第8話 恋乃ちゃんとの思い出
俺は恋乃ちゃんと別れた後、家に入った。
恋乃ちゃんを家に入れたかった気持ちはまだあるが、仕方がない。
体は濡れていて、冷えてきていた。
それだけ恋乃ちゃんと話すのに夢中になっていた。
俺は体を温める為、風呂に入る。
そして、風呂から上がると家事をこなす。
晩ご飯を食べた後、ベッドに横になり、今までのことを思い出していた。
家には誰もいない。
高校一年生の一月、父は転勤になった。
ここから三時間かかるところ。
母は父と一緒についていった。
母は半年に一回ぐらいしか帰ってこない。父の方は、帰ってきたのは、正月の一回だけだ。
もともと両親は仲がいい。ずっと一緒にいたいのだろう。いい夫婦だと思う。
俺の方は、特に寂しいとは思わない。
ただ面倒でつらいのが家事。自分でやらなくてはならない。
世話をやいてくれる幼馴染。ギャルゲーだとこういう存在がいる。
幼馴染自体はいる。
今日俺を慰め、励ましてくれた恋乃ちゃん。
しかし、俺は彼女と疎遠になっていた。
恋乃ちゃんとは幼稚園の頃からの幼馴染。
幼稚園の頃は、俺の親友となった居頭祐七郎(いとうゆうしちろう)と三人で仲良く遊んでいた。
それが、小学校一年生になると、恋乃ちゃんと二人で遊ぶことがほとんどになった。
三人で遊ぶことはなくなっていった。
祐七郎が恋乃ちゃんに興味がなかったのが大きいと思う。
祐七郎は、俺と同じ高校で、サッカー部の主力。
既に幼稚園生の頃からスポーツが得意で、周囲の女の子に人気があったのだが、女の子自体にあまり興味がなかったようだ。
恋乃ちゃんとは、ゲームを一緒にしたり、アニメを一緒に観たり、楽しい時間を過ごしていた。
クラスも小学校三年生までは同じだった。
小学校三年生になってからは、恋乃ちゃんが、淑女としてのたしなみを身につけるべく、お稽古事の教室に通いだした。
その為、毎日遊ぶことはできなくなったが、それでも週二日以上は遊ぶことができたし、クラスも一緒だったので、それほど大きな変化とは思っていなかった。
俺は恋乃ちゃんと一緒にいることができて幸せだった。
恋ではなかった思うが、好意は持っていた。
いつまでもこういう楽しい時間が過ごせると思ったんだけど……。
小学校四年生の時、そんな毎日は大きく変化していくことになる。
この時、初めて恋乃ちゃんとクラスが別々になった。
ただ、その時の俺は、特に気にすることもなかった。
これからも、同じ楽しい毎日が続くものだと思っていた。
しかし……。
恋乃ちゃんは、クラスで新しい女の子の友達を作り、次第にその人達と遊ぶことが増えた。
彼女が俺の家に来る回数は、その分減っていった。
夏休みの頃までは、まだ週一日ぐらいは来ていたのだが、二学期になると、来ることは少なくなっていった。
俺は祐七郎と遊ぶことが増えてはいたが、祐七郎自体もサッカーで忙しくなってきていて、そこまで遊ぶことはできなかった。
恋乃ちゃんと遊びたいという気持ちは、持ち続けていたが、彼女が来ない以上、どうにもならなかった。
そして、小学校五年生になると、恋乃ちゃんは俺のことを避けるようになった。
もう話もロクにできない状態になっていた。
嫌われたのかなあ、と思った。
今思うと、恋乃ちゃんはその頃から思春期になっていたのかもしれない。
それで、俺のことを避けていた可能性がある。
でも当時の俺には、そういうことはわからなかった。
二学期になり、このままでは疎遠になってしまうと思った俺は、思い切って家に誘った。
昔のように一緒に遊んでくれたら、と思った。
俺としては、とても勇気のいる行動だった。
しかし……。
恋乃ちゃんは、あっけなく断った。
同じクラスの女の子の友達との約束を優先したのだ。
もし俺が、恋乃ちゃんへの想いが、この時点で恋する心になっていたら、一生懸命お願いしていたと思う。
そうすれば、もしかしたら、恋乃ちゃんも俺の方に心を動かしたかもしれない。
しかし、恋乃ちゃんに断られた俺は、誘うのをあきらめた。
これが決定打となり、俺と恋乃ちゃんは疎遠になってしまった。
そういう状態で小学校六年生の三月を迎えていた。
俺は恋乃ちゃんのことを意識していなかったわけではない。
幼馴染としての意識は持っていた。
しかし、恋乃ちゃんは、人気者になっていた。
男の子の中からは、告白する人もでていた。付き合っている人がいるという、噂も立っていた。
もう俺の届かないところに行っている、そんな気がしていた。
そんな時、恋乃ちゃんが中学校からは別のところへ行くという情報が入ってきた。
お父さんの転勤ということだ。
俺は、ガックリした。
疎遠になったとはいえ、俺達は幼馴染。離れ離れになるのはつらいものだ。
俺は恋乃ちゃんと話がしたかった。
しかし、もう話さなくなって、だいぶ経つ。
しかも、恋乃ちゃんは俺を避け続けている。
俺から話しかけるには勇気がいる。
その勇気が持てないまま、卒業式を迎えてしまった。
卒業式、ここで何も言えなければ、もう恋乃ちゃんと話すことができるチャンスはないかもしれない。
そう思い、恋乃ちゃんに話しかけようと思っていたのだけど……。
周囲には、別れを惜しむ人が次から次へと来る。
それはそうだ。人気があるのだから。
祐七郎もあいさつしていた。
「お前はいいの?」
祐七郎にそう言われたが、俺は
「俺はいい。あんなに人が一杯いるんだし」
と言った。
祐七郎は、
「行った方がいいぜ。幼馴染なんだし」
と言ったが、それ以上強くは言わなかった。
今思うと、祐七郎の言う通り、あいさつだけでもするべきだったと思う。
しかし、結局、俺は何もできなかった。
卒業式の前も、卒業式の後も。
別れを惜しんでいる人たちの後で、ただ立っていることしかできなかった。
こうして、俺と恋乃ちゃんは、お別れのあいさつもできず、離れ離れになってしまった。
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