第14話 踏み倒し

「ふぅ……」


 病院から提供された大量の食事を体内に取り込み、八割程調子が戻った俺は腹を擦りながら爪楊枝で歯に挟まった食べかすを取り除く作業に没頭していた。


「すみません皆さん、ちょっとリンゼと二人で話をさせてくれませんか?」

「構わないよ。それじゃあ私たちは席を外そうか」


 俺の要求をすんなりと受け入れたジョンリィは看護師たちを引き連れ、そのまま病室を後にする。


「さて、と……リンゼ」

「う、うん」


 何とか延命を果たした俺は、一息つくとリンゼとの話す事にする。


「決闘は俺の勝ちだ」


 俺の言葉にリンゼは顔を俯き、暗い表情を見せた。


「うん……」

「俺が勝った時の約束、覚えてるな?」

「うん……」


 約束――――それは俺が勝利した場合、リンゼが俺を解放するという内容だ。

 しかし、しおらしい様子を見せるリンゼに危うく俺に罪悪感の情が湧きそうになる。


 ったく、何だよその顔……いや落ち着け俺。

 絆されるな、コイツは俺を監禁しようとした奴だぞ!!


 俺は必死に自分にそう言い聞かせ、


「という訳でだ。俺はお前と結婚しない!!」


 感情を押し殺すように、俺は彼女にはっきりとそう告げた。


「うん……そうだね……」

 

 するとリンゼはそう言ってとぼとぼと踵を返し歩いて行く。


「え、お……おい?」

「何? スーちゃん」


 こちらを振り返る事無く、非常に暗い声音のまま、リンゼは口を開いた。

 

「いや……その……別に、何でも……ない」


 やけにあっさり引き下がるな……。


 そう思ってリンゼを呼び止めた俺だったが、本当に引き下がる様子を見せる彼女に対し、それ以上何を言える訳でも無かった。


「……じゃあね」

「あ、あぁ……」


 そう言い残し、リンゼは自分から病室を後にした。


「……え……」


 終わった……のか……?


 あまりに現実感の湧かない決着に、俺は茫然とする。

 あれだけ俺に執着し、迫っていたリンゼが決闘の誓約とは言えこうまで簡単に引き下がった事に違和感を拭い切れなかったのだ。

 まるで、魚の小骨がのどに引っかかったような感覚である。


 しかし、それも束の間。 


「……いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ベッドの上でガッツポーズをしながら俺は歓喜の声を上げた。

 解放された喜び、まるで監獄から出所できたような喜びだ。


「よしよしよし!!」


 これで解放された!! 俺は自由だ!!!

 

 今は、リンゼと決別出来た事が何よりも嬉しかった。


「一先ず、これからどうするか……」

  

 飯を食ったことで、俺の身体も完全に本調子を取り戻している。

 今後の方針を決めようとしたそんな時、


「い、一体どうしたんだい?」

 

 外に出ていたジョンリィが入り口から顔を出した。


「あ、あぁ気にしないで下さい。今全部決着がついた所なんで」

「そ、そうかい?」


 俺の言葉に何やら思う所があるような素振りを見せる彼だったが、それ以上追求せず納得した様子を見せる。


「……あ、そうだ。ジョンリィさん」

「ん?」

「すぐにでもここを発ちたい所ですけど、とりあえず今日はここに泊まっても良いですか?」

   

 時刻は夜。

 今すぐにもここから出る事は可能だが出たところで何がある訳でも無い。

 むしろ寝床を放棄するようなものだ。


 そう判断した俺は、出発を明日の朝に定めようとした。


「あぁ構わないよ。じゃあ明日の朝、手続きをするようここに看護師を来させるようにしよう」

「助かります」


 こうして俺が病院を発つのは明日という事になった。


「それじゃあ、私はこれで失礼するよ」

「あ、はい。今日は色々お世話になりました。ありがとうございます」

「気にしなくていい。これが僕の仕事だからね」


 ジョンリィはそう言い残して、病室を後にする。

 その直後、再び俺に眠気が襲う。


「……ふぁぁぁ~、とりあえず寝る」


 枕に頭を乗せた俺はいとも容易く、再度眠りについた。



 翌朝。


「ふんふんふ~ん♪」


 出された朝食を大量に摂取し、機嫌が良くなっていた俺は鼻歌を歌いながら支度を整えていた。


「失礼します。スパーダさん」


 すると昨日ジョンリィが言っていたように、看護師が俺の病室を訪ねて来る。


「あ、どうも! 短い間ですがお世話になりました!」

「ではこちらの書類に退院手続きを」

「はい!」


 腹も満たされており気持ちの良い朝、渡されたペンですらすらを必要事項を記入していく。

 

「じゃ、ありがとうございました!」


 俺は看護師に元気よく挨拶すると、踵を返し病室を出て行こうとする。


 しかし、


「はい。それでは代金のお支払いをお願いします」

「……え?」


 その一言に、俺の身体は凍り付いた。


 ……。


「ッスーーーーー、え?」


 思わず俺は看護師を二度見する。


「あ、あの~……すみません……金は払われてるんじゃ……?」

「払われてないですよ? というかここの代金を払うのはスパーダさんという事になっています。ほら、ここに」


 看護師は即答すると、一枚の紙を見せる。

 そこには金を払う名義が俺である事が克明に明記されていた。


 な、何だよリンゼの奴……俺を支払人にしやがったのか……。


 どうやら、俺が金を払わなくてはならないらしい。


 すっかりここの金は彼女が払っていると思い込んでいた俺はバツの悪そうな顔をする。


 し、仕方ない……痛い出費だが、まぁ……。


 そう思い、俺は断腸の思いで懐に手を入れた。


「わ、分かりました。おいくらでしょう?」

「診察代と薬代、そして食費を合わせて五十万ネイスですね」

「高ぁっ!? 嘘でしょ!?」


 告げられた金額に俺は目を見開いた。


 冒険者専用病院は治療費が高い、しかしそれは外科的治療をする場合や高い薬を処方する場合だ。

 俺は外科的治療も受けていない。

 薬だって、仮に高いモノを処方されていたとしてもこんなバカみたいな値段になる訳が無い。


 俺の所持金は三十五万ネイス。

 全額を以てしても、払い切れない額であった。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ!! 何でそんな値段になるんですか!?」


 堪らず俺は看護師にそう聞く。


「診察代と処方した薬代が二十五万ネイス、提供した食事の代金が二十五万ネイスです」

「嘘コケェ!! 確かにメチャクチャ食ったけどそんな値段になるかぁ!! てか診察代もそんなに掛からないだろ!?」

「そう言われましても払ってもらわなければ困ります」

「なぁっ!?」


 にべもなく言葉を発する看護師に俺はおののく。 


 五十万、仮に払えない分を何か別のモノで補い払ったとしても無一文になるのは確定だ。

 無一文……つまりメシが食えなくなる。


 つまり、死ぬ。


「……」

「……」


 流れる沈黙、俺と看護師は互いに微笑む。

 ただ一つ違うのは……俺の方は冷や汗を流しているという事だ。


 うん、よし。


「散ッ!!」

「え!? ちょっと!?」


 即座に支払いを踏み倒す判断を下した俺は、病室の窓からから飛び降りた。




◇◇◇

小話:

ジョンリィは妻帯者ですが、病院内の看護師三人と不倫してます。

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