13-3【森林大相撲】

細く切り揃えられた眉毛の間に深い皺を寄せながら、若様と呼ばれたエルフが俺に近寄って来る。


その表情は誇張しすぎなぐらい威嚇的に歪んでいた。


金髪リーゼントに特攻服を着こんだエルフだ。


蟹股の歩みで近寄ってきた若様は厳つい表情を俺の鼻先まで近付ける。


「なあ、人間の兄ちゃん。なんでも面白いことを言ってるらしーなー、えー、よー!」


柄の悪い若様エルフは額に深い皺を浮かべながら俺に強面を擦り付けるように近付けていた。


もう少しでも顔を前に出せばキスができるほどの距離である。


「人間が、何故に魔王城の周りに町なんぞ作りたがる、えー、よー!!」


若様エルフの目は血走っていた。


殺気がムンムンっと感じられる。


若様エルフだけじゃあない。


後ろに控えている異様な四人のエルフからも殺伐とした殺気が感じられた。


こいつら五人だけだ。


こんなに殺気立ってるのは……。


森の中、家の中などに潜んでいるエルフたちからは、殺気なんぞ感じられない。


この五人だけが、何故にいきり立ってるのだろうか?


その辺の理由が分からない。


「どうした、人間のあんちゃんよ。答えやがれってんだ!!」


俺は威嚇的に顔を近付けてくる若様エルフに淡々とした冷静な口調で訊いた。


「あんたがこの町で一番偉いのか?」


おそらく違うだろう。


「そんなの余所者が知ったことかよ、えー、ああっ~ん!!」


うんうん、たぶん当たりだな。


「俺はこの村を通してもらいたいだけなんだが?」


「お前は俺たちエルフが、なんでこんな辺鄙な田舎に住んでいるか、わかってるんかっ、えー、よー!?」


「知らん?」


「俺たちエルフ族は、この村で魔王城に魔物が入り込まないように警備しているんだぜ!!」


「そうか、それは大変だったな」


俺は他人事のようにサラリと述べた。


「それなのに、なんで人間を中に通さなきゃあならんのだ、あー、よー!!」


「だから魔王城に住んで、周りに町を作るためだって言ってるだろ」


「ゴラァ、舐めてんのか!!」


若様エルフが怒鳴った次の瞬間であった。


俺の背後から誰かが囁く。


「人間の兄さん、悪いことは言わねえ。今日のところは、けーりな」


ハイド・イン・シャドーか!?


いつの間に!?


背後から俺の耳元で囁いたのは、パンチパーマのエルフだった。


いつの間にか背後を取られていた。


しかも俺の脇腹に何か冷たく硬いものが当たっている。


俺がチラリと見てみれば、それは尖った小さなナイフだった。


背後からパンチパーマのエルフがナイフを突き付けて脅しているのだ。


俺は瞬間的にお辞儀で頭を下げた。


深くだ。


そのお辞儀に連鎖して、片足を背後に掬い上げる。


その足がパンチパーマの股間を素早く蹴り上げた。


後ろ金的蹴りだ。


「ぎゃふん!!」


綺麗に金玉を蹴ったぞ。


「そらっ!!」


俺は振り返ると同時に手刀でナイフを持った手首を打つ。


するとナイフが手から落ちた。


そして、ハイキック一閃でパンチパーマの顔面を蹴り飛ばす。


「ごはっ!!」


勢い良く振り切られる俺の上段廻し蹴り。


パンチパーマの顔が歪に曲がっていた。


その一撃で前歯が四本飛んで行く。


そのままゆっくりとパンチパーマのエルフは横に倒れこんだ。


パンチパーマのエルフは横たわりながら白目を剥いている。


「一丁あがりっと」


再び俺が振り返り前を向き直すと、若様エルフを含めた四人が俺との距離を作って離れていた。


距離を取ったか──。


一網打尽には行かないかな。


若様エルフが言う。


「てーめー、やってくれるじゃあねえか」


若様エルフの口調には、殺気までの勢いが無い。


無いが──。


代わりに静かな殺気を醸し出していた。


俺にビビったわけでも怯えたわけでもないようだ。


俺の蹴り技を見て、冷静に判断しているのだろう。


「まあ、刃物を突き付けられたら、誰だって防衛ぐらいするだろうさ」


俺は倒れたパンチパーマの様子を見てみた。


うし、完璧に気絶しているぞ。


モロにハイキックがテンプルに入ったもんな。


若様エルフが凄みながら言う。


「おい、ゴラァ~。この落し前を、どうつけてくれるんだ、あー?」


「逆に訊くが、どうつけてもらいたい?」


「舐めてんのか!!」


すると若様エルフの背後に控えて居たデブのエルフが若様エルフの前に出て来た。


デブエルフが若様エルフに言う。


「おいどんが、ケジメをつけるでごわす!」


おいどん?


ごわす?


なに、このデブ?


丁髷ちょんまげ


いや、大銀杏おおいちょうか?


着物も浴衣っぽいしさ。


え、なに、相撲取り?


力士なのか?


関取なの?


若様エルフがデブエルフに言う。


「なんだ珍しい。お前がやりたいのか?」


「はい……」


「いつもカロリーを消費したくないから面倒臭いとか言うくせに、今回はやりたいと?」


「はい……」


若様エルフはデブエルフの丸い肩を平手で叩くと後方に下がる。


「いいぜぇ、やんな。ただし、人間は殺すなよ。掟だからな~」


「ごっちゃっんです!」


あー、俺の意思は無視ですか~。


俺の同意なしで戦いを決めちゃったよ。


そして、デブエルフが俺の前に立つ。


その太い体躯は山のようだった。


肉付きがドッシリとしている。


「人間、おいどんに負けたら帰れ!」


「じゃあ、俺が勝ったら好きにしていいのか?」


「それは、おいどんが知ったことじゃないでごわす!」


「勝手だな~」


「ルールは素手の勝負でごわす。蹴っても殴っても構わないでごわす。もちろん投げも!」


俺は溜め息を吐いてから言う。


「はぁ~。だから勝手に決めるなよ」


しかし、デブエルフが大股を開いて腰を深く落とした。


両手を前にして上半身を前に倒す。


蹲踞そんきょだな。


これは完全に相撲だぞ。


そしてデブエルフは左拳を地面につけた。


まだ右拳は地面についていない。


スレスレのところで浮いている。


その蹲踞の姿勢でデブエルフは俺を真っ直ぐに睨んでいた。


低い位置から飛ばされる眼光には静かな闘志が燃えている。


あの右手が地面についたら「はっきょいのこった!」ってわけね。


まあ、俺だって相撲ぐらい知っているさ。


「ちっ、しゃあねえか。とりあえず相手をしてやるよ。素手のルールも守ってやるぜ」


「感謝でごわす!!」


俺は両拳を顔の前に並べてファイティングポーズを築いた。


相撲の構えじゃあない。


だが、殴り合いの構えである。


そもそも相撲なんて、見たことあるが、本気でやったことはない。


昭和の子供じゃあないからな。


だがだ──。


やりあうならマジだ。


全力でぶん殴って、全力で蹴飛ばすだけだ。


俺が使える素手の格闘術は、マーシャルアーツスキル、ボクシングスキル、キッカースキル、その他プロレス技のスキルぐらいだ。


これらを駆使して戦うしかない。


いや、まあ、十分だろうさ。


こんなデブエルフぐらい、軽くいなせるさ。


俺はボクシングの構えのままジリジリと、蹲踞するデブエルフに近付いた。


間合いを少しずつ詰める。


低い。


相手の構えが俺の腰より低い位置にあった。


顔を蹴れるんじゃあないのか?


ならば蹴ってみるか。


「キック!!」


俺は蹲踞でしゃがむデブエルフの顔面を目掛けて前蹴りを繰り出した。


だが、その瞬間である。


「ドスコイっ!!」


大きく太い指の両掌が、猛スピードで飛んで来た。


衝撃!!


次の瞬間には、俺は宙に浮いていた。


飛ばされた!?


両手突き!?


否、諸手突きか!?


押し出される!?


いや、突き出しかな!?


いやいや、この勝負には判定勝ちはない。


着地───。


しかし、頭が衝撃にグワングワンする。


そんな俺に対して間髪入れずにデブエルフが頭から突っ込んで来る。


頭からの体当たりだ。


「甘い!」


瞬時に俺の意識が研ぎ澄まされる。


反撃だ。


「うらっ!!」


俺のアッパーカットがデブエルフの顎をカチ上げた。


だが、止まらない。


デブエルフの動きは止まらず続く。


今度は相手の反撃!!


デブエルフの横振りの張り手が俺の顔をひっぱたいた。


パチーーンと生々しい音が鼓膜に響く。


あっ、視界が揺れたわ。


でも、ミケランジェロのパンチやキックに比べたら、屁でもないぞ。


俺の体勢は、デブエルフより早く立ち直っていた。


そして、俺のローキックがデブエルフの太股を蹴る。


今度は俺の蹴り足でパチーーンっと鞭のような音が鳴った。


凄く痛そうな音だ。


するとデブエルフが表情を苦痛に歪めた。


しかし、スルリとデブエルフの片手が俺の腹部に伸びて来る。


あっ、ベルトを捕まれたぞ。


これは廻しを取られたってことか?


次の瞬間である。


俺の体がデブエルフの片手で力強く引き寄せられた。


更に両手でベルトを捕まれる。


俺とデブエルフは抱き合うように組み合っていた。


俺の顔がデブエルフの胸とくっついている。


き、気持ち悪い……。


これは相撲で組み合ってる状態だ。


直後。


「そぉぉおおりややや!!」


俺の体が高く吊り上げられる。


持ち上げられた。


両足が浮いている状態から、横に投げられた。


吊り投げか!?


櫓投げか!?


上手投げか!?


俺は顔面から振り落とされている。


その時、俺の視界がグルリと回った。


ヤバイな!!


「ぬぬっ!?」


しかし、咄嗟であった。


俺の右足が地面についていた。


どうやら勢い余って風車のように一回転したらしい。


「体制を戻さなければ!」


そこから振り回されるように走ってから組み直す。


姿勢を立て直して俺もデブエルフの腰に両手を回した。


組み合いに戻っていた。


のこったってやつだ。


「そぉぉれれれれ!!!」


今度は俺がデブエルフを持ち上げる。


「いたたたっ!!!」


デブエルフが悲鳴を上げていた。


そりゃあそうだろう。


俺が掴んでいるのはデブエルフの脇腹の脂肪だからだ。


脇腹の贅肉を鷲掴んでデブエルフの巨漢を持ち上げているのだ。


「おらっ!!」


今度は俺の贅肉鷲掴みの櫓投げだ!!


俺は高い位置からデブエルフを下手投げで投げ飛ばす。


デブエルフを顔面から地面に叩き付けた。


「ふごっ!!」


「どうだ、ゴラァ!」


凄い感じの投げが炸裂。


デブエルフが顔面を地面に激突させていた。


そのまま鼻血を散らしながら肥満な巨漢が転がる。


そして、起き上がろうとしたデブエルフの顔面に、俺が追撃の中段前蹴りをブチ込んだ。


「そらっ、前蹴りだ!!」


クチャっと鼻が潰れる音が、俺の足の裏から伝わって来た。


デブエルフは俺の蹴りで吹っ飛んだ。


その勢いでゴロゴロと転がると、10メートルほど離れた木に激突して止まる。


たぶん木が無ければ、更に10メートルぐらいは転がっていたかもしれない。


だって真ん丸い体型なんだもの。


そりゃあ転がるよね。


そして、しばらく全員の視線がデブエルフに集まっていたが、彼は動き出さなかった。


うん、TKOだぜ!



勝者、アスラン。


パンチパーマのエルフ、相撲取りのエルフ、連続で撃破。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る