041 情けはヒーローの為になる
「子供の連続失踪事件?」
「はい⋯⋯」
雲の向こうにはもう星がちらついているほど、すっきりと赤く焼けた夕空。
けれどもコルギ村の村長と名乗った女性の頬は、火照らす夕陽を浴びても尚、悲嘆に青く冷めていた。
つっても、これでも落ち着かせた方なんだよな。
出会い頭の時には、もう蒼白と言っても良かったぐらいだし。
「ことの始まりは1ヶ月ほど前。村民の一人娘が、付近の森に山菜を取りに出かけたきり帰って来なかったのです。娘の両親の嘆願もあり、村の男手を募って捜してみたのですが、結局見つけられず⋯⋯更に二週間後に、また新たに村の商家の三男が行方不明となってしまいました」
連続失踪事件。
現代でもいくらでも起こり得てたのに、どこかフィクションのようにも感じる物々しい響き。
けど、悲嘆にやつれるハウチさんの黒ずんだ目元が、本当にあった悪夢だと存分に物語っていた。
「その更に一週間後に、また一人の子供が行方知らずとなり、私は村の子供達に外出を禁じました。失踪したのはみな子供であり、村の外で居なくなっていましたから。でも⋯⋯その、5日後のことでした」
「また居なくなったのか?」
「ええ。ですが、奇妙なのです! 居なくなった子は村の外には出ていない。それどころか、相次ぐ失踪で怯えていたその子は当日の深夜、"母親の腕の中でしがみつくように眠っていた"と。なのに翌朝、母親が目を覚ました時には、もうどこにも⋯⋯」
あまりに不可思議な話に、唸らざるを得ない。
外出を禁じる前ならまだ失踪事件と云える。でも最後の一件に関しては、もう失踪や誘拐というより消失じゃないか。明らかに普通じゃない。
大人しく話を聴いていたシュラも同感らしく、怪訝そうな表情で俺に目を配らせてきた。
「魔術か?」
「さぁ。けど聞いた感じ、人為的とは言い難いわね」
「言い切れんのか? 盗賊団とかの線はまだあんだろ?」
「非効率だからよ。人攫いなら、子供をわざわざ期間をあけて一人ずつ、なんて手間をかける必要真なんてないわ。まして過敏になってる母親や子供に気付かれずに、子供だけを攫うなんて真似が出来るなら尚更よ」
「ならなんだってんだ」
「人ならざるモノの仕業、なんじゃないの」
(⋯⋯魔獣、ってやつなのか)
言外に含んだシュラの推測を、心内でなぞる。
魔獣か。何度も耳にしていながら、俺がまだ一度も遭遇していなかった人間の天敵。
目的も生態も大部分が明らかになっていない不気味な存在だって話だけど、この難事件には本当に魔獣が絡んでいるんだろうか。
あと、子供達が失踪するペースも気になる。
最初の失踪事件から、明らかにスパンが短くなっている。ってことは被害は日に連れて増大していきかねない。
最悪、集落の存亡にだって関わる。ハウチさんが藁にも縋る想いなのも当然だった。
「もう、私達にはどうすることも出来ませんでした。こうなってはもう、エインヘル騎士団にお願い申し上げるしかないと、こうして欧都へと依頼に来たのですが⋯⋯」
「相手にしてもらえなかったって訳ね」
「は、はい。魔獣の可能性がある依頼の案件だと、依頼料も釣り上がるそうでして。冬を越したばかりの貧しい村には、とても払える額ではありませんでした」
「ンだよ、そのクソみてえな理屈は。縋る奴の足元見てどうすんだ」
「わたしだって同感よ。でも、これが騎士の現状なの。目先の金銀の為なら、遠い誰かの未来が消えるとしても目を逸らす事だって平然とするわ」
耳を疑った。
一部の騎士の腐敗がどうってのはなんとなく察していたし、入団試験の不正試験官の件だって忘れてない。
でも流石にここまで酷いとは思ってなかった。学園じゃ魔獣と闘うのも騎士の役割だって教えてたのに、現実はこれかよ
騎士の全部がそうじゃないのかも知れないが、だからと言って納得してやれる気にはなれなかった。
「お願いします。この欧都とは比べるものもない、ありふれた小さな村の一つではありますが、私の愛しき宝なのです。どうか、お救い下さい。どうか、どうか⋯⋯!」
彼女からすれば最後の砦なんだろう。
シュラの前へ跪き、懇願と共に身を伏せるハウチさんは泣いていた。
騎士への怒りではなく、迫る絶望を前にどうする事も出来ない悲哀の涙だった。
事情は分かった。心も決まっていた。
だからこそ泣き縋られながらも動けないシュラを遮るように、跪くハウチさんを立たせようと手を差し伸べた時だった。
「ねえ」
「なんだ」
俺の背に投げられたのは、感情を無理矢理殺したような、冷たいシュラの声だった。
「アンタ、依頼を受ける気?」
「だとしたら?」
「分かってんの? あたし達は本隊入りを控えてる身、まだ正式な騎士の身分は持っちゃいない。勝手に依頼を受ければまず間違いなく罰を受けるし、最悪、騎士の称号も剥奪されるかも知れないわよ」
シュラの言い分はもっともだ。
俺達は騎士とはいえ配属の決まっていない、いわば仮称号身分。だから勝手に正規の手順を無視して依頼を受ければ、厳罰処分になるのは俺も分かっていた。
「剥奪か。そいつは困んな」
「だったら」
「────だがな、シュラ」
最悪、これまでの苦労が全部水の泡になるかも知れない。それは困る。困るけれども。
もっと困ったことに、俺の心はとっくに決まっていた。
「俺は、俺の取るべき道だけは、絶対に間違わねえ」
「⋯⋯なんでそんな事、言い切れるのよ」
「んなもん俺が、この物語のヒイロだからだ」
「⋯⋯は? なによそれ、意味分かんない」
「結構だ。俺だけが分かってりゃ良い事だしな」
「⋯⋯意味不明な上に、傲慢」
傲慢。言い得て妙だ。でも主人公ってのはある程度、傲慢にならなくちゃ務まらない。
主人公なら。ヒーローなら。俺の憧れる夢なら。
ここで保身に逃げるなんて選択肢は、絶対に有り得ない。
だったらもう道は一つだ。
単純で良い。
「後悔するかも知れないわよ」
「ここでこの手を取らねえなら、どっちにしろ同じ事だ」
「⋯⋯あっそ、もう良いわ」
第一、俺はグダグダと考えるのは苦手だし。
ならもう堂々と、困ってる人に手を差し伸べてやろう。
いつかと同じ夕暮れ時に。
今度は腫れも傷もない顔で。
代わり映えのしない決意を、灰銀髪の少女へ告げた。
「前にも言ったけど、あんたってほんと、暑苦しいやつね」
「ハ。うるせぇぞ冷血女」
「暑苦しい馬鹿よりマシよ」
俺の決意の固さに、どこか一歩引いた姿勢を取っていたシュラも、折れさせるのは無駄と分かったんだろう。
どこか諦めたように溜め息をつくと、長い銀髪を茜に染めて、シュラは俺に一歩迫った。
「あたしも行くわ」
「⋯⋯あァ? 別に頼んでねぇよ」
「うるさい。どうせあんた一人じゃろくに問題解決出来ないでしょ。なんせ馬鹿だし。ばーか」
「テメェ、取ってつけたように二回も言いやがったな!」
「二回も言わせたあんたが悪い」
ぷいっとそっぽを向きながらも同行を申し出るシュラの態度は、ちょっと意外だった。
メタ的な視点で考えれば、てっきり俺一人で事に当たるもんだと思ってた。
だってこれ、主人公とライバルの共闘だし。
まさかこんな序盤でそんな熱い展開になるとは、なかなかに大盤振る舞いじゃないか。
意外ではあっても、悪いことじゃあない。実際、華奢で可憐な見た目に反して、味方であれば相当に頼もしい奴だ。
拒む理由なんてどこにも有りはしなかった。
(さーて、ヒーロータイムと行こうじゃないか!)
そうして、差し伸べた手が一つから二つに増えて。
空が夕焼けから夜に移ろうように、ハウチさんの目が悲嘆から希望に染まり行く。
ただそれだけの事になんだか嬉しさを覚えたのは⋯⋯
もう焦がれるだけの夢じゃない。
そんな実感を、しっかりと肌で感じられたからなのかも知れない。
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