第3話 美人教師の美玖先生に呼び出されたんだが…

 今日、二人の美少女から言い寄られてしまったのだ。


 夏芽雫なつめ/しずく先輩だけでも結構大変なのに、どうしたらいいのか悩みこんでいた。


 というか、これからどうやって生活していけばいいんだよ。


 春風浩紀はるかぜ/ひろきは内心、そう思うが、そうそう改善点なんて見つけられるわけもなく。午後の授業を受けていた。




 一応、チャイムが鳴り、やっとの思いで、本日最後の授業が終わったのである。


 あとは、放課後からが大変なのだ。


 今日の放課後は、妹の友奈と、幼馴染の夢と共に、遊びに行くことになっている。


 夏芽先輩にバレないように、こっそりと学校を後にするしかないだろう。


 そんなことを思い、帰宅準備を整える。




「浩紀。一緒に帰ろうぜ」


 話しかけてきたのは、いつも通りに亮仁真司りょうじん/しんじだった。


「今日の事とか、色々聞きたいしさ」

「ごめん、ちょっとこれから用事があって」

「用事? まさか、夢と?」

「そういう深い、関係じゃないけど」

「なんだよ、まだ付き合ってないのかよ」

「いきなりはちょっとな」


 本当のところ、夢とは付き合いたい。

 けど、そんな勇気を出せる自信などなかった。


 浩紀が帰宅準備を終えた頃。

 校内放送がかかるのだった。




≪二年B組――、春風浩紀君、職員室の方に至急いらしてください。繰り返します――≫


 明るく爽やかな感じの口調。


 声を聞いただけで何となく察することができてしまうのだ。


「美玖先生じゃんか。お前、何かあったのか?」

「い、いや、特に何も」

「おい、あの美玖先生から、二人っきりで?」

「いや、本当に何も……思い当たる節がないんだけど……」

「羨ましい限りだな。俺もついて行っていいか?」

「ダメなんじゃないか? さっきの放送で、一人で来るようにって、言っていたわけだし」

「俺も一緒に行きたいんだが」

「……こっそりとだったらいいんじゃない? あとは自己責任で任せるけど」

「おッ、そう来なくちゃな。じゃ、さっさと職員室に行こうぜ」


 友人の真司から肩を掴まれ、強引に教室から立ち去る事となった。




「それで、どうして、あなたがここに来たんですか?」


 職員室内。

 席に座っている美人教師――橋本美玖はしもと/みく先生。


 茶髪なロングヘアスタイルに、整った顔立ち。千年に一度と言われるほどの美貌を持つ女性であり、生徒の他、プライベートな時、街中でもナンパされることが多いらしい。


「いいじゃないですか、美玖先生。俺、いつも美玖先生の事しか考えられないんですから。そんな俺のことも指導してください」


 真司は、美玖先生を前に、積極的に話しかけていたのだ。


「……そういうことは却下ですから。それと、いつも言っていますけど。下の名前ではなく、名字の方でって言ってるでしょ?」

「俺ら、親しい関係ですし。それに先生のためなら、なんでもしますから」

「なんでも?」

「はい」

「じゃあ、さっさと帰宅して」

「えー、いきなり、そんなに冷たくしないで下さいよ」

「私はね、今から浩紀君とお話があるの。真司君は帰宅して頂戴」

「しょうがない。美玖先生が、俺のことを意識すると恥ずかしくて話せないから。俺から距離を置いてるってことですよね?」

「違います。いいから、早く帰って」

「まあ、今日はここで。じゃな、浩紀。明日、色々と話は聞かせてもらうから。そのつもりで」


 テンション高めに言う真司は、美玖先生の口説きを今日は諦め、仕切り直すかのように、職員室から立ち去っていくのだった。




 やっと職員室内が静かになった。

 真司がいるか、いないかで、大きな違いである。


「あなたも大変ね、浩紀君。ああいう友人がいて退屈はしないとは思うけど。一緒にいて疲れるでしょ?」

「え、まあ……」


 浩紀は苦笑いをして、何とかその瞬間を乗り切ったのだ。


「それで、私がここに呼び出したのには理由があるの」

「なんでしょうか?」


 先生に何を言われるのか、心配になる。

 別に悪いこともしていない。

 その上、テストの成績が下がったわけでもなく。授業態度が悪いというわけでもないのだ。


 一体、何を指導されるのだろうか?


「私ね、浩紀君に伝えたいことがあるの」

「伝えたいこと?」


 まさか……。


 今日の流れ的に、美少女からの言い寄られが多かった。

 美玖先生からも、そういうお誘いを受けることになるのか?


 刹那、そう感じた。


 浩紀は色々と想像するだけでも、心臓の鼓動が高まってくるのだ。


「あのね」

「はい……」

「水泳部に入ってほしいの」

「え?」

「水泳部よ」

「でも、水泳部は、今のところ、廃部みたいな感じでは?」

「それはそうなんだけど。ある生徒からね。どうしても、水泳部を立て直してほしいって言われてね」

「ある生徒……」


 そのキーワードでパッと脳に思い浮かぶのは、ただ一人、夏芽先輩しかいない。


「やらないとダメなんですか?」

「ダメってわけじゃないけど。少しでもいいからお願いできないかな?」

「……でも、俺、もうやりたくはないんです」

「どうしてかしら?」

「それは、色々あったので」

「……そう……無理強いはしないけど。でも、少しは考えてほしかったかな」


 美玖先生は悲し気な顔を見せている。


 本当は入部してほしかったんだろうなという思いが、雰囲気的に伝わってくるようだった。


「でも、俺はどうしても、そういう気分にはなれないんです」




 中学の二年生の頃、問題が生じた。

 親友同士の間柄で、大きなトラブルを抱え、そこから水泳部とかにも極力通わなくなったのだ。


 嫌な思い出ばかりが蘇ってくる。

 過去のトラウマから距離を置きたいのだ。


 出来ることなら、もう部活動の事なんて考えたくない。




「でも、その気になったら、いつでも入部可能だからね」


 と、軽くウインクしながら美玖先生は言う。


 笑顔が可愛らしい感じであり、拒否してしまったことに申し訳なさを感じてしまうのだ。


「まあ、わかったわ。一応、あの子には、今のところ水泳部への入部はしないって事、伝えておくから」

「はい、すいません……」


 浩紀は一言だけ口にし、先生に背を向けて、職員室から立ち去るのだった。




「これでいいんだ。これで……もう、水泳はもうやらないし」


 浩紀はそう呟いて、俯きがちに学校の廊下を歩いていた。


 そんな時、目の前に立ちはだかる人物がいたのである。


「ねえ、浩紀。ちょっといい?」

「え?」

「いいから」

「え、え⁉ ちょっとどういう……⁉」


 浩紀が正面へと意識を向ける直前で、その子から強引に腕を引っ張られたのである。


 ちょ、ちょっと、待って――⁉


 一体、何が起きているのだろうか?


 急すぎて、誰に腕を引っ張られたのか判断が追い付かなかった。

 これはまさかのデジャヴ?

 朝のシチュエーションと物凄く似ている。


「さ、早く、ここの部屋に入って」

「んッ」


 浩紀は歩いていた廊下近くの、その空き教室に押し込まれた。


「……って、夏芽先輩⁉ こ、これはどういうことなんですか?」


 ようやく冷静になれると、真っ正面を向くことができた。

 そこには、スクール水着の先輩が佇んでおり、教室の床で尻餅をついている浩紀を見下ろしていたのだ。


「それは今から説明するわ。それより、水泳部に入らなって本当?」

「え? それ、さっき、美玖先生に言ったばかりな気が」


 情報が早いと思ってしまう。


「私、どうしても、君を水泳部に入部させたいの。どうしてもね」


 夏芽先輩は張り切っている。

 けど、浩紀はどうしても、そんな気分にはなれなかったのだ。


「だからね、私、その気分にさせてあげるから。ね、浩紀、手を貸して」


 その直後、浩紀は水着が似合う先輩に、右手を差し出すことになった。

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