第42話 慟哭の宴

 ギルド最高執行機関、【慟哭の宴】。ギルドの最高権力者である【ギルドマスター】が選出した九名の冒険者によって構成されている組織だ。

 ――――それ以上のことは知らない。


 それは俺に限った話ではなく、【慟哭の宴】の内部情報はほとんどの冒険者には入ってこない。

 恐らくSランク冒険者の中でも知っている者はごくわずか。


 所属メンバーは誰なのか、一体どんな活動をしているのか――――俺のようなBランク冒険者からすれば全てが謎に包まれている。

 しかし、今日謎に包まれたそのベールがこの招集によって少し剥げようとしているのだ。



 局員の案内で、俺とゼノを含む【竜牙の息吹】は指定されたであろう場所まで案内された。


「ここです」

「意外。まさか本局内なんて」


 エルの言う通りだ。

 あれだけ秘密裏で動き、情報漏洩の無い組織……招集にも細心の注意を払い、冒険者の寄り付かないような場所にするのかと思った。


「案内を終了します。ここからはあなた方だけでお入りください」


 そう言って、俺たちをここまで案内してくれた局員は目の前の扉への入室を促す。

 それに応えるように、リーダーのシェイズは扉のドアノブに手を掛けた。


「失礼します」


 ドアノブを捻り、扉を開ける。

 特に開けるのに難所は無く、よくある何の変哲もない扉のように、ガチャリと音を立て俺たちを迎え入れた。

 シェイズを先頭にして、俺たち【竜牙の息吹】全員が入室する。

 その時、


『っ!?』


 空間が歪曲した。


「な、何だ……!?」

「ほう……中々面白い力じゃのう」


 ゼノは少し関心するように呟く。

 

「ていうか……ここ、どこだよ!?」


 周囲を見渡す。

 しかし霧が掛かっており、正確な場所を把握することはできない。だが、あの扉を開いてこんな場所に出るということは有り得ない。

 自分たちが異常な体験をしたことは、即座に理解した。


 そして同時に、理解する。

 今置かれているこの状況が、第三者の魔法によるものであると。

 

 属性型、無属性型……そして三つ目の魔法の型を『特殊型』と言う。

 特殊型は属性型、無属性型のどれにも該当しない魔法を指す。

 

 特殊型の魔法はその者が人生を送る中で覚える後天的なものや、生まれた時から使える先天的なものが存在する。

 そして、今回のように異空間へと俺たちを招き入れたりとその魔法の効果は様々だ。


「おぉー、来たか」

「遅い」

「お待ちしていました」


 ……あ?


 声が聞こえた。

 霧の奥から俺たちへ向かって放たれた声が。

 瞬間、少しだけ霧が晴れた。俺たちを中心として約十メートル先までが目視できるようになる。

 十メートル限定で鮮明になった視界、そこには背もたれが以上に高い椅子が三つ置かれていた。


 ――――そしてそこに、は座っていた。


「あ、あんた……たちは……」 


 俺は唖然としながらも、視界に現れた三人に問う。

 

「あ? 聞いてねぇのか? なら自己紹介からか。俺はライガ・クラークだ」


 無精髭を触りながら、浮浪者のような恰好の中年はそう名乗った。

 

 って……。


「あんたあの時の!!」

「え、スーちゃん知り合いなの?」

「あぁ!! ていうかお前も会っただろ!! 王都散策の時だよ!」

「王都散策……っあぁ!」


 そこまで言って、リンゼも合点がいったらしい。

 ライガ・クラーク……あの時俺がぶつかったオッサンだ。


「ははは! 良かったぜ記憶に残ってて、まぁつい数日前の話だ。忘れられてたらおじさん悲しくて泣いちまうとこだったよ!!」


 ライガと名乗った男は快活に笑う。

 次いで、彼は隣の椅子に座る少年に視線を向けた。


「じゃ、次はマフィンな」

「……面倒くさい」


 倦怠感溢れる口調で、マフィンと呼ばれた少年は頭に付けたウサギの耳を触る。

 ……というか、彼の恰好は明らかに異様だった。

 

 簡単に言えば、バニーガールの服装を纏っているのだ。

 さしずめ……『バニーボーイ』と言った所か。


 本来女性が着る扇情的な衣装を、男……しかも少年が着ているということに違和感を感じるがそれがだるげな少年の雰囲気と相まってとても背徳感がある。


「はぁ……マフィン・トレ。よろしく」


 溜息を吐きながら、少年は名乗る。


「では、次は私ですね」


 次に、俺たちから見て一番左の椅子に座る女性が口を開いた。


「皆さん、初めまして。ユメラ・アルルです。【慟哭の宴】に所属し、様々な活動に従事しています」

 

 ユメラと名乗る、目の部分に鉢巻はちまきを巻いている白い装束を纏った女性は、今までの二人とは対照的に礼儀正しい口調で自己紹介をする。


「【慟哭の宴】ってことは……やっぱり、アンタら……」

「あぁ? ンだよやっぱり俺たちが【慟哭の宴】って聞いてんじゃねぇか」

「そ、それは聞いた……けど、こうして対面してもまだ現実味が無いんだよ」

「ほーん。ま、現実だ。受け止めろ」

「それに【慟哭の宴】って九人いるんじゃないのかよ? 何で三人しかいないんだ?」

「あー……それはなぁ」


 ライガはポリポリと頬を掻き、言った。


「皆面倒臭がって来なかった」

 

 ……は?


「俺とユメラは乗り気だったんだけどよぉ。他の奴らは全員乗り気じゃなかったんだよ。けど流石に二人じゃ今回の査問会は成立しないからな。だから七人でジャンケンして負けたコイツが来たって訳だ」

「最悪」


 マフィンは心底嫌そうな顔で全体重を椅子の背もたれに預ける。


 どうやら、【慟哭の宴】のメンバーはトリッキーで個性的な人物が多いらしい。

 一連の会話と目の前の三人から、俺はそう思わざるを得なかった。

 

「仕方ねぇだろうが、こっち側が最低でも三人いねぇと成立しねぇんだからよ!」

「三人……って、何でだよ?」

「あぁ? そんなの、今から決議するからに決まってんだろうが」


 さも当然のように、ライガは言葉を放つ。 

 

「決議……?」

「あぁ。こっからは……てめぇとそこの女とガキが知らなかった話だ」


 ニヤリと笑いながら、彼は俺とリンゼ、そしてゼノを指さす。


「知らない話って……なんだよ?」

「今回、てめぇらが受けたキングゴブリンの討伐クエストを含めた一連の出来事。何処かおかしな点は無かったか?」


 は……? いきなりなんだよ。おかしな所? そんなの……。


 ――――ない。そう言おうとしたが……。


「……」


 あった。

 明確に、不自然な点がいくつかあった。それは、俺が違和感を感じていた部分。


 一つ、俺が【竜牙の息吹】に入れたこと。

 いくら決闘でリンゼを下したという実績があったとしても、俺の実力を更に見るために俺の魔法や身体能力を見るはずだ。


 ランクに関係なく、実力でメンバーを決めるのが【竜牙の息吹】だとリンゼは言っていた。

 なら……何で俺は、その実力を大して確かめることも無く入られた……?

 リュードによって、俺が魔力の無い【無能】だとバレた時も……シェイズたちは俺を擁護した。 

 今考えれば……明らかにおかしい。


 二つ、俺が洞窟探索組に編成されたこと。

 俺が【無能】だとバレたのはこの前、だがシェイズは俺を洞窟探索組にした。

 あの中だったら間違いなく俺は洞窟前に配置されるはずだった。

 

 三つ、俺の言葉にシェイズたちが容易に従ったこと。

 オーラを発したとは言え、今までその力を見せなかった俺の言葉が簡単に受け入れられた。命運を賭けた局面だったのも関わらずだ。


 しかし……このどれも、確たる証拠にはならない。

 大きな違和感だが……考えすぎだと、思い込みだと一蹴されれば終わりだ。


「正解だ」

「っ!?」


 だが、俺の思考を読んでなのか……ライガは言う。


「今回のクエストの裏に何か別の大きな影があることは事前に突き止めてた。だから……てめぇとその力を解放させるための舞台に選んだ……後ろの奴らはそれに協力したのさ」

「協力……って」


 俺は、恐る恐る後ろを振り返る。

 リンゼを除く【竜牙の息吹】のメンバーの視線が俺に集約していた。


「すまなかった。スパーダ」

「わりぃな」

「ごめん」

「す、すみません……」


 口々に、パーティーメンバーからそんな言葉が漏れ出す。


「二週間ほど前、【慟哭の宴】から今回の依頼が持ち掛けられた。ギルドの最高執行機関に目を付けられ、リンゼに多大な好意を抱かれているお前には興味があったから特に断る理由は無かった」

「そ、それじゃあ……」

「言っただろう。俺たちは実力で見ると」


 つまり、この一連の流れは【慟哭の宴】の計画であると同時に、【竜牙の息吹】が俺の力を見定める機会だったという訳だ。


「だが実力を確かめるためとはいえ、ここまで秘密裏にことを進めたのは、非常に申し訳ないと思っている。本当にすまなかった」


 申し訳なさそうに、シェイズは言葉を連ねた。


「み、皆酷いよ!! 私に隠してそんなの!!」


 俺が何かを言う前に、言葉を発したのはリンゼだ。

 確かに彼女の言い分もある。

 同じパーティーメンバーとして、情報の共有がなされていないのだから。


「まぁ落ち着けよ」

「こ、これが落ち着いてられるわけないですよ!」


 宥めようとするライガに対し、リンゼは怒号を飛ばす。

 そこで、ライガはやれやれと言った様子で理由を述べ始めた。

  

「お前に言わないように指示したのも俺たちだ。スパーダに好意を持っているお前が今回の計画を知ってると何をやらかすか分からねぇからな。けど、お前も計画の一部に組み込まれてはいたんだぜ? 『スパーダを王都にまで引っ張ってくる』……見事に役割を全うしたな。ちなみになぁスパーダ、今回のクエストにお前が前に所属してたパーティーを斡旋したのも俺だ。中々良い刺激になったろ?」

「う、嘘だろ……」


 俺は脱帽する。

 当然だ。もしもライガの話が本当ならば、リンゼが出会うことから全てを見越していたってことになる。

 そんなの、ほぼ不可能だろ。

 だが……実際にことは起こり、流れ、ここまで運ばれた。


 目の前の現実を、ただ受け入れるしかない。

 しかし、受け入れられない幼女が一人いた。

 

「ふん。儂らを騙すとは……死ぬ覚悟はできているのか?」

「はは、そんな覚悟できるかよ。ま、そもそも今のてめぇじゃ俺を殺せねぇけど」


 ゼノの脅しに、ライガは臆することなく彼女を煽る。


「ほぉう!! 言ってくれるのう!!」


 ゼノが拳を握り締める。

 マズい、と即座に思った。このままでは話どころではないと。


「やめろ、ゼノ!」

「離せぇいスパーダ!! あの小僧に儂を怒らせたらどうなるのか教えてやるんじゃ!!」

「だから落ち着けって……!!」


 まるで駄々をこねる子供だ……。


「別に飛び掛かってもいいぜ? さっきも言った通り今のお前、いやお前らじゃ俺を倒せない」


 そう言って、ライガはオーラを発した。

 凄まじいオーラだ。彼の実力がどれ程のものか、赤子でも理解できる。

 あの魔人と同等……、いやそれ以上だ。


「ぐ、ぐぐぐぐぐぐぐぅ!!!」


 当然ゼノもライガの力のほどを理解した。

 悔しそうにゼノは目に涙を浮かべる。まるで大人に泣かされた子供だ。


「よ、よーしよしゼノ。リラックス、リラーックス……」

「う、ううぅぅぅぅぅっ……」


 若干の父性を発揮させながら、俺は何とかゼノを宥めた。

 そして改めて、俺はライガたちに向き直る。


「あんたは、いやあんたらは……いつから俺とゼノのことを知っていたんだ?」

「知ったのはつい最近だな。この計画も状況や環境が一致して作った付け焼刃だしよ」


 最近……この二年、特に俺に対する干渉が無かったのはそういうことか。


「ははは! それにしてもちと話が長くなったな。さてと、それじゃあ本題に入るか!」

「本題……?」

「言ったろうが、決議だってよ。スパーダ、そしてゼノ……今からてめぇらの処遇を、多数決で決める」




◇◇◇

小話:

今回出た【慟哭の宴】メンバーの三人ですが、まだ常識的な方です。

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