第19話 Oh! これこそ、日本の学園生活でーす☆


 このままでは俺が持たない。早く、なんとかしなくては……。

 かと言って、打開策があるワケではない。


 クラスメイトは全員、ヴィオの味方だ。

 更には教師までも――


 流石さすがに多勢に無勢である。

 かく、次の昼休みをどうしのぐか、考えなくてはいない。


 念のため、茜と葵に状況を説明しておこう。

 授業中だが、SNSで連絡をこころみる。


 被害を受けていないといいのだが――


(まあ、向こうも授業中だから、見ないよな……)


 それでも、なにもしないよりはマシだろう。

 授業が終わりに近づくのを見計らって、俺は窓を開けた。


 そして、チャイムが鳴ると同時にヴィオをかつぎ上げる。


「きゃふ?」


 と間抜けな声を上げるヴィオだが――少し、大人しくしてくれ――と告げると、その通りにしてくれた。


 一方で、彼女との接触を考えていたクラスメイトたちは一斉にむらがってくる。

 俺はヴィオをかかえたまま飛退とびのくと、背中から倒れるように窓から落下した。


 そして壁をり、着地の衝撃を軽減する。


「チッ、逃がしたか!」「奴は忍者か⁉」「皆、急いで追いかけるのよ!」


 と教室が騒がしい。やれやれだ。


(上履きのまま来たので、靴をき替えたいところだが……)


 ピンポンパンポーン――と放送が鳴る。


「二年A組、天海あまみ玄夢くろむくんが、我らが姫であるヴァイオレット様を誘拐ゆうかい、逃走しました……」


 全校生徒は皆で力を合わせて彼を捕まえましょう――と校内に響く。


なんでだよ!)


 気が付くとドローンが上空を飛び回っていた。準備のいいことだ。

 どうやら指揮官がいて、こうなることを予測していたらしい。


 既にSNS上ではグループが作成され、連携が取られているのだろう。

 俺は小石を拾うと、ドローンのプロペラを狙い、三台ほど撃ち落とす。


 これで目をつぶした。しばらくの間は大丈夫だろう。昼休みが終わるまで、隠れて遣り過ごそうと思っていたのだが、全校生徒が相手では難しそうだ。


「おおっ! クロム、すごいでーす☆」


 感心するヴィオ。俺は――まぁね――と答えると、茜と葵に連絡し、靴と昼食を確保してもらうようにお願いした。一方で、


「Oh! これこそ、日本の学園生活スクールライフでーす☆」


 とヴィオが嬉しそうに、瞳をキラキラと輝かせている。


「こんなアホなことが、まかり通るのはウチの学校だけだよ……」


 俺は肩をすくめた。

 この学園はスーパー高校生とでもいうべき、逸材がそろっている。


 俺もそんな彼らとコネを作ろうと、この学園に入ったのだが――


(変人の集まりでもあった――というワケだ……)


なにやら、人がたくさん出てきまーした」


 とヴィオ。俺一人ならかく、彼女と一緒では逃げ切るのは難しい。


「どうやら、運動系の部活を中心とした精鋭部隊のようだな……」


 校舎から出て来た生徒たちを、俺は冷静に分析する。


「クロム、いったい、なにが始まるでーす?」


 流石さすがのヴィオも、他の生徒たちがガチであることに気付いたようだ。

 わくわくが隠せていない。


「一年の頃、色々と目立ち過ぎたからな……」


 とだけ答えると、俺は部室棟の方へと走った。

 現状では校舎内は危険だ。


 一度、部室棟に人を集め、数を減らしてから校舎に戻ろう。

 そんなことを考えていると、


「フッ! 玄夢……貴様の行動はお見通しよ」


 不意にオニギリを持った大男が立ちふさがる。柔道部の三年だ。

 去年行われた雪星ゆきほし学園〈異種格闘技戦トーナメント〉――


 最強の部活を決めるその戦いで、俺に倒されたことを根に持っているのだろう。

 相手は柔道部ということで、足を狙ったり技で体勢をくずした。


 柔道は素人だが、つかまれさえしなければ、立ち回ることは可能だ。

 そして、下段に注意が向いたところをあごに一撃、からくも俺は勝利する。


 向こうも俺を絞め落とそうとしていたので、文句を言われる筋合いはない。


「いや、単に授業抜け出して、早弁していただけだろ……」


 と俺は言い返した。授業自体は申請しておけばリモートでも受けられるので、運動系の部活連中は早弁をする者が多い。筋肉がつくと、どうしても腹が減る。


 俺もよくやるが、今日はヴィオが教室に馴染なじむまで、一緒にいた方がいいと思い彼女のそばにいた。


 図星だったのか――う、うるさいぞ!――と柔道部の大男。

 オニギリが『美味しそうだ』と思いつつ俺は、


「あっ!」


 と言って下を指差す。

 大男とヴィオが下を向く中、俺は柔道部の顔面に蹴りを入れてKOする。


 仕方がないのでオニギリはもらっておこう。普通のオニギリよりも大きなサイズだが、これ一つでは足りない。他の柔道部員もいたので、


「保健室へ連れていってやってくれ……」


 とだけ頼んで、その場を後にする。ヴィオにオニギリを食べるか聞いたのだが、断られてしまう。まだ海苔のりは苦手なようだ。俺は一人で頂くことにした。


 しかし、中途半端に食べると、余計にお腹が空くモノだ。

 大男の方は、前回の戦いから下半身をきたえていたのだろう。


 重心が安定していた。しかし今回は、そちらにばかり気を取られていたようだ。

 それが敗因となる。


「舌、まないようにね」


 ヴィオにそう伝えると、俺は再び走り出す。しかし、


「見付けたぜぇ! 天海ぃっ!」


 と三年の先輩に並走される。確か陸上部の――


「それほど、速くない人……」


 俺がつぶやくと、盛大にズッコケてくれた。

 サービス精神が旺盛なようだ。嫌いではない。


「変な覚え方をするなっ!」


 と怒られてしまう。手足が長いことで有名な選手だ。

 スプリント能力というより、総合力で優秀なタイプと言える。


 走り幅跳び、棒高跳び、ハードル走などでは、それなりの成績を残している。


「去年の〈異種格闘技戦トーナメント〉での借りを返させてもらうぜ!」


 と四つんいの体勢から、突っ込んで来る。


(早い!)


 どうやら、四肢をバネのように使い、跳躍ちょうやくしたらしい。

 まるで弓矢のようである。柔軟さと瞬発力を生かした攻撃だ。


 俺はその攻撃をかわし、彼が横切った際に、き上げるようなこぶしの一撃を腹に見舞った。ヴィオを担いでいたため、加減が難しい。


 ズボッ!――と変な手応えを感じる。

 どうやら、いいところに入ってしまったようだ。


 彼はそのまま地面の上を滑るように着地すると、


「おぅ、おぅ、おぅ……」


 とまるで水族館のアザラシのようになってしまった。

 鳩尾みぞおちに決まってしまったらしい。


 これは流石さすがにヤバイと思い、どうしようかと逡巡しゅんじゅんしていると、


「おい、天海だ! 見付けたぞ!」


 と他の連中が集まり、声を上げる。運動部の集団に見付かってしまったようだ。

 そして、彼らは状況を確認すると、


大岩おおいわに続き、風間かざままでやられるとは……」


 その内の一人が愕然がくぜんとする。戦意を喪失そうしつしたようだ。

 しかし、その隣にいた生徒が、


「これで我が学園四天王の内――土と風――二人がやられたことになる」


 解説役だろうか? 一際、まぶしいハゲの生徒が戦慄せんりつした。

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