第10話 銀
「力が、力が、抜けていく」
「安心しろ。もう年嵩の男の霊は本体に帰っているので、力は奪われていない」
俺はじいちゃんの部屋でソファに横たわったまま、ソファに座って姿勢正しく座って上品に食べる娘さんと親父さんを見た。
俺が作ったけど作った記憶がないかぼちゃの煮つけを。
何でも。
吸血鬼の誘惑にかかりかけていた親父さんは、俺の持って来たかぼちゃのどら焼きで意識を少し取り戻したけどすぐにまた誘惑されそうだったので、鼻歌でじいちゃんに呼びかけて了承を得て、じいちゃんの霊を俺に乗り移らせて作ってもらったかぼちゃの煮つけを食べて、娘さんと力を合わせて吸血鬼を追い払ったのだとか。
「毎年毎年毎年食していたので、かぼちゃの煮つけが栄養補給として固定されていたらしい。これでは飽きたと言って、別の物を所望するわけにはいかないな」
げんなり声を出している割には、娘さんの顔は穏やかだ。
なんだかんだ言って、じいちゃんのかぼちゃの煮つけを気に入っているんだろう。
しかもなんだかんだ言って、一年ぶりだしな。
「じいちゃんに直接言ってやれよ。これからも必要だって。じいちゃん。涙を流して喜ぶぜ」
「ああ。だが。あの年嵩の男だけに頼るわけにはいかない」
「まさか俺に作れってか?」
「いや。私たちが作れるようにするか、別の物でも補えるようにするか。妥当なのは、どちらも可能にすることだが」
「はあ」
「おまえがどうしても私たちに食べさせたいと言うのならば、話は別だ。受け取ってやらんこともない」
「はあ」
「まったく。軟弱な。だが。年嵩の男は元よりおまえにも助けられたからな。ただ余計な力も使わされたが」
「ごめんなさい」
いつの間にか、かぼちゃの煮つけを食べ終わっていた娘さんと親父さんは立ち上がって、娘さんが毅然とした態度で告げた。
感謝する、と。
はあ。
俺はやっぱり気の抜けた返事しかできなかった。
疲れているんだ仕方ないだろ。
それと。
少し気になっていたからだ。
吸血鬼が。
じいちゃんのかぼちゃの煮つけを食べてほしかった。
追い払ったと言っていたから、生きてはいるんだろし。
「しかし。親父様が吸血鬼の誘惑にかかりかけていたとは。私もまだ一人では追い返せなかった。親父様の力を借りないといけないとは。まだまだ鍛錬が足りないな。親父様」
「うむ」
親父さんの声、超渋いじゃん。
かっけー。
「やはり、菓子全般を禁じた方がいいのだろうか。母堂様に菓子も食さないと強くなれないと言われたが、母堂様は戦闘要員ではないしな」
「うむ」
「つーか、何で洋菓子はだめなんだよ?」
「聞きたいか?くそがき」
「まあ」
「それほど懇願するのならば致し方ない。教えてやろう」
「はあ」
「私の敬愛する死神様が洋菓子を絶って強くなったと仰ったのだ」
「はあ」
「だから私たちも洋菓子を絶っているのだ」
「じゃあその死神様が洋菓子を食べてさらに強くなったって言ったらどうすんだよ?」
「食す」
「即答かよ」
「当然だ」
ふふんと喜色満面で鼻を鳴らす娘さんを見て、俺は少しだけ同情した。
いっぱい振り回されているんだろうなって。
(2022.10.24)
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