54.夏へ捧ぐ
まだ夏の手前。日差しはジリジリしてるけど
風はわりと涼しくて。「懐かしい!」っていうあの感覚に似たような不思議な感情がふいに湧き上がってくる。それがまたなぜなのかとても満たされる気持ちで、しばらく静かに浸ってみる。流れていく窓の外を眺めながら。
夏はダイヤモンドみたいなキラキラだ。悲しいほどにありふれた言い方だって自分でも思うけれど、僕にとって夏はその色も光り方も本当にそんな感じで。
あっという間のなかに物語性を秘めているからみんなよく歌にしたりする。
かくいう僕もそんな季節に憧れて、らしくない歌をつらつら書いてみたり。そんなことしてしまうくらいにとても素敵な気分だった。
緑は緑々しく猫は猫々しく、自分は何より自分らしくあって、なおかつ不必要なものは何もない、なんてそんな素晴らしさで溢れた世界とはほど遠い星の上の現実。
だからこそ今湧き上がる妙な高揚感と不思議な満足感をずっとそのままにしておきたいと思った。
それでついバカなことを願ってしまった。「この時間よ永遠に」って。
その時から、僕はずっと同じ電車に揺られ続けている。どのくらい時が経ったのか今はもうわからない。そして僕の体がきらめく夏に辿り着くことはたぶんもう二度とない。
だってこの電車は夏には向かわない。夏の手前をずっと走り続けているんだから。
閉ざされた電車の中。あの日の延長線上で作り続けているこの歌と止むことのない僕の憧れを、永遠に訪れない遠い遠い夏へ捧ぐ。
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