3-15【恋するドラゴン】

俺は異次元牢獄の室内を見回した。


なんとも不思議な色合いの壁である。


見える壁や天井の向こうに星々が輝いているのだ。


遠近感が可笑しい。


こんな異様な景色を俺は見たことがない。


さて、そんなことよりも、どうしたものかな。


ほぼほぼ詰んでいるぞ。


流石は5400年も長生きしているドラゴンなお兄様が作った魔法の牢獄である。


俺は部屋の隅で体育座りをしているアンに訊いてみた。


「なあ、外とコンタクトを取る方法はないのか?」


「こっちこっちこっちからはないわ!」


「なんで、ないかな。畜生……」


「それはね、それはね。毎回毎回毎回、私が閉じ込められるたびにわんわんと騒ぐから、こちら側からの連絡手段が絶たれたのよ!」


「やっぱりお前のせいか……」


「そうよ!」


「威張るなよ!」


「やだやだやだ、威張る!」


あー、本当にウゼえや。


なんでこのドラゴン娘はウザイのかな。


ビジュアルはかなり可愛いのに、本当に勿体無いよ。


美少女の無駄遣いだな。


最初はこいつの姿を見て全損事故が起きるかと思ったが、今ではそんな大事故を起こす気もなくなったわ。


エロイことすら考えられんぞ。


俺の中の呪いが完全に静まり返ってやがる。


俺はアンに、無理を承知で訊いてみた。


「なあ、お前の力でこの部屋から出れないのか?」


「もう、無理無理無理。前回私が無理矢理の力技で抜け出たから、今回は更に頑丈に作られているわ。そもそもそもそも、魔力で私がお兄様に勝てるわけないですもの!」


「そんなにお前のお兄様の魔力は凄いのか?」


「何せ何せ私より、ずっとずっと長生きですからね!」


「あー、そうか。5400歳だっけ。すげー長生きだな。もうジジイなんじゃね?」


「そんなそんなわけないでしょう。まだまだまだ若いわよお兄様はね。人間に例えるなら18歳ぐらいになるのかな!?」


「だとすると、ドラゴンの寿命は人間の50倍か。凄いな」


「あなたはバカですかアホですか! 計算も出来ないのですか! 40倍でしょうが!」


「ああ、そうか。俺は計算が苦手でな」


「私も人間に例えれば15歳ぐらいなのよ。だとするならば立派な立派な立派な成人女性ですわ!」


へー、この世界だと15歳は成人してるんだ。


じゃあ、俺もとっくに成人してるってことなのね。


酒も飲めるし結婚も出来るのか~。


まあ、酒は飲まなくったって、いいかな。


でも、いつかは可愛くてエロくてムハムハの嫁さんを貰ってウハウハな新婚せいかぁぁぁだぁだぁだああがあだ!!


「どうしたどうした、急に苦しみ出して!?」


「いゃぁ……。ちょっと持病の癪が……」


「心臓と心の奥に病魔を抱えているのか、哀れで可愛そうにな!」


「心の奥は産まれたての赤子のように綺麗だぞ」


「嘘だ、偽りだ、憚るな!」


「この馬鹿娘は俺を信じない気だな!」


「お前をお前を信じるぐらいなら、ミミズと友情を築くほうが簡単だな!」


ひでぇ……。


「そんなこと今はどうでもいいから、ここから出なくては……」


「もがいても無駄だ無駄だ無駄だ。お前の力では、この部屋から出れやしないさ!」


「それは、どうかな。俺に不可能は無い!」


「人間風情が強気強気に出たな。お前なんかが、どれだけもがいても無理は無理だ、無理なのだ!」


「賭けるか!?」


「面白い面白い、掛けてやろう。ただし、ただし、お前がこのまま一週間、この部屋から出れなかったらパクリと一口で食らってやるぞ!」


「かまわん!」


てか、一週間も飲まず食わずだったら俺は飢え死にしてるわな。


むしろまだ生きていても虫の息だから、一口で食べて貰ったほうが助かるぜ。


結局のところ絶望的な環境は変わらないか。


そんな感じで俺が絶望していると、転機が訪れた。


光る扉の小さな覗き窓が、突如パカリと開いたのだ。


「やあ、二人とも元気かい?」


えっ?


だれ?


覗き窓の向こうから、青年の声が聞こえて来た。


しかも二人って言ったから、俺を認識してやがるぞ。


「お兄様、お兄様、お兄様!!」


素早くアンが扉に飛び付いた。


光る扉に額を擦り付けながら覗き窓に顔を近付ける。


だが、次の瞬間──。


「ぎぃぁぁあああ!!」


顔面を燃やしながらアンが扉から離れた。


頭部から炎を上げるアンがのたうち回る。


何されたの!?


攻撃されたの!?


魔法攻撃か!?


それともドラゴンブレスか!?


「やぁ~~、済まないね。我が家の妹がキミに精神的な迷惑をかけているようだ」


こいつが、お兄様なのか?


だとすれば、良く分かっているな。


この兄貴は馬鹿な妹よりも賢いようだ。


俺は立ち上がって光の扉の前に立つ。


小さな長細い覗き窓を見れば、若い男性の両目が見えた。


「私の名前はグラブルだ」


「グラブル?」


なんかソシャゲーっぽい名前だな。


「フルネームで言うと、グラリスムテラヘラスキュンダエーイブル・カイシスムタリヒュンクリスム・アッカータナリンカベルス・ウォードルカンハウィンスルスカツだ」


俺はグラブルと名乗るお兄様のフルネームを聞いて脱力に肩を落とした。


「あー、やっぱりドラゴン様って、名前と寿命が長いのね……」


「ああ、我々ドラゴン族は、成人前までは人間の30倍ぐらいの成長速度だが、青年期からは300倍は生きるからね」


「300倍!?」


さっきアンが言ってたことと違うじゃんか?


「ドラゴン族は、成人してからの寿命が更に伸びるのだよ」


「そ、そうなんんだ~……」


すげーな、ドラゴンってよ……。


とにかく侮れんな。


「それで、キミは何者だ?」


「俺は通りすがりの冒険者でアスランってもんだ」


「人間の冒険者か──」


「あの~。そんなことより俺をここから出して貰えないですかねぇ~。どう見ても兄妹喧嘩の巻き沿いですよね?」


「ああ、そうだね。確かに兄妹喧嘩の巻き沿いだね。でも、私がキミを助ける義理がない。そうだろ?」


「そ、そうですな~……」


あー、このドラゴンさん、何か企んでるわ。


俺のことを助ける義理がないとか考えているなら、わざわざドラゴンから見て虫ケラ同然の俺に声をかけてくる理由がないはずだ。


俺の直感が告げている。


絶対に何かを企んでいるぞ。


覗き穴から見える瞳は、そんな目付きだしさ。


ならば俺から探りを入れてやるかな。


そのほうが話が早そうだ。


「それじゃあ、出してもらえる代わりに、何か条件でもあるのかよ?」


うむ、手っ取り早く、こちらから餌を撒いてしまえ。


ポイポイッとさ。


するとあっさりとグラブルが餌に食い付いてきた。


「条件ですか、そうですね」


ほら、即行で食いついた。


「出して上げる条件として、人間のキミに人間のことをいろいろと訊きたいのだが、いいかな?」


案外と平凡な内容だな。


もう少し警戒心を解いて話してもいいかもしれない。


こいつからは露骨な悪意を感じないしね。


アンのように精神的にも根性が曲がってはいないようだしさ。


「人間の何が知りたいのかよ?」


「人間の娘のことが知りたいのだけれど……」


なんか、グラブルの野郎が扉の向こうでモジモジし始めたぞ!


なに、この展開は!?


恋バナですか!?


ドラゴンさんも盛りですか!?


色ボケドラゴンなのか?


「もしかしてお前って人間の娘さんが好きなのか?」


「いや、まあ、そうなんだけど……」


あー、恋バナだわ~。


俺に縁のない世界の話だわ。


だって俺さ、童貞で彼女が居ない歴と人生を歩んで来た年月が一緒ですよ。


それは二度目の人生に転生しても変わらないからダブルスコアですもの。


しかも女友達すら居ませんよ。


俺ってば学校のホークダンスでしか女の子の手を握ったことがないんだよ。


そもそもこの物語にメインヒロインすら出てきてないしさ……。


いくら初なドラゴンさんの相談でも乗れるかな?


そこが心配で不安ですわ~……。


もうラブコメのラノベで得た知識だけで立ち向かわなければならんぞ。


我ながら応戦するには武器が少なすぎると思う。


俺の心配を余所にドラゴンお兄様のグラブルが饒舌に話し出す。


「僕はそもそもか弱く儚いものが好きでしてね。なんといいますか、病弱キャラに萌える節がありましてね。だから、我々ドラゴン族より非力で貧弱な人間の娘に恋引かれるのですよ。人間の娘はどんなに健康体でも100年も生きれないでしょう。もう、その辺に勃起してくるんですよ!!」


興奮しすぎだ、馬鹿ドラゴン!


口が滑ったとはいえ勃起とか言うなよ!


通報されるぞ!


「要するに、人間の娘とやりたい、と?」


「そんな下品な言いかたするなよ、無礼な!」


うわ、怒られた!


「す、すんません……。じゃあ言い直して。人間の女性とお付き合いがしたいと?」


「ああ、結婚を前提にです!!」


「そこまで、真剣なの……」


ここまで話が進むと馬鹿娘のアンが復活して口を挟んできた。


「何を何を馬鹿で愚かなことを言っているんですか、お兄様は!?」


そう叫びながら俺を押し退けたアンが扉に飛び付いた。


「もう、アンは五月蝿いな」


「お兄様が世継ぎが欲しいなら私が孕むと何度も何度も何度も言っているじゃあありませんか!」


アンに跳ね退けられた俺は壁に叩き付けられた姿勢のままで力無く言う。


「ド、ドラゴンって、近親相姦が有りなのか……?」


俺の質問にグラブルが答えた。


「基本的にドラゴンの個体数が少ないので有りです」


いいな~……。


萌えるシュチエーションだな~……。


あ、こんなことを言ったらフェミニストに噛み付かれるわ。


自粛せんとな。


「なのでなのでなので、私と子供を作りましょう、お兄様!?」


「黙らっしゃい、馬鹿妹が!」


「ぎぃゃぁあああ!!」


再び覗き窓の隙間から炎の魔法が飛んで来て、アンの頭部を丸々燃やす。


俺とグラブルは、燃え上がりながらのたうち回るアンを無視して話を進めた。


「それで、俺に人間の娘の何が訊きたいのだ?」


「もう、お気に入りの娘が見つかっているのだがね……」


「ほほう、ドラゴンのお眼鏡にかなった娘さんが既に居ると?」


「一度しか見かけたことがない娘さんなんだがね。次に同じ場所に行ったら、もう居なくなっていたのだ。今日も訪ねたが、やっぱり居なくてね」


「なるほど、なるほど~~」


「その娘さんの居場所をキミに探してもらいたい。ドラゴンの私が探すより、人間のキミのほうがスムーズに捜索が進むだろうからね?」


「そりゃあ、まあ、そうかもな」


よーーーし!!


この展開なら、ここから出れるぞ!!


ラッキーな展開ですな!!


「で、その娘さんの情報はどれだけあるのだ?」


「私が初めて見たのは一昨日の冒険者ギルドの酒場でね。その娘さんはウェイトレスをやってたんだ」


「それなら直ぐに見つけられるんじゃあねえの」


今回はラッキーに次ぐラッキーな展開ばかりだぜ!


「でも、昨日からその娘さんが居なくなっていたんだよ……」


あれーー……。


ちょっと待てよ……。


「初めて娘さんを見たのは一昨日の冒険者ギルドの酒場って言ってましたよね~……」


「ああ、そうだが?」


一昨日って、冒険者ギルドのウェイトレスさんたちがインフルエンザで全滅してた日だよね……。


「もしかして、グラブルさんが惚れたウェイトレスさんって、モヒカンのマッチョな娘さんかな……?」


「そんな馬鹿なことがありますか。いくら私が人間に恋する物好きなドラゴンでも、そこまで変態じゃあありませんよ!」


「ですよね~……」


「あのモヒカンのウェイトレスさんだけはないな……。あれはドラゴンの私から見ても妖怪だ」


ああ、そう来たかぁ~……。


今までの詰まらない馬鹿話が、前振りだったと理解できたよ。


ネタとネタが繋がりました。


点と点が繋がった感じがして、ある意味でホッとしたわ……。


落ちも見えてきたしね……。


これは完全にコメディー的な展開だわ……。


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