8-8【無人の宿屋】

俺は次の日の朝にメルリッヒシュタットを出て次の目的地を目指して旅立った。


あれ、メクリッヒトタッシュだったっけな?


イグリットスタックだったっけ?


んー、分かんない……。


相変わらず覚えられない町の名前だわ。


まあ、いいか~。


どうせ覚えようとしても覚えられないんだ。


あの町は名無しの町と一緒だぜぇ。


さっさと忘れて次の町を目指そうか……。


んんー……。


名前を覚えてないのだから、さっさと忘れるって言うのも可笑しな話じゃね?


ええーい、どうでもいいや!!


何せ次の町は少し遠いしな、先を急ごう。


次の町はサザータイムズって町だ。


普通の馬で旅をしても三日ちょっと掛かるらしいから、アキレスで走り続ければ半分の時間で到着できるだろう。


でも、それだと馬に乗っている俺が疲れてしまう。


アキレスが疲れなくても、馬上している俺は疲れるのだ。


まあ、急ぐ旅でもないので、ゆるゆる進もうか。


旅はダラダラするのが一番だよ。


だから途中で休憩をちゃんと取って進もうかな。


まずは道中に、地図に載っていない旅の宿屋が在るらしいから、そこを目指そう。


大体の場所は聞いてあるんだが、見付けられなければそれはそれで仕方無い。


でも、出来れば野宿はしたくないよね。


野外に転送絨毯を放置してソドムタウンに帰るのもなんだかな~って感じだし。


万が一にも雨でも降られたら転送絨毯がグショグショのヌレヌレになってまうしね。


それは避けたい事故である。


そんな感じで俺がユルユルとアキレスを走らせて旅を続けていると、日が沈みかけたころに、街道と山との間に少し大きめの家が見えて来た。


二階建のログハウス風である。


離れに納屋も見えた。


「あれが噂の宿屋さんかな?」


建物の側に近付くと、柵の手前に看板が出ている。


看板には『旅の宿屋ロンドン亭』と書かれていた。


うん、間違いないな。


ここが噂の旅の宿屋だろう。


日が沈みきる前に間に合ったぞ。


よし、今日はここに泊まるとするか。


それにしても英国の首都と言いますか、どちらかって言うと、下町の喫茶店風の名前だよな。


そのぐらいほのぼの系の宿屋だった。


建物は木像二階建ての屋敷だ。


庭には二羽鶏が駆け回っている。


その向こうの柵内には豚が数頭飼われていた。


そして離れの納屋からは馬の鳴き声が聴こえて来る。


なんだかほのぼのした空気感だな。


俺は宿屋の扉を開けて中に入る。


どうやら一階は小さな酒場のようだった。


ランプの明かりに照らし出される室内の感じはファンタジー溢れる内装で、何とも旅の宿屋感を醸し出していた。


都会の酒場と違ってのんびりした空気だ。


だが、誰もいない。


室内は暖炉に火が炊かれ、ランプで照らされていたが、人の気配がしない。


「留守かな?」


俺が店内に進むと一つのテーブルの上に食べ掛けの食事が置かれていた。


ステーキと白パンだ。


パンは半分かじられ、肉も半分食べられている。


更に盛られたスープからは、まだ湯気が上がっていた。


別のテーブルには飲みかけのビールが木製のジョッキに注がれて置かれている。


「飲みかけ……?」


俺がカウンターに近付くと、同じように飲みかけのグラスが置いてある。


俺が不審そうにカウンターの中を覗き込んだが人影は一つも見られなかった。


店員もお客の姿も見られないのだ。


室内には暖炉の火がパチパチと燃える音しか聴こえてこない。


俺は食べかけの食事を見詰めながら言う。


「何これ、怪しいよね……?」


俺はカウンターを乗り越えて奥の厨房に入った。


釜戸の火が燻り、上にはスープが湯気を上げている。


ついさっきまで人が居たようだ。


だが、人は居ない……。


音も無い……。


気配も感じられない。


俺は酒場に戻るともっと注意深く観察した。


するとテーブルの下にバックパックを見付ける。


中をあされば男物の着替えが何着か入っていた。


食べ掛けの食事。


飲み掛けの酒。


仕事中の厨房。


旅の荷物。


どこもかしくも、ついさっきまで人が居たような景色が広がっていた。


俺は二階に上がって見る。


そして、各部屋を探索してみた。


殆どの部屋には鍵が掛かっていた。


宿屋なのだから、部屋が借りてても借りられていなくても、鍵は掛かっているか。


俺が廊下の窓から外を眺めると、いつの間にか暗くなっていた景色に光を見付ける。


建物のシルエットだ。


たぶん離れの納屋だろう。


窓から盛れた光が見える。


遠くない。


庭の隅だろうか?


俺は一階に戻ると宿屋を出た。


二階から見つけた光を目指す。


畑の側に納屋。


その窓から光が漏れていた。


俺は気配消しと忍び足のスキルを駆使して納屋に近付いた。


スキルを使ったのは念のためである。


そして納屋に到着すると、窓から中を覗き込む。


「うわぁぁ………」


俺は思わず小声を漏らしてしまった。


四人である。


四人の人影が、ロープに縛られて、納屋の天井から吊るされていた。


足が床から浮いている。


あれだと逃げられないだろう。


吊るされた人影は、三人が男性で、一人が女性のようだった。


意識があるのか死んでいるのかは、ここからでは分からない。


だが、吊るされた人影は動かない。


もうこれはただ事ではないだろう。


野盗か強盗か?


何かがあったのは間違いない。


しかも、ついさっきだ。


俺がここに到着する少し前に何かあって、この人たちは縛られて吊るされたのだろう。


「俺は、どうする……?」


犯人はまだ見当たらない。


隠れているのか?


それとも別の場所に居るのか?


だが、すぐ側に居るはずだ。


いや、強盗ならもう逃げているかも?


そして俺は、まだ見付かってないだろう。


いや、素手に見付かって見張られているのか?


どちらにしろ今現在で俺にまでは被害が及んでいない。


ならば逃げるか?


それとも吊るされた人々を助けるか?


今までにないタイプの展開だな。


こんな緊迫した犯罪現場に出くわすなんて、なかなかないぞ。


これはどう動けばいいのか分からない。


ならばいつも通りにラノベやドラマを参考に動くしかないのかな?


だとすると、俺が取る行動はヒーロータイプの行動になるのかな?


事件を解決して、被害者を助けるのか?


もしもここで逃げればモブキャラのように、逃げる最中に殺されかねない。


それは嫌だな……。


名もないモブキャラのように犯人が誰かも分からないまま死にとうありませんがな。


そうだ、まずは犯人を見付けよう。


まずは状況を的確に把握するのが一番だ。


いつも自分で言っているじゃあないか、情報量が勝利の鍵だぜ。


今分かっているのは、被害者が四名。


犯行現場はここ。


犯人も動機も分からない。


俺が逃げずに立ち向かうならば、犯人と動機を掴めば事件解決に、ぐぅ~んっと近付けるはずだ。


よし、まずは犯人を探そう。


すると窓の向こうでゴトンと音がした。


俺はこっそりと窓から中を覗く。


すると床の一部が開いた。


地下室への扉だ。


納屋の下に地下室があるようだ。


そして、開いた床の扉からランプを持った人影が上がって来る。


覗き見る俺の緊張感も上がった。


犯人だろうか?


その人影は──。


「あれは……」


地下室から出て来た人影を見て、俺の本能がガチガチと凍り付く。


爪先から頭のてっぺんへと悪寒が昇る。


「嘘だろ……」


ランプを持った人影は、くすんだエプロンを嵌めていた。


右手にはランプ、左手には包丁。


エプロンの下は白のワンピース。


頭には黒山羊の頭部を被ってやがる。


でぇぇえたたたたああああ!!!!


俺はあんまりの仰天に、眼球が昔のアニメのように飛び出しそうになった。


俺は咄嗟にしゃがむと震え出す。


「嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ……」


あれは、間違いない。


あれは、魔女だ!!


DQNな魔女だ!!


昔出合ったキチぴーな魔女だ!!


少女Aだ!!


ここに来て、迎えたくないけど運命的な再開を迎える。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る