第4話 グリングオブってできますか?
【グリング・オブ・エイトモア】
その人物は画期的制度を作り上げた。
購入した商品が様々な事情で不要になった場合や納得いかない場合、八日または二十日以内であれば返却できるという制度。
これにより間違って購入したものや押し売り同然で買わされたもの等のトラブルが軽減されたのだ。
人々はその制度の事を親しみを込めてこう呼んだ――グリングオブと。
――――――
「姫様」
「なんじゃ?」
「グリングオブってできますか?」
「ふむ……無理じゃろうなぁ」
サカリナ・ヨル・ヤルヨ姫の私室でオレガは再度お願いする。
「どうしてもでしょうか?」
「うむ。性職係の任は王命という事になるでな」
抜け道がない状況においても彼は言葉を重ねる。
「聞き間違いという
「よいぞ。その望みを打ち砕くのが妾の役目であろうて」
先のやり取りからもわかるようにサカリナは譲るつもりはないらしい。
「性職係というのはつまる所、姫様と子を成すという事でございますか?」
「正解じゃ! 付け加えていうなら妾の旦那様という事じゃ!」
すっごい笑顔で言葉にするサカリナに対してオレガは懇々と説く事にした。
「しかしその……失礼を承知で言わせて頂きますが、会ったばかりの人と子を成すとは些か不誠実では?」
「ナゼからしたら妾はそう映るじゃろうな。しかし妾はナゼをよーく知っておるのじゃ」
突然のカミングアウト。
「具体的にはナゼが騎士学校に入った時から狙っておったのじゃ!」
突然のストーカー宣言。
オレガが騎士学校に入ったのは八歳の頃なのでそれを聞いて若干顔が引き攣る。
「姫様はそういうご趣味で?」
「違うわいっ! ちゃんと成人するまで待っておったわ!」
メノシータの話では彼女が推薦したと言っていたが、もしかしたらアレは公の場だからそうしようと事前に決めていた事なのかもしれないと微妙に納得する。
「な、なるほど失礼しました」
「よいよい。じゃからこそ卒業した日に迎え入れたのじゃよ……まぁそれだけじゃないんじゃけども」
サカリナの最後の呟きは彼には聞こえない。
「しかし姫様。ここで大きな問題が」
「なんじゃ? 言うてみぃ」
「自分は成人しましたがそれだけでは無理なのです」
「ほう?」
ここで決定的な事実を突きつける事によって彼は救いを求めた。
「姫様はまだ成人していないではありませんか! ならばこそ道徳に反する行為、自分は謹んで今回の役職を降りようと思います」
声高々に宣言するオレガは「これで勝った」と確信を得た顔をする。それとは対照的にサカリナの顔は綻んでいた。
「妾が若いなどと嬉しいことを言うのぉ。なぁ聞いたかクマよ」
「はい姫様。しかしオレガ君は若いとは一言も言っておりません」
メノシータがチクリと一言。それだけで姫と隊長の関係が少し垣間見えたやり取りだった。
「じゃが安心せいナゼよ」
「安心とは?」
勝利を確信した彼に追い打ちをかける姫。
「妾は立派な成人済みじゃ!」
えっへんと胸を張りドヤッとした顔を見せるサカリナ。
ちなみにドヤ顔というのも最近流行りの言葉で、ドヤガオ・ウザ・イネンという人物が広めたもの。
「なん……ですって!?」
サカリナの言葉に驚愕に染まる顔を隠す事はせず、マジマジと彼女の事を見る。見た目年齢は自分より下に見える姫様が成人済みとは面妖な、とでも言いたげな表情と言葉。
「ほ、本当にございますか?」
「うむ、しっかり成人しておる。そして自慢じゃが肌年齢はピチピチの十代じゃぞ」
うっふんというような仕草のサカリナにメノシータが追撃をかける。
「精神年齢はもっと下ですしね」
ため息混じりに毒を吐くメノシータ。
「うむ、もっと褒めるのじゃ!」
満面の笑みの姫様に「褒められてないです」とは言えないオレガ。
「という事は自分は逃げられないという事でしょうか?」
「そうなるな。しかしそんなに嫌かの?」
最後の希望を打ち砕かれて諦めるしか無くなったオレガ。
「正直に申しますと混乱しているというのが一番です」
「であろうな」
とはいえサカリナの容姿に関してはオレガは心躍るものがあった。
「姫様は美しくお綺麗で……容姿は自分の好みです」
「さらりと胸の辺りに視線を感じるがまぁ良しとしよう」
一国の姫様の子を成す。
そこだけ見れば凄いこと。
「包み隠さず話しますが、自分は異性と恋仲になった事がございません」
「続けよ」
諦めついでに正直に話すと決めた彼は覚悟を示すように呟く。
「子を成す……という行為自体に興味はありますし姫様からの提案は魅力的です」
「うむ」
「しかし自分に経験が無いので姫様を落胆させてしまうのが怖いのです」
「なるほどのぉ」
オレガは決して奥手なのではない。騎士学校時代は良い仲になれそうな人物は居たけれど終ぞ恋仲には無れなかった。それに親友のマンネンの事があるから彼より先に恋人を作るのは少しだけ心が痛む感覚だと当時は思っていた。
そして何よりオレガの心はあの時に囚われたままなのだ。
(あの子に少し雰囲気の似た姫様……もう会う事も手を握る事もできないあの子)
いい加減克服せねばと思っていた矢先のこんな待遇に彼の思考は混沌へと進んでいた。
「ふむ。安心せいナゼよ」
寛容な心のサカリナはオレガの懺悔にも似た何かを頷きながら聞いていた。
「初モノは好きでな。ナゼの初めてを貰えると思うと興奮するのじゃ」
「……えっと」
寛容な心と評したがその実サカリナは興奮していただけだった。
「それに案ずるでない。妾は経験豊富なテクニシャンじゃからな。手取り足取り教えてやるぞ!」
話は初めから一方通行。
「……
メノシータが聞こえるか聞こえないかの言葉を発した。
「しかしそう急くこともないぞ。妾も嫌々言うことを聞かせるのは本望ではない」
「……だったらもっと私の言う事を聞いて下さい」
またメノシータが呟いたが聞かぬフリをするサカリナ。
「ナゼよ」
「ハッ! 姫様」
「妾はお主とやんごとなき関係になりたいのじゃ」
白い肌の顔を赤くして包み隠さず本音をぶちまけたサカリナに等々白旗をあげるオレガ。
「お主が妾を好いてくれるようになるまで妾も精進するでな」
「ハッ! 自分も姫様を……」
(俺、次に進んでもいいよね? ヘル)
王命は絶対。
けれどサカリナは猶予をくれようとしている。その寛大な心にオレガは何を返せるだろうと考える。
「自分も姫様とやんごとなき関係になれるよう精進します」
こう言うしか無かった。
片膝を付きサカリナに頭を垂れる。
「うむ。では改めて――」
誰かが必要としてくれるなら自分は鳥のように飛んでゆくだけだと心に誓う。例えそれが理不尽な現実であっても、それを内包しながら突き進んでいくのがホワイ・ナゼ・オレガなのである。
「ホワイ・ナゼ・オレガ。そなたをサカリナ・ヨル・ヤルヨの性職係に任ずる」
「ハッ! この身、灰になるまで御身の傍に」
オレガは今日、正式にサカリナ・ヨル・ヤルヨ姫の性職係になった。
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