第6話 新人研修はサバンナで

【サバンナ・ジョ・バンナ】

 彼女は『開拓者』である。

 その名は世界中に響き渡る偉人。

 開拓初期の頃の世界を単身渡り歩いて未知を求めた者。

 人類が立ち入らない場所を幾度となく調査し生態系研究を大幅に進めた偉人である。

 そんな彼女が未知の領域に踏み出した時こんな言葉を残している。


「ここはまだ、序盤だ」


 彼女の威光を称え彼女が制覇した地域を人々は敬意を評してこう呼んだ――サバンナ。



 ――――――



「シャベリン・ジャベリンが食べたいのじゃ!」



 サカリナ・ヨル・ヤルヨ姫の天真爛漫な声とは裏腹に近衛隊の面々は絶望の始まりの顔をする。


「み、みなさん。姫様が見てますからっ」


 社会人二日目にしてオレガは近衛隊の面々の顔色を伺う羽目に。



 ――――――



 昨日のささやかな歓迎会の後の出来事。

 近衛隊との顔合わせが済んだ後は関係各所への挨拶周り。とはいえ謁見の間でお偉いさん達には面通しを済ませているのでスムーズに進んだ。流石に一日で全部は回れないので半分くらい。


 それに回覧板や各所にある掲示板でオレガが入る事は知られていたのでそれも助けになったのかもしれない。

 ただひとつ彼は気になる事があった。挨拶をしたほとんどの人物から「待っていたよ緩衝ざ……ゴホン」「よく来たね緩衝ざ……ゲホンッ」「緩衝ざ……新人よ!」


 オレガの心中は、皆さん隠す気ないようで清々しいと思う事で落ち着いた。ここがどんな労働環境か少しだけ分かってしまう。


 それから各施設の案内をしてくれたメノシータ・クマ・ヤバイ隊長は最後にオレガの部屋を見せてくれた。

 姫の四方を囲むように配置された部屋は先ほど紹介した先輩近衛隊の個室。そして姫様の左の部屋が隊長、右の部屋がオレガに割り当てられた。


「本当にここでいいのでしょうか?」

「君の本来の勤めは性職だからね。姫様の近くはその為さ」


「そういえばそうでしたね」


 危うく忘れる所だったオレガ。


「姫様は自分の部屋に住まわせる、と仰っていたけど近衛隊の仕事も覚えてもらわないと、と突き返すと渋々了承してくれたよ」

「ありがとうございます隊長」


 というようなやり取りの後、大浴場で汗を流し、歓迎パーティに出席してその日は羽毛布団の心地良さで泥のように眠った。


 そして現在冒頭に戻り姫様の警護で近衛隊の面々が集まった所に話は戻る。


「ジャベリン・ジャベリンですか。懐かしい名前ですね」

「お! ナゼは食うた事ある口か?」


「はい。騎士学校にいた時に演習場所に出たんですよね」

「美味かったであろう?」


 近衛隊の面々が渋い顔をしていたので何とか姫様の機嫌を取るためにオレガは語る。


「美味しかったですね。ただ相手をしたいかと言われればちょっと考えますね」

「ふむ。アヤツは手強いと聞いておる」


「あぁ〜。だから近衛隊の皆さんそんな顔なんですね」


 オレガの問にマエムキニとミギノヤツが答える。


「だ、だな! とはいえ姫様の頼みを聞くのが我らの仕事。であるならば仕方あるまい!」

「俺 も い く」


 男組は切り替えが早い。


「まぁ姫様のワガママは今に始まったことではないですし」

「そうネ。それにジャベリン・ジャベリンは美味いだけじゃなく高く売れるネ」


 ヒダリニとウシロガも同意する。それに伴いメノシータ隊長が締めくくろうと口を開く。


「では姫様、吉報をお待ちくださ……」

「うむ。妾も行くでな」


「えっ?」


 椅子に座ったサカリナ姫は鼻息荒く目をギラつかせる。


「姫様も行かれるのですか? ですが生息地までは結構距離がありますよ?」


 隊長達が何も言わないのでオレガが代わりに聞いてみるけど答えは変わらない。


「よいよい。城の中も退屈じゃしな。それにナゼの実力も見ておかねばなるまいよ。そうじゃろうぬしら?」


 サカリナの言葉は最もで、それを言われたら口を挟めない隊員達。近衛隊としては姫様の安全を最優線で考えたいがこうなった姫が頑固なことくらいわかっている。


「かしこまりました。では支度をしますのでしばしお待ちを」

「うむ! しっかり頼むぞ」



 という訳でオレガは隊長に従ってとマエムキニと共に姫様を安全に運ぶ為の設備がある場所へと向かう。


「いつも姫様はあんな感じなんですか?」


「だな! しかし今のはまだ序の口だぞ」

「そうですね。もしかしたらオレガ君が入って嬉しいのかもしれません」


 とはいえまだ仕事らしい仕事をしていないオレガにとっては何もかもが新鮮で眩しかった。



 ふたりに連れられて来た場所には移動で使う乗り物が何台か並んでいた。


「うわぁ! これは頑丈そうなクルマですね」


 目の前には叩いたら拳が砕けるような硬さの四角い鉄に車輪がついたモノ――クルマが鎮座する。


「オレガ君は乗った事あるかい?」

「はい。騎士学校の必須科目だったので運転できますよ」

「おぉ! そうなのかい? 私の頃は無かったから羨ましいよ」


 今のメノシータの発言にオレガはふと考える。


「もしかして隊長って騎士学校を出てるんですか?」


 その問いにマエムキニが興奮したように返す。


「うむ! 隊長は凄いのだぞ。騎士学校を卒業した後は騎士団に入り各戦線を渡り歩いては功績を積み重ね、当時の敵国は恐れたものさ。ついたあだ名は【黒薔薇の騎士】ってなもんよ」


「……ヒタ、それくらいで」


 恥ずかしそうに制止するメノシータだがマエムキニは止まらない。


「犠牲を最小限にする姿に敵国も早々に負けを認めるようになってな、和平前の最後の戦争なんてメノシータ隊長が前線に出ると知ったら無血開城だったからなぁ」


 マエムキニは興奮してメノシータは顔を覆う。そしてオレガは「おぉ! 凄いですねぇ」と感心する一方でまたもや疑問が頭に浮かぶ。


「アレ? でも戦争が終わったのって僕が産まれる前ですよね?」


「「――っ!」」


 オレガの質問にしまったという顔の二人。


「お二人はその……失礼ですがおいくつなんですか?」


 オレガの見立てでは三十半ばの容姿をしているように見える。今のオレガが十八だからその前の戦争で活躍していたとなると。


「ゴホッケホッ……それは乙女の秘密ですよオレガ君」

「だ、だな! 紳士の秘密でもある」


 知られたくない事を聞いてしまったと反省するオレガ。


「すみません、浅はかでした」


 話題を変えるかのようにメノシータはオレガに基本的な事を質問する。それは教師が生徒に質問するような感覚だった。


「さてオレガ君。クルマについてはどこまで知っていますか?」


「はい――」



 輸送体系が確立したのもここ最近の話だ。元々は戦争の為の効率化したという意図はあったものの和平を結んだ今は人々の役に立っているから結果的には良かったのだろう。


 現在、交通や輸送で活用されているモノは以下の通り。


 戦術騎馬・バイクーノ・カチ・ジャーネ

 戦術駆動・クルマーノ・ホガ・ハヤイヤン

 戦術機・ヒコーキノ・テキ・ジャナイン

 戦術船舶・フネーノ・ヨイ・ハッキーソ

 戦術輸送・デンシャ・ノン・ストップノン


 それぞれ制作した人物に準えて、バイク・クルマ・ヒコーキ・フネ・デンシャと人々は呼んでいる。

 そしてオレガ達の前には白と金色の厳ついクルマがあるのだ。


「うん。良く勉強しているね。感心感心」

「ありがとうございます」


 メノシータはオレガの頭をポンと撫でるとハッとして慌てて手を離す。


「す、すまないオレガ君」

「い、いえ……」


 少し気まずい空気に耐えかねてオレガは提案する。


「あの、自分の力を示すというのであれば、運転もやりたいのですが?」


「ん?」

「ほう」


 オレガの提案にメノシータは単純な疑問、マエムキニはどこか嬉しそうな声を出す。


「これから一緒に過ごしていく者として自分の存在意義を確立していこうかと考えております」


「……そうですか」

「よい心がけだぞ!」


 オレガとしては自分の力を示して皆に認めて貰いたい。その反面メノシータの目には捨てられないように必死にしがみつく小動物のように見えた。



「……キミは何かに怯えているな」



 メノシータの小さな呟きは誰の耳にも入らない。


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