第3話   市場価値の探り合い

 山崎隆とは、老舗コーヒー店で出会った。事前に楓から、写真と経歴書をもらっていたが、約束の時間に現れた男は、写真とは似ても似つかない男だった。

 こぎれいではあるが、決してモテるようなノウハウを熟知した男ではないのは一目瞭然だった。無論、そんなものを持っている男は、とうの昔に誰かの所有物になっているはずだ。

モテない人なわけではなく、モテようと努力してこなかった人だと雰囲気から感じた。

持ち物が手入れされておらず、携帯電話や財布がボロボロだった。金がなくて買い替えていないのではなく、アクセサリーに拘りがないだけだろう。服装も野暮ったく、初対面の人に会うという意識の高さは伺えなかった。

隆は女性とあまり喋った経験がなく、非常に緊張していると前置きした。そんなこと言わなくても、女性と付き合うスキルが足りていないことは、手に取るように理解できた。 

 四〇代半ばとは思えないくらいに、リアクションが幼く、言葉もたどたどしい。軽度の知的障害でも患っているのかと過るほどだった。

お互いに曰く付き物件であり、多少は目をつぶらなければならないとはいえ、この程度の人と一緒になるくらいなら、独身のままいた方がましだと即座に限局した。

 それでも規定の二時間程度は会話し、紹介者の顔は立てた。別れる際、大雨だったため近くの駅まで送るという言葉に甘えた。私が傘を持ち合わせていなかったため、隆が傘をさして入れてくれたのだが、その傘が、明らかに女性もんのミチコロンドンの傘だった。親と同居していると言っていたから、母親から借りてきたものかもしれない。骨董品のような傘に守られ乗車した車も、整理整頓はされているもののシートはボロボロで、ほんと女を乗せたことがなかったんだな、と改めて思い知らされる代物だった。

本気で彼女が欲しかったら、多少は手の届く範囲で努力をするだろうが、ろくに付き合ったことがない人は、その辺の経験値がないから、努力の仕方も分からないのかもしれない。

酷く疲れて帰宅した私はその後、しばらく深い眠りについた。

隆からメッセージが来ていることに気付いたのは、翌朝だった。そのメッセージには、昨日のお礼と、『あかりさんが、一番コミュニケーションが取れた。他の女性はこちらがいろいろ聞いても何も話してくれなかった。』という表記があった。続けて、『あかりさんとは、ウマが合うと思いました。』、と綴られていた。

私はこの文面を目にして軽く眩暈を覚えた。

あの時確かに私は愛想よく応対していたと思う。でもそれはこの男に対する好感からではなかった。

 職業病とも言うべきか、そんな軽いもんだった。どれだけ違和感のある存在が出現しても、自身の動揺をおくびにも出さないように、日頃から「保護者対応」と言う名の訓練を施されてきていた。私はここで軽く客商売の性の恐ろしさを改めて思い知った。

 隆のメッセージには、続けて今までのお見合いした女性の反応が書かれていた。今までの女性は、趣味など何を聞いても、『別に』『何も』と言う反応で会話が成立しない人ばかりだったのだという。そしてそんなつまらない女性とばかり僕はお見合いをしてきたから、あかりさんが魅力的に映り、本当に素敵だったと〆られていた。

 今まで隆に対して、非常に機械的な対応をしてきた女性たちは、決して無趣味でつまらない女だったわけでないと思う。

初めて隆と会った時、写真や経歴書との違う臭い、印象を放ったことによる、違和感から生じた素直な反応だろう。『別に』『何も』という反応しか得られなかったと正直に述べていたが、彼は気づいていなかっただけだ。

 女性に限らず人間は、この人に対しては、この程度の対応でいいと瞬時に判断する冷酷な生き物だと思う。

 例えば、車内で女性の足を踏んづけても謝らないおじさんがいる。しかしそれは、おじさんがこの女子には謝らなくていいと、身なりや表情で瞬時に判断して出した結論である。

 今まで出会った女性は隆に対して、この人と喋る必要なし、と瞬時にジャッジメントしたに過ぎなかったのではないか。

 お見合いと言うものを通じて会話を交わすというものは、個人情報の交換である。履歴書の中身を具体的に話し合うわけだから、この人には、自分のことを詳細に伝えたくないと思えば、『別に』『何も』と言う返答は体が発する正直なメッセージである。

 隆は、この子宮でものを考える、女性のしたたかなジャッジに気付かなかっただけだ。今までの女性が無口な人、本当に趣味がない人、つまらない女に映った点からも、隆の女性に対する免疫力のなさが伺える。

 では女たちから見て、隆はどう映ったのか。

有名企業で働いているとはいえ、異性慣れしていない会話のたどたどしさ、仕草の幼稚さなどが見受けられた四〇半ばの隆は、痛い人物にしか映らなかったのではないだろうか。

 私は酷く、隆が哀れに思えてしまった。楓からの連絡もあり、定時後、教室で緊急連絡会議が開かれた。 

「あのね、もっといい人、もっといい人、なんていないの。大半の男が好む、言い返さない馬鹿な女になれとは言わないけど、三十五歳以上の女が結婚できる確率は十%未満よ。ジャムおじさんでも振り向いてくれたら、ありがたいと思わなきゃ。」

「もうここまで来たんだし、しょくぱんまん様に拘った方がいいのではないかとも思うんよ。妥協して変なのと一緒になるの嫌やし。負債を背負うのと一緒じゃない。」

「あかり、あんたさ、自分のこと査定したことある?自分の市場価値を知りなさいよ。」

「あのさ、ジャムおじさんと言っても、いつまでパン作れるか分かんないし、パン工場だって不良債権まみれかもしれない。従業員のバタコだって、何でバタバタしているか分からないじゃん。一緒にならなきゃ分からないんだったら、妥協せず自分の好みのしょくぱんまん様を探して、見つからなかったら、もう生涯、一人でもいい、くらいに腹を括った方がいいと思うの。なんかもう疲れたわ。」

「しょくぱんまんか、ピーマンか知らんけど、最悪、孤独死を視野に入れて探しなさいよ!」

紹介者である楓の言葉による鉄拳制裁もきつく、この案件を断るタイミングを私は完全に見失ってしまった。思いもよらず、ずるずると長引かせる不運を背負ってしまったが、どこかで隆に対する愛情とは別に、この人間に対する興味を感じずにはいられない自分もいた。

 乗車時は必ず扉を開け、私を乗せるなどのエスコートを欠かさなかった。いつ何時も私の顔色を伺い、私の一挙手一投足に細やかな神経を注いでいた。それは私を家に送り届け、私が自宅の扉を閉めるまで続いていた。

私と隆の間には、アクリル板以上の分厚い壁が常にあった。その壁を作るのは、隆の雰囲気や言葉遣い、人となりだった。こちら側がどれだけフランクに接しようとしても、隆は姿勢を崩さなかった。隆はいつも軽く怯えていた。

 どんな時も、良い歳をしたおばさんをお姫さま扱いする奇特な隆を、私はいつしか女として頑張らなくても大丈夫な男、何をしても大丈夫と認識するようになっていった。

一緒にいる時間は酷くつまらなかったが、私も小腹が減っていて弱っていたのか、私からフェードアウトするようなことはなかった。

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