第10話 後味を噛み締めながら
――パチパチパチッ
と焚き火の音が聞こえる中、オレガは近くの木の根に腰掛ける。
無言で炎の揺れる様を見つめる瞳には、最期に見たシャベリンの笑った顔が張り付いたまま。
「オレガ君……その」
メノシータ隊長はそんな彼の側で立ったまま言葉を掛けるが何を言えばいいか分からない。
「わかってなかったんですよ……俺」
メノシータの方は向かずに炎に話しかけるだけのオレガの言葉を彼女は無言で聞く。
「昔から憧ればかり語って、いざって時にはトドメが刺せないんですよ」
騎士学校時代もそうだった。
仲間と連携して敵を倒して、でも最後に決着を付けるのはいつも他のメンバーだった。
「俺は皆の支援するから、相手の動きを止めるから、そうやって逃げていただけなんですよ」
「…………」
オレガが語る内容はその通りだと彼女は思う。けれどそれだけが原因じゃない事も知っている。
「まだ小さい頃、怪我をしたひな鳥がいたんです」
「うん」
メノシータの知らない事を語る彼はゆっくり過去を思い出していた。
「ピヨピヨ鳴くんでピィちゃんって名付けたんですけど、よく食べる子で」
あの頃を懐かしむように舞い散る火の粉を掴むような仕草。
「どこに行く時も一緒で、俺が川で溺れた時も近くの人を呼んでくれたり、野犬に襲われた時にも助けてくれたり……俺が騎士学校に入学するまではピィちゃんが俺のパートナーだったんです」
「……あぁ」
しかし別れは突然やって来る。
「ちょっと好奇心が勝って、親に行くなって言われた森に入ったんです。そこで、見た事も無い動物が現れて」
オレガは胸に深い傷を負った、しかし彼を庇うようにしてピィちゃんは――
「初めて怖いって思いました。俺が行かなければピィちゃんはまだここにいたハズなのに……」
「せめて俺の炎で弔ってやれって両親に言われて」
「そうか」
オレガの中にある「殺したくない」という気持ちの根源は寂しさから来るものだと納得する隊長。
「けど、それだけじゃないのじゃろ?」
「……姫さま」
いつの間にかオレガの前にはサカリナが座っていた。
「あの……ウシロガ先輩は」
そう口にしたオレガに対して「哨戒に出ておる」と言葉を返す姫。
「して、ナゼよ。それだけではないのじゃろう?」
自分の過去を知っているような口ぶりの姫に対して少しだけ言い淀む。
「あの、ウシロガ先輩はなんであんな」
「ガラの故郷が戦争で滅んだからじゃ」
「――っ!」
「それも人間側が動物を使役して蹂躙したのじゃ、親も兄弟姉妹もみんな目の前で食い殺されたのじゃ。昔の事と割り切る事はできんじゃろう。あやつの心も少しはわかってくれんか」
何も言えなかった。
オレガの両親は健在で騎士学校時代を共にした仲間は元気に過ごしているのだから。
「この隊の者は多かれ少なかれ何かを抱えてここにおる。妾がそういう奴らを敢えて選んでおるとも言えるがの」
なら、隣にいるメノシータ隊長も?
何事にも前向きそうなマエムキニさんも?
声ばかり大きいミギノヤツさんも?
優しい声音のヒダリニさんも?
そして――
「そしてナゼよ。お主ももっと大きなモノを抱えておるのは知っておる」
「…………」
何も言えなかった。
言えるはずも無かった。
オレガ自身記憶に蓋をしたい思い出。けれど狂おしいほど濃密でかけがえのない記憶だから。
「今は別に話さんでもよいのじゃ。ただのぉ」
姫様は立ち上がるとオレガの顔をゆっくりと手で撫でる。
「お主を死なせたくないのじゃ。ここに居る皆がの」
暖かな姫様の温もりを感じながらオレガはガラスのような瞳を見つめる。数瞬その状態が続いたかと思うと、唐突に大きな靴音を鳴らしながら近付いてくる者がいた。
「…………」
「…………」
お互い言葉は無い。
それだけ先程のやり取りが衝撃的だったから。
――スッ
差し出された物を見て一瞬オレガの眉がピクリと動く。
その手には串焼きが握られていたから。
その串焼きの肉が何か分かったから。
「……食うネ」
「…………」
相手は自分を食べようとする。
自分は相手を食べる為に――
「ワタシは何度でも言うネ。少年は甘い」
「…………」
しかしあの時ほど剣呑な雰囲気はしなかった。彼女は哨戒といいつつやり過ぎてしまった事を反省していたのだ。
「さぁ……食うネ。それがアイツも」
分かっている。
分かりきっている。
自分の実力じゃ及ばなかった。
その成長を楽しむようにアイツは自分を扇動していたのだ。
強敵と戦うため、仲間を逃がすため、結局アイツが何を考えてそうしたかなんて分からないけど、打ち合った時間は少しだけ彼の過去の鎖を振りほどいていた。
「……いただきます」
シャベリン・ジャベリンの串焼きは――少ししょっぱい塩の味がした。
――――――
【後書き】
カクヨムのガイドラインに則り、タイトルを少し変更しました。
ご了承くださいませ。
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