3-17【アスランの女装】
俺はドラゴン兄妹が隠れ住む洋館を出てソドムタウンに帰って来た。
もう、辺りは日が沈み夜になっている。
俺がゲートを潜るとソドムタウンのメインストリートではピンク色の魔法ネオンが目をチカチカさせるほど輝いていた。
いつもながら賑やかな夜である。
若い女性たちが煌びやかに輝く景色の中で可憐に振る舞い、酔いどれたスケベな男たちがだらしなく徘徊していた。
まあ、いつもの景色なんだけれどね。
俺はローブのフードで視線を深く隠しながら道を進んだ。
セクシーなお姉さんがたの甘い誘いは聞こえないふりで無視して歩む。
ワイズマンから依頼を受けて、既に三日が過ぎようとしていた。
本来の依頼内容は洋館に巣くうモンスター退治のはずだったが、今では仕事の内容がだいぶ変わってしまっている。
これは、良い変化だったのだろうか?
まあ、難しく考えたからって何も解決するわけではない。
この三日間でいろいろあったが、当初の目的を忘れかけていた。
そもそもがワイズマンの依頼が発端だったのだ。
しかし、そんなの今ではどうでも良くなっている。
完全に俺の最終目標は、『ドラゴンルビーの指輪』のゲットだ。
あれが欲しい!
とても欲しいです!
あれが噂の四次元ポケット的な無限アイテムボックスですがな。
あれこそ異世界転生でお約束な便利道具の代表作的な存在ですよ。
あれがあってこそ異世界転生が始まると言っても過言ではないだろう。
それが転生してから第三章で初登場だよ。
遅すぎね!?
遅いよね!?
この展開は遅すぎじゃねえか!?
普通のラノベだったら最初っから持ってても可笑しくない話だよ。
まあ、今は愚痴ってても仕方がない。
今は何よりドラゴンルビーの指輪をゲットすることを考えなければなるまい。
とにかくゲットだ!
ゲットですよ!
そのためにはいろいろ問題があるのだ。
ドラゴンお兄様のグラブルは、俺がウェイトレスに女装した姿に一目惚れしたらしい。
幸いグラブルは、一目惚れの相手と俺が同一人物だと気付いていないのだ。
だから上手く騙せれば、ドラゴンルビーの指輪をゲット出来るかも知れない。
ならば、作戦を念入りに立てなければならないだろう。
まず俺は冒険者ギルドの酒場を目指した。
ギルドの酒場は、夜になり酔っぱらいが増えて賑やかだった。
俺はカウンターの空き席に腰かけるとバーテンダーのハンスさんに食事と飲み物を二人前ほど注文した。
久々の飯である。
ガッツリ食うぞ!
不味いとか文句を言わずに、とにかく肉をパンをと口にほおばった。
水もガブガブと飲んだ。
空腹は最大の調味料である。
本当にさ。
そしてお腹が落ち着くとハンスさんにお願いをする。
「ハンスさん、お願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんだい、アスランくん?」
「ここのウェイトレスさんの制服を一着譲ってもらいたいのだが」
「え、アスランくん。女装が癖になったのかい?」
「まあ、そんなところかな……」
そんなわけはない……。
「構わないけど、制服代は貰うよ?」
俺は深く頭を下げてからお礼を述べた。
「ありがとうございますだ。買い取らせて貰いやす」
こうして俺は、難無くウェイトレスの制服を手に入れた。
第一段階クリアだ。
俺は酒場の更衣室でウェイトレスの制服に着替えると姿見の大きな鏡の前に立った。
自分の女装した姿をマジマジと眺める。
両肩と背筋のラインが見える上着に、太股が露出された短いスカート。
頭にはメイドさんか付けるカチューシャを乗せていた。
まるで風俗の制服である。
これが男の俺ではなく、若くて可愛い娘さんが着ていたら最高なのだろうが、現実は厳しい。
俺は鏡に映る自分の姿を見て吐きそうになっていた。
先程、夕飯をたらふく食べたばかりなのに胃酸がムカムカと上がってくるようで気持ち悪るかった。
これが現実だ……。
これが俺のウェイトレス姿だ。
それはもう絶望的である。
破壊的に醜いのだ。
ギルガメッシュほどではないが、露骨に気持ち悪い見てくれである。
「このウェイトレス姿がスバルちゃんだったらプリティーだったんだろうな……」
俺は鏡に映る自分の姿を見ながらミニスカートの裾を少しだけたくし上げる。
太股の隙間から僅かに自分の股間が窺えた。
「うぬぬ……。キモい……。これが乙女のミニスカートならチラリズムが全開で萌え萌えキュンキュンなのにさ。何故に俺のミニスカート姿では萌えないのだろう……」
幻滅である。
絶望的な幻滅感しか沸いてこない。
「分からん……」
この姿に一目惚れとか理解できないわ。
グラブルの趣味は完全に下手物趣味なのだろう。
「まあ、ドラゴンの趣味だから人間では理解不能なのかもな~……」
俺は無理矢理にも理由をこじつけて自分を納得させた。
その後に荷物をローブにくるんで背中に背負った。
そのままウェイトレス姿で酒場に出て行く。
そんな俺を見た数人のお客が、口笛を吹いて茶化していた。
俺は念のためにハンスさんに訊いてみる。
もしかしたら気持ち悪いと思っているのは俺だけかも知れないからだ。
他人が見たら本当はイケてるのかも知れない。
「ハンスさん、この格好って、似合う?」
ハンスさんは苦笑いながら答えた。
「う、うん……。そこそこ似合ってると思うよ……」
「そうなんだ」
明らかに社交辞令だな。
これが普通の反応だろうさ。
俺はとりあえずスカル姉さんの診療所に帰ることにした。
道中ソドムタウンの街中をウェイトレス姿で歩いて進む。
流石はソドムタウンだな。
男の俺がウェイトレス姿で闊歩していても、さほど浮いていないし、振り返る人も少ない。
それどころか数人の悪趣味な男性や女性に値段を訊かれる始末であった。
このような格好で夜の町を歩くと商売人と間違われるのね。
大変勉強になりました……。
でも、大人の世界って怖いわ~……。
こんな成りでも仕事があるんだなぁ……。
すると──。
「あれれー、アスランくんじゃあないのぉ~?」
俺が街頭を歩いていると、知人に声を掛けられた。
不動産屋のスイッチガールこと、DQNのミーちゃんである。
「こんばんわ、ミーちゃん」
「こ~んば~んわ~、アスランく~ん!!」
「今日も無駄に元気だな、あんたは」
「そうでもないよ。今日も契約取れなくって社長に散々絞られたばかりだもの~」
どうやらミーちゃんは酒を飲んでいる様子だ。
顔も赤いし息も酒臭い。
「だったら反省しろよ」
ミーちゃんのスイッチが瞬時に変わる。
「ちっ……。お前も私を現実に呼び戻すのか……」
「すまん。言い過ぎたわ」
すげ~悪酔いしてるな……。
「とーこーろーでー、冒険者を辞めて身売りでも始めたのぉ~。だったら一晩私が買うわよ、マジで!!」
ミーちゃんはハァハァと息を弾ませていた。
目付きも血走っている。
「こえーよ、マジの目をしてるぞ!!」
「いやいや、冗談じゃなくてマジだから!」
言いながらミーちゃんが俺の腕に組付いてきた。
柔らかくて豊満な胸を俺の腕に押し付けてくる。
「なんでだよ!? てか離せ!」
俺が腕を振るうがミーちゃんはすっぽんのように食い付いてきて離れない。
俺の腕を双子の肉山で挟み込む。
「ウェイトレス姿の変態少年とか、滅多にない掘り出し物だよ! それってお買い得じゃんか!!」
「腐女子の趣味が良く分からんわ!?」
「ささ、これから私の部屋に行きましょう! ぜえはー、ぜえはー!!」
「何故に息が荒いの! きゃー、手を牽いて連れてかないで!!」
「良いではないか、良いではないか~」
「とうっ、地獄突き!」
「グフっ!」
ミーちゃんが俺に喉を突かれてのたうち回っている隙に、俺は全力ダッシュで逃げ去った。
逃走後、俺は裏路地に逃げ込んでミーちゃんを巻ききるとしゃがみ込んで息を整える。
「ふぅ、なんなんだよ、あの変態女はよ……。こえ~よ」
そして、俺が屈んで休憩していると、通りすがりの男性に声を掛けられた。
「ねえ、お嬢ちゃん。私と一緒に飲みに行かないかい?」
ナンパ?
こいつもか……。
俺を女の子と間違えてこの野郎は声を掛けてきたのだろう。
俺は頭を上げて勝ち誇ったように言ってやる。
「残念だな。俺は男だ!」
「えっ!?」
「あっ……」
俺は声を掛けてきた男の顔を見て、間抜けな声を漏らしてしまう。
「テ、テメーはワイズマン……」
「キ、キミはアスランくん!?」
それは変態モッチリ商人のワイズマンだった。
ワイズマンの野郎も俺の姿を見て驚いている。
「アスランくんじゃあないか……。な、なんでそんな格好でこんなところで商売をしているのかね……?」
「い、いや……。これはそうじゃあなくてさ……」
どうやらワイズマンは誤解しているようだ。
「もしかしてお小遣いに困っているのかい。だったら近くに私が豪華な部屋を取ってあるから行かないか。そこで朝まで休んでいくかい?」
「行かねーよ!!」
「冒険者ギルドにはアルバイトの件は秘密にしておいてあげるから安心していいんだよ。えへ、えへ、えへ」
「キモッ! マジでキモい!!」
「さあ、行こうか僕ぅ~」
言いながらワイズマンがモッチリとした手で俺の手を引っ張った。
しっとりとした手の感触が全身に鳥肌が立つほどに気持ち悪るい。
こいつ、手の平が汗ばんでやがるぞ!
「ひぃぃいいい!!!」
俺はブタのような悲鳴を上げると同時にワイズマンの股間を全力で蹴り上げた。
キィーーンと効果音が鳴り響く。
「ぐはっ!!!!」
するとワイズマンが股間を両手で押さえながらうつ伏せに倒れ込んだ。
クリティカルヒットだろう。
「ぐぅごぉぉ……。にゃにぃおぉ……」
今だ、逃げよう!
俺は変態が倒れた隙に逃走する。
そして、全速力で走った。
逃走後、スカル姉さんの診療所に飛び込む。
変態は追って来ていない。
俺は一安心する。
「ふぅ、なんなんだよ、あの変態オヤジはよ……」
俺は今さらだが変態って怖いんだなっと再認識した。
それにしてもマジで怖かった。
俺は本気を出した変態って、あんなにも気持ち悪いんだなっと知ったのである。
「診療所は、もう閉まってるのか」
一階の診療所は既に閉店していて誰も居なかった。
俺は二階に荷物を置いてから三階に上がって行く。
もちろんウェイトレス姿のままだ。
するとスカル姉さんがテーブルの上のカップにコーヒーを注いでいるところだった。
スカル姉さんはこちらを見ていない。
「ただいま~」
「おお、帰ったか、アスラン。昨日はどうした。帰らなかったから心配したぁぁあああぞおおっお!!!」
テーブルのカップにコーヒーを入れていたスカル姉さんが顔を上げて俺の姿を見た瞬間に、凄く驚いていた。
それはもう尋常じゃない驚きかただった。
スカル姉さんはテンション高めに訊いて来る。
「な、なんだ、その格好は! 僅か一日帰ってこなかった間に新たな趣味に目覚めたか!?」
スカル姉さんは引きつった笑顔で息を弾ませている。
その反応はミーちゃんに良くにていた。
「な、何故に嬉しそうに言うの……?」
「ば、馬鹿言え! 嬉しくなんてないぞ! ただちょっとばかり可愛いかなって思っただけだからな! 勘違いするなよな!」
ツンデレ!?
しかも可愛いだと?
な、なんなんだ……。
なんなんだ、この反応は!?
ミーちゃんといいスカル姉さんといい、なんなんだ、この反応はさ!?
凄く興奮していないか!?
も、もしかして俺の女装姿には、需要があるのかな?
しかも、凄く……!?
変態どもにはバカウケなのか!?
だからドラゴンのグラブルも、一目惚れしたのかな?
だとすると俺は、もっと女装姿に自信を持っていいのかな!?
俺の女装は、イケてるのか!?
イケてるのかぁぁああ!!??
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