし、ライオンは馬を食べるだろ。姿が似ていても喰らう話は多々あるぞ」


「確かに……」


俺はガルガンチュワの屁理屈に納得しながらタコ焼を口に運んだ。


旨いな。


んん?


しかし、これは?


「なあ、ガルガンチュワ」


「なんだ?」


「このタコ焼の具って、イカじゃあないか?」


「よく食べただけで分かったな。その辺はユキちゃんに言ったのだが、彼女はタコもイカも一緒だって言うのだよ」


「いやいや、タコとイカは違うだろ。ところでイカなんてどこで取れたんだ。この辺には海なんてないだろ?」


「先月の大雨の際に空から降って来たんだ」


「雨と一緒にか……」


「地上では、よくある話なんだろ?」


「初めて聞いたぞ……」


この世界だと大雨でイカが振って来るのは普通なのかな?


まあ、どうでもいいか。イカだけに。


「まあ、それで冷凍庫にイカが沢山余ってるんだ」


「冷蔵庫なんてあるのかよ」


「グラブルって奴が作ってくれたらしい。この宿屋のオープン記念のプレゼントらしいぞ」


「なるほど。でもオープンしてないだろ、まだ」


「ああ、まだ、宿屋のベッドも全部入ってないからな。オープンは来月ごろになるだろうさ」


「じゃあ俺もオープンしたら、何かプレゼントでも用意しないとならないな……」


「金でいいぞ」


「ガルガンチュワ……。おまえ、そんなに現金な主義だったっけ?」


「ハンスさんもユキちゃんも、金はあったほうが正義っていうからな」


正義かよ……。俗物だな。


「だいぶお前も人間に汚染されてきたな……」


「ところでお前は住みかをこれからどうするつもりだ?」


「住みかか?」


「ドクトルの診療所に住み込むのか、それともこの宿屋に住み着くのか?」


「あ~、考えてないや。今までどうにかなってたからな……」


「ならば、早く住まいを確保したほうがいいんじゃあないのか」


「でも、ここは俺の街だぞ」


「だが、もう独り歩きしているだろ。お前の手を離れるのは時間の問題じゃあないのか」


「確かに、そうかも……。ならば、俺も自分の館でも拵えないとならないかな。明日になったら誰かに相談してみる」


その晩は宿屋に泊まって眠りについた。翌朝俺が朝食を取ろうと酒場に降りて行くとカウンターの中からハンスさんに言われる。


「アスラン君、お客さんが来ているよ」


「お客さん?」


俺はハンスさんが指差したほうを見ると、テーブル席に一組のファミリー客が座っていた。旦那、奥さん、幼女の三人組だ。


旦那さんはモッチリと太った中年男性、奥さんはスラリと痩せているが胸だけは放漫な女性、お子さんは銀髪で五歳ぐらいの幼女である。


「あれ、もしかして……」


三人は俺に気付いて席を立つ。そして、俺に近寄って来た。


「アスラン君、生きとったんか!!」


歓喜の声を立てて俺に近寄って来たモッチリオヤジは俺の両肩を両手でバンバンと叩く。


「ワイズマンじゃあないか、久しぶり」


「久しぶりじゃあないぞ、ゴモラタウンの城から脱走したって聞いたから、何か重大なヘマをしでかしたかと心配していたんだぞ!」


「いや、まあ、いろいろあってね……」


「まあ、いいさ。キミが帰ってこなくて心配はしたのだが、事件は解決していたからね」


「えっ、どう言うこと?」


「キミが閉鎖ダンジョンに挑んで二日後ぐらいにね、テイアーが記憶を取り戻したんだよ。でも魔力などは幼女のままでさ。しかもキミに連絡が取れなくって……」


「えっ、言ってる意味が分からんぞ?」


「要するに、もう時間を戻す薬を取りに行かなくったっていいってことさ」


「じゃあ、俺の冒険はなんだったんだ?」


「無駄な労働」


「ざけんなよ、デブ!!」


俺はチョキでワイズマンの両目をついてやった。指先が眼球に容赦無くめり込んでいる。


「ぎぃぁぁぁああああ!!!」


ワイズマンが両目を押さえながら転げ回ると代わりにマヌカハニーさんと手を繋いでいたテイアーが話し出した。


「まあ私は魔力こそ失ったが中身はドラゴンベイビーだからね。ほぼほぼ無敵は変わらん。だから今はワイズマン夫妻の養子として過ごしているのだよ」


「なんか、生意気な幼女だな」


銀髪で可愛らしい幼女だが、中身が何万年も生きて来たドラゴンだとは怖い話だ。


「まあ、百年も人間を擬態していれば、直ぐに魔力も取り戻すから問題はないだろうさ」


「相変わらずドラゴンは気長だな……」


「今日は三人で訪ねてきたのは、この街に屋敷を構えて暮らそうかと考えてのことなんだ」


「えっ、ワイズマンとマヌカハニーさんとで暮らすのか?」


「ああ、人間視線では、我々三人は親子だからのぉ」


俺はマヌカハニーさんに訊いた。


「マヌカハニーさんも、それでいいの?」


「ええ、今私は妊娠中なので、この街で子供を産んで、この街で静かに子供たちを育てようかと思っているの」


「ええ、妊娠したのかよ。誰の子供だい!?」


「亭主の子供です……」


「旦那さんは誰だ!!」


マヌカハニーはワイズマンを指差しながら言う。


「このモッチリですわ……」


「えっ、うそ~ん。あの結婚ってジョークじゃあなかったんだ!!」


「信じて無かったのね……」


「そうか~、とにかく結婚と妊娠おめでとうさん!!」


「あ、ありがとうございます……」


「そうか~、親子三人で静かに暮らすんだ~」


俺もスバルちゃんと結婚に向けて新居ぐらい築かないとならんのかな。ならば、そろそろ家を建てる場所でも物色しないとならないかな。


いや、それよりも魔王城に住み着こうか?


それだと騒々しいかな~。


よし、スバルちゃんに相談してみよう。一人で勝手に決めたら怒られそうだしね。



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