第44話 Bald! 最後の戦いでーす!


不知火しらぬい、後は任せたぞ!」


 そんな大岩おおいわの言葉に、


「分かったわ!」


 と不知火。彼女の返事の後に『ビースト』の巨体が直撃する。

 ズザザザッ!――大地を踏みしめていた足が土をえぐった。


 多少は後方に下げられたが、猫耳ハゲ巨人は踏ん張る。

 相手の落下する力を利用し、海の方へと『ビースト』の巨体を放り投げた。


 ザッパーン!――と大きな音を立て、水飛沫みずしぶきが上がる。

 海面の上昇に合わせ、人々は内陸か海上都市ギガフロートへ移住していた。


(この程度の波なら、問題ないか……)


 海に沈んだ『ビースト』だが、すぐに鎌首を持ち上げた。

 すでに第四形態へと変態をげたらしい。


 その姿はLPSロストプラネット・サーガで戦った『ドラゴン』そのモノだった。

 しかし、不思議なことに翼が再生する様子はない。


(もしかして、光が弱点なのか?)


 猫耳ハゲ巨人もゆっくりと姿を変える。

 その歩き方は、どこか女性らしい。


 大岩は街を守るために能力を使い果たしたようだ。

 他の生徒たちの気配も消えた。


 これでほぼ、男子生徒はいなくなったと思っていい。

 なんだかんだで、女子を守る格好つけたがりの連中ばかりだ。


「Oh! 不知火は戦えるのでーすか?」


 ヴィオが当然の疑問を投げ掛ける。


「いいえ、わたしの専門は料理だから……」


 〈火〉の四天王『不知火』は答える。

 猫耳ハゲ巨人の身体は細くなり、小柄な存在へと変わっていた。


 パワーは弱そうだが、その両腕は人間の手とは異なっている。

 鋭利な刃物のようだ。


 一方で第四形態の『ドラゴン』は海からゆっくりと上がる。

 巨大になった分、動きも緩慢かんまんな上、多くの絶望の感情エネルギーが必要なのだろう。


 猫耳ハゲ巨人が正面に立ちふさがる。

 既にこちらの戦力は半数以上を失っていた。


 それでも、不知火は落ち着いた様子だ。


「でも、相手が食材なら……」


 負ける気がしないわ♡――そう言って、彼女は両腕を刃物ナイフのように振るう。

 シャキン! シャキン!


(どうやら、四天王で一番ヤバイのは彼女のようだ)


 男性陣は先に消えて正解だったのかもしれない。

 女性に対し、幻想をいだいたままでいられるのだから――


すでコアの部位は分かっているわ♪」


 そう告げた不知火の口調は楽しそうだ。

 しかし、その瞳は獲物を追い詰めた獣のようだった。


「『ドラゴン』を解体するのは始めてだけれど……」


 まあ、大丈夫でしょう♡――彼女はペロリと舌を出す。

 同時に、猫耳ハゲ巨人の身体にエプロンが装着された。


(より変態に近づいた気がするのは、俺だけだろうか?)


 翼はがれているが、赤い鱗に覆われた爬虫類を思わせる巨躯きょく

 鋭い爪と牙をそなえ、長い尻尾と鎌首をもたげている。


 伝承通りなら、口から炎や毒の息を吐くかもしれない。


(それにしても、最後に赤い竜ドラゴンとはな……)


 これでは本当に〈黙示録の獣〉である。

 最後まで、ヴィオに踊らされた気分だ。


 赤い竜ドラゴンは火を吹こうとしたのだろう。

 だが、そんな暇すらなく、猫耳ハゲ巨人に首を落とされる。


 そして、腹を裂かれ、鱗は削ぎ落された。

 両腕の刃物は的確に身体の柔らかい部位を選んで進む。


 骨や硬い鱗の隙間をい、鮮やかに解体してゆく。


「マグロ、アンコウ、ヒグマにイノシシ……」


 まだ、ウナギの串打ちはやったことがなかったわ♪――と不知火。

 歌うように、踊るように、その足取りは軽く、楽しそうである。


 これでは赤い竜ドラゴンというよりも、


俎板まないたの上のこいだな……」


 思わず口から出た俺の言葉に、


「やはり、女性は料理ができなければダメでーす……」


 とヴィオ。正直、このレベルは求めていない。

 最後に、ほぼ活け造り状態なった赤い竜ドラゴンの尻尾を切り落とす。そして、


燃え上がれブレイズ!」


 不知火の掛け声と同時に、突如として、勢いよく発生した火柱につつまれる。

 強い炎の輝き。それは光のようで赤い竜ドラゴンはこれ以上、変態も再生もしない。


 やはり、弱点は光だったようだ。

 激しい情熱の炎であり、身を焦がす愛の炎。


 女性の執念のようなモノを感じる。

 その一方で、猫耳ハゲ巨人の手には肉塊が握られていた。


 腕は刃物ナイフから、通常に形に戻したらしい。

 ドクン! ドクン!――と脈打っていることから、心臓のようだ。


「さあ、最後は任せるわ♪」


 満足したのか、不知火の姿が消える。

 他の生徒たちも同様だ。


 連戦のため、既に限界だったのだろう。

 猫耳ハゲ巨人の姿は消え、青薔薇ブルームーンの形状へと戻る。


 そして、自らを守るように心臓は結晶化し、赤い宝石のような姿になった。

 どうやら、最後まで抵抗するようだ。硬質化したのだろう。


 今の青薔薇ブルームーンに決定的な攻撃手段はない。しかし――


「「「最後はオレたちの出番だ!」」」


 ハゲの田中をリーダーとする〈禿三十六傑はげさんじゅうろっけつ〉の声だ。

 やはり、最後は彼らの力に頼ることになってしまった。


 人の心に宿る『希望ハゲの光』。

 どんなに苦しい時も、どんなにピンチな時も、彼らは光り続けている。


 彼らは輝き続けている!


光になれハゲフラッシュ!』


 〈禿三十六傑〉が全裸で輝く光の姿となり、コアである『ドラゴン』の心臓へと向かって飛んで行く。


 直立姿勢で真っ直ぐ飛ぶハゲ。ヒーローのように格好をつけて飛ぶハゲ。

 セクシーなポーズを取り、ウインクするハゲ。虹色に発光するハゲ。


 様々なハゲたちの光。ハゲの祈り。


「Oh! 忘れはしーませーん……」


 胸の奥の、この痛み――とヴィオ。

 どうやら、彼らは過去も未来も守るため、激しく頭皮を燃やして散る覚悟ようだ。


 今、心を一つにして――


「Bald! 最後の戦いでーす!」


 結晶化した『ドラゴン』の心臓は罅割ひびわれ、砕け散り、消滅した。

 コアと思われる小さな物体が青薔薇ブルームーンの手の中に残る。


 すぐさま拡大すると、それは指輪のようだった。


「見覚えがある……」


 『漆黒の球体スフィア』の中で見た巨大な円環リング型の装置。

 恐ろしく小型になっているが、それに似ている。


「回収するっス♪」「ニャ」


 いったい、どこに隠れていたのだろう?

 ミカンとミントが、それを拾う。


「さあ、すべて終わったわ……帰ろっか?」


 皆の待っている学園へ――とヴィオ。

 二人きりになったため、素に戻ったようだ。


 色々と追求したいことはあるが、今は止めておこう。

 女子を怒らすと怖いことを理解してしまった。


 特に刃物を持っている時は気を付けた方が良さそうだ。

 この記憶を早く本体オリジナルに届けなければならない。


 そんな気がする――

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