7-9【火付け犯を逮捕】

俺は丸盾の中から召還した三匹の銀色狼を連れてソドムタウン内を闊歩していた。


白銀のような凛々しい鬣がフカフカの美しい狼たちである。


荒野を走り回る野生の狼とは違い魔力を冷気に変えて獣臭を漂わせていた。


要するに普通の獣とは感じが違うのだ。


どのぐらい違うのかと述べれば、どこにでも居そうな柴犬と、血統書付きのシベリアンハスキーが金の首輪で着飾っているぐらい違うのである。


もちろん柴犬も可愛いが、こちらのほうが圧倒的に強そうに見えるのだ。


故に男の子のロマンを感じてしまう。


「さあさあ、アーノルド、シュワルツ、ツネッガーたちよ、犯人を見つけ出すのだ!」


そして、三匹の狼は、必死に地面の臭いを嗅ぎながら歩いているが、まだターゲットの臭いを発見できていない様子だった。


なので俺は三匹の大型犬を町中でブラブラと散歩させているだけである。


そして、この調査は失敗であろう。


何故なら三匹が別々の方向に進みたがるのだ。


三匹いるのが間違いなのだ。


連れてくるのは一匹で十分だったと思う。


そうなると、なかなかウザったい。


何せこの狼たちは、体格が良いのだ。


要するに、普通の狼より身体が大きい。


とにかく、力が強いのだ。


しかも、それが三匹も居やがるんだ。


昔、ウルブズトレイン事件で引き連れた、その辺に巣くっている野良の狼とは違うのである。


体格だけでなく、毛並みも輪郭も立派であるのだ。


そのためか人々の注目も浴びてしまう。


まるで俺はモンスターを町に連れ込んだ危ないDQNのように見られていた。


いや、もうこいつらは立派なモンスターだよね。


って、ことは、俺はDQNなのか?


まあ、いいか。


今は放火魔を捕まえるのが優先だ。


モンスターを町に連れ込んで、町の人々を危険に晒してでも、放火魔は捕まえなければならないのだ。


ここは俺のわがままを正当化しよう。


うん、きっと、それが正しいだろうさ。


町の人々だって理解してくれるだろう。


俺が正しい。


俺が正義だ。


そんな感じで散歩気分を振りまきながら俺が歩いていると、三匹の狼が床の一点を集中的に嗅ぎ始めた。


「ガルゥゥゥ……」


おや?


ついに目標の臭いを発見したのかな。


すると三匹が同じ方向に俺を強く引っ張った。


荒縄が手に食い込んで痛い。


次からはちゃんとしたリードを用意しないとならんな。


こいつら三匹は、力が強すぎるわ。


次からは一匹ずつ散歩に連れだそう。


まあ、戦闘の時には頼もしそうだけどね。


とにかく俺は、三匹に引かれるままに進んだ。


すると三匹の狼は、とある一軒の露店の前で立ち止まった。


そして、三匹揃ってお座りしながら可愛らしく尻尾を振っている。


露店は丸焼きのチキン屋であった。


狼たちはハァーハァー言いながら涎を垂れ流して、露店のチキンをガン見している。


もう少しで昼時だ。


こいつら腹が減っただけかよ……。


しゃあないか……。


「オヤジ、チキンを四つくれ……」


「あいよ~」


俺は狼たちと丸焼きチキンを食らった。


「「「がるるる♡♡♡」」」


なんでマジックアイテムから出て来た狼たちに餌をやらんとならんのだ。


畜生め……。


俺のお小遣いが減っちゃった。


まあ、いいか。


するとチキンを食べ終わった狼たちが、何かを見付けたようだ。


三匹が揃って走り出した。


すげー引っ張られた俺は、狼の後ろを追う。


とにかくリードを持つ腕が千切れそうである。


やがて三匹は、ソドムタウンでも貧民街とされているエリアに入って行った。


ここに入って来るってことは、放火魔は貧乏人なのかな?


マジックインフェルノなんていう中級魔法を使える存在が貧乏人ってことは、実力は有るが人格に問題点が多いってことだろうかな。


まあ、放火魔だから、人格が良いってことはないだろうけれどね。


やがて三匹の狼は一軒の家の前で止まった。


三匹が揃って、その家の扉を爪で引っ掻いていた。


「ここか」


平屋建てのおんぼろな家だった。


壁には穴が空き、屋根にも穴がある。


一見廃墟かと思えるほどにボロボロだ。


「ここに人が住んでるのか?」


俺は狼たちを押し退けると扉をノックした。


しかし、待てど返事は戻ってこない。


留守かな?


仕事にでも出てるのかな?


俺はドアノブを捻ってみた。


カチャリと音を建てて扉が開く。


鍵は掛かっていないようだ。


まったく無用心だな。


泥棒が入ったらどうするんだ。


てか、貧乏過ぎて盗まれる物も置いてないのかな。


「さて、と……」


俺は狼を連れて家に上がり込む。


中は汚い部屋だった。


薄暗くて、薄汚れていて、うっすら悪臭が漂っている。


ベッド、テーブル、椅子、タンス。


どれもこれも安物のおんぼろだ。


間違いなく貧乏人の家である。


「何処かにエロ本を隠してないかな~」


俺は室内を漁ったが、エロ本どころかオナホールすら出てこない。


「修道僧って、やっぱり貧乏なんだね。詰まんないな……」


さて、どうするかな。


ここで家主が帰って来るのを待とうかな。


おそらくここの住人が犯人か、犯人の身内だろう。


取っ捕まえて……。


「んん? 霧が……」


あれ、眠たく……なって……きたぁぁああ!!!


「危ねっ!!」


寝るところだったぞ!!


狼たちは寝てやがる。


なんだ、魔法か!?


薄暗かったから気付かなかったけれど、スリープクラウドだろう。


室内に魔法の霧を撃ち込んで来やがったな。


俺は慌てて部屋を飛び出した。


貧民街の路地を見回す。


ここは人影が少ない通りである。


だが、露骨に怪しいヤツが居た。


部屋から飛び出した俺を見て慌てているヤツが居やがる。


あいつが放火魔だな!


そう考えた俺は走り出していた。


勿論そいつは逃げ出している。


今度は逃がさねえぞ。


黒い髪はボサボサ、安物の洋服、足元は草履だ。


そんなもの穿いてて俺から逃げれるわけがなかろう。


案の定、俺は直ぐに追い付いた。


走る放火魔の肩をガッチリと掴んで引いた。


「捕まえたぞ、糞野郎!!」


俺は力任せに肩を引っ張る。


するとあっさり放火魔は転倒した。


中年の痩せた男だった。


強ばる表情も冴えない凡人に見えた。


こんなモブ力全開な野郎が、七件も火を付けた犯人ですか。


人間って怖いよね。


どんな非力な人間でも、人生を捨てちゃうと、他人の人生を台無しにできるんだなって思えた。


だからこそ、こいつには同情できない。


「諦めて、お縄に付きやがれ!」


男は尻餅を付いた状態で魔法を撃ってきた。


「ファイヤーシャード!!」


「馬鹿か、お前は。前回も効かなかっただろ。ならば今回も効かねーよ」


俺が述べた通り、炎の飛礫は俺の眼前で消え失せる。


レジスト成功である。


「抵抗はやめな!」


俺は腰の鞘からロングソードを引き抜いた。


殺す気はないが、少しぐらいは刺してやろうと思う。


すると、ヨタヨタと立ち上がった男が両手を付き出した。


「おお、来るか?」


マジックインフェルノを撃つ気ですね。


来なさい!


俺は逃げも隠れもしないぞ。


来る魔法が分かっていれば、心の準備も可能だ。


それすなわち、耐えられますがな!


俺が覚悟を決めて待っていると、男が魔法名を口走る。


「サーバント・サラマンダー!!」


えっ?


サーバント・サラマンダー?


なに、それ?


そんなの聞いてませんよ?


目を点にさせている俺を無視して男の手から渦巻いた炎が大きな蜥蜴を形作る。


巨大な炎の蜥蜴が、異空間からドスンっと大地に落ちてきた。


体長5メートルぐらいだろうか。


長い尻尾を入れたら、それ以上だろう。


四つん這いの体格から灼熱の炎を吹き出していたが、けっこう肥満体だ。


男が笑いながら叫ぶ。


「あはははは、この子に勝てるかな!?」


サラマンダーですか~……。


ドラゴンほどの威圧感はない爬虫類だけれど、熱そうだよね。


俺さ、冷却系の魔法をもってないからな~。


ファイヤーボールで吹き飛ばせるかな~。


俺がダラダラと考えていると、背後から三つの冷気が飛び出して来た。


その白銀の塊たちがサラマンダーに飛び掛かる。


それは、三匹の狼たちであった。


「おお、起きたのね、三匹とも!」


サラマンダーと三匹の狼が縺れ合いながら死闘を繰り広げる。


「ガルルルゥゥうう!!」


じゃあ、この隙に俺は放火魔さんを取っ捕まえようかな。


俺の目標が自分に戻ったのを知った放火魔が、今度こそマジックインフェルノを撃って来た。


「マジックインフェルノ!!!」


「なんの!!」


俺は押し寄せる火力の中を突き進んだ。


熱いが耐えられる。


勇ましく、炎よりも熱く走った。


この程度なら、どうにでもなるさ!!


「おらぅ!!」


俺の縦一直線の剣筋が、放火魔の両手の間を抜けて、鼻先を数ミリだけ切り裂いた。


「ィィイイチ!!!」


鼻先を切られた放火魔が、情けない悲鳴を上げながら狼狽えると魔法を止める。


「どぉら!!」


そこに俺が蹴りを撃ち込んだ。


腹を蹴り飛ばす。


「げふっ!!」


蹴られた男は数メートル飛ぶと、地面をドタドタと転がった。


「あんた、軽いな~。体重が軽すぎじゃあね?」


「ぐぇ……」


「魔法の使いすぎで体力が無くなってるのかな?」


「ぅぅうぁぅぅ……」


男は腹を押さえながら、くの字でうずくまっている。


弱いぞ。


魔法はそこそこだったが、本体が弱すぎるわ。


なんの張り合いもないぜ。


俺が倒れている放火魔に歩み寄ると、眼前に剣を突き立てた。


「お縄になりやがれ」


「うぐぅぅ……」


男は観念したのか、俺から顔を隠した。


泣いてやがるぞ。


そんなに絶望しましたか?


俺が放火魔を荒縄で縛り出すと、狼たちがサラマンダーを八つ裂きに食いちぎっていた。


うわー、あいつらもハードだわ~。


ワイルドだね~……。



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