18-19【幽閉されし乙女の気持ち】

ソドムタウンの貧民街。


盗賊ギルドの牢獄は、何気無い酒場の地下にあった。酒場の厨房を過ぎて、更に酒蔵の奥の奥。深い深い階段をくだったら、湿っぽい洞穴のようなスペースに到着する。その洞穴に粗末な牢獄が築かれていた。


横穴に鉄柵が築かれただけの監獄の部屋が幾つか並んでいる。その横穴をバーツがサジとマジを引き連れて進んでいた。そして、牢獄の最奥にミーちゃんが幽閉されている。


洞穴のような鉄格子の奥で膝を抱えて踞る女性は全裸だった。しかし、その手首と足首は銀の腕輪や足輪で拘束されている。その髪はボサボサで、体も垢で薄汚れていた。何日も水浴びすら出来ずに洞穴に幽閉されているのだ、薄汚れもするだろう。


「よう──」


牢獄の前に立ったバーツが鉄格子を爪先で蹴りながら声を掛けた。すると膝を抱えて丸まっていたミーちゃんが顔を上げる。


その顔は力無く、呆然とした表情だった。生気が無い屍のような表情である。


「どうだい、ミディアム・テンパランス。元気でやってるかい?」


暫しの沈黙の後にミーちゃんが口を開いた。


「あれから、何日が過ぎたの……?」


力無い弱々しい口調である。


それに引き換え生き生きとした口調でバーツが返した。


「一週間だ。お前が魔王城の牢獄から抜け出して、ドクトル・スカルの診療所を爆破してから、丁度一週間だ」


「アスランは、どうなったの……?」


「さあな、会ってないから分からんが、死んだとは聞いてないから元気じゃあねえの」


「そうなんだ……」


バーツは蟹股で腰を割ると視線を低くしながら牢獄を覗き込む。


「ミディアム・テンパランス、今、何を考えている?」


ミーちゃんは膝に顔を埋めながら表情を隠した。その体制で話を続ける。


「悔しさ、屈辱、敗北感、未練、嫉妬……。様々な思いが錯綜しているかな……」


「一つ言っていいか」


急にバーツが声を凄ませた。


頭を上げたミーちゃんが恐れながら訊く。


「な、なに……?」


バーツが鋭い瞳を細めながらミーちゃんに言う。


「テメー、俺はお前より年上で、ギルドの先輩だぞ。敬語を使いやがれ。舐めてると、もう一度手足を撃ち抜くぞ、ゴラァ!」


「は、はい……」


「口に気をつけろよな!」


「は、はい、分かりました……」


腰を割っていたバーツが姿勢を戻した。そして、上から見下ろすように言う。


「アスランのガキは許したが、俺ら盗賊ギルドは許していないんだぜ。お前の暴走のケジメをつけなければならない」


「どう、処分しますか? 殺して簀巻きにして川に流しますか?」


「いや、殺さねえ。それはアスランのガキと約束したからな。口約束でも男と男の約束だ。破れやしない」


「じゃあ……?」


「話せ」


「話す?」


「アマデウスの糞野郎は、何を企んでいやがる。それに何故、お前が加担する?」


「はぁ~……」


ミーちゃんは深い溜め息の後に再び顔を膝に埋める。


「もう、全て話します……」


「良い判断だ」


暫しの沈黙の後にミーちゃんが語り出す。


「あの人は、バーツの兄貴と同じ異世界転生者です……」


「やはりか、それはなんとなく察していたぜ。それで、何を企む」


「詳しくは分かりません。ですが、ケルベロスの三つ首、冥界のピアノ、ハーデスの錫杖を揃えて、冥界の門を開きたがってます……」


「冥界の門を開く?」


バーツは少し考えてから自論を口に出した。


「死者をこの世に戻すつもりか?」


「おそらく……」


「誰を引き戻す?」


「それは、分かりません……。ですが、それに執念以上の感情を燃やしています……」


「なんだ、それは?」


ミーちゃんのトーンが更に低くなる。


「愛情だと、思います……」


「愛情?」


「私は二つの任務を任されていました。一つはアスランの殺害と、もう一つは魔王城の宝物庫からハーデスの錫杖を盗み出すこと……」


「それで、先にアスランのガキを殺しに行ったわけか」


「はい……。ハーデスの錫杖が揃えばアマデウス様の願いが叶う。それは彼の愛情に繋がることは明らか……」


「嫉妬か?」


「アマデウス様が誰を愛しているかは分かりません。ですが、冥界の門を開く行為が、その愛に繋がるのならば、出来れば協力したくない……」


「お前、あんな糞魔術師が好きなのか?」


「好きでした……」


「利用されていると知っていながらもか?」


「はい……」


「じゃあ、何故にゲロる。愛情は最大の忠義に代わりやすい。なのに何故アマデウスを裏切る?」


「元々が叶わぬ恋でした……」


「だろうな」


「私、ライカンスロープにチェンジしていても、記憶は残るんです」


「そうなん」


「自分の意思で体は操れませんが、意識が残っていて、記憶にも残ります。まるで暴れ馬に乗っている感覚ですよ。だから、ライカンスロープに変身した私が何をやらかしても私には止められません」


「それでぇ?」


「最後の最後でアスラン君が私の前に立ちはだかってくれましたよね。あれでキュンっと来たんです。これは恋だなって、新しい恋が始まったんだって……」


「乙女だね~。でも、お前は牢獄に囚われている。あいつに想いを遂げるどころか会うことすら出来ないぞ」


「だから秘密を全て話したんです。少しでも彼の役に立てるかと思って……」


「健気だね~。おじさん、好きだぜ、そう言うのさ~」


「…………」


「だが、親父の指示は、お前を一生ここで幽閉しろだ。それは曲がらねえぞ」


「バーツの兄貴は掟に厳しいですね……」


「約束は破れない。それが俺のペナルティーだ」


「ペナルティー?」


「まあ、こっちの話だ」


言いながら踵を返したバーツが洞穴を引き返して行く。


最後に背中で手を上げたバーツが呟いた。


「ミディアム・テンパランス。ここで愛を抱きながら死んで行け。それがお前の選んだ裏切りの報いだ」


約束を違える。それは、バーツに出来ない。すべては呪いのせいである。


彼が転生時に得たチート能力は、敵の弱点を無条件で解明して、その弱点に有効な武具を無から自動で作り出す能力だ。


その絶対的チート能力を得るためのペナルティーが『約束を破ると死ぬ』である。


彼は誓ったのだ。


盗賊ギルドのボスに永遠の忠義を誓うと──。


何故に忠義を誓ったか?


それは、バーツが老美男子をこよなく愛する変態だからである。


そして、盗賊ギルドのボスは、老紳士風でありながら、なかなかの美男。


しかし、盗賊ギルドのボスはノーマルな性癖だ。だからバーツは一生片想いである。


故にバーツには分かるのだ。


ミーちゃんの気持ちが──。


報われない恋の行く末が──。



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