他の愛と形は違えど

不安ばかり ~言ってしまった~




 何とか落ち着いたアルジェントはルリの部屋の前に来た。

 ふぅと息を吐きだし、扉をノックして少し待ってから開ける。

「ルリ様、失礼いたします」

「あ……う、うん……」


 ルリはベッドに腰を掛けたまま、一度アルジェントに視線を向けて、すぐ逸らした。


「……」

 ここ最近のルリの自分への態度だ。

 表情も何処か重く暗い。

 あの襲撃前の怯えとはまた違う表情。


「……」

 アルジェントは静かにルリに近づき、ルリの前で膝をつく。

「ルリ様」

「……アルジェント?」

「……手を握らせていただいてもよろしいですか?」

 アルジェントはそう言って片手を差し出す。

「……うん」

 ルリは小さく頷いてアルジェントの手に片方の手をのせる。

 アルジェントはその手を両手で優しく包んだ。

「――ルリ様、ルリ様は、私が不死人になった事を自分の所為だと、思っているようですね」

「……」

 アルジェントの言葉に、ルリの表情が更に重く、痛々しい物になる。

 アルジェントはそんなルリに優しく微笑む。

「ルリ様をお守りする事が私の務め、私の命などルリ様の体を守る為なら惜しくはないのです。だから――」


「不死人になれた事が誇りなのです。ルリ様をお守りした結果、そうなった。吸血鬼になれない私はいずれルリ様の世話役から護衛から外される。ルリ様の為を考えればそうでしょう、だからその不安が無くなったことが嬉しいのです」

「……でも」


 ルリが何か言いたげに口を開いた。

「ええ、分かっております。グリースの所為でこの国では不死人は恐れられる存在、もしくは危険な存在と扱われること位、知っております。それ故ルリ様は――罪悪感を感じているのでしょう」

 アルジェントの言葉にルリは小さく頷いた。

「私は私がどれほど侮辱されたとしても構いません、忌避されたとしても、私の主――真祖様が理解してくだされば、同じくルリ様にお仕えするヴィオレが理解してくれれば。そして――」

 アルジェントはぎゅっとルリの手を握る。

「ルリ様、貴方の喪失の恐怖の種が一つでも減った事が嬉しいのです。不死人になった今、私はもう死ぬことも老いることもない。ルリ様の御傍で、同じ不死人として、お仕えできることが嬉しいのです」

「……」

 アルジェントの心からの言葉、けれどもルリの表情はまだ明るくなってはくれない。

「ルリ様……」

 アルジェントはどうすればいいのか分からなかった。


――ルリ様、私は貴方様を――

――愛しております、貴方に恋をしているのです、貴方様に選ばれたいのです――

――貴方様を置いて逝くことが無くなった事が、嬉しいのです――


 アルジェントは一番言いたい言葉をぐっと飲みこむ。


 アルジェントのルリへの愛は、正直な話、主への忠誠心を上回っている。

 だが、アルジェントは主への恩を忘れず、立場をわきまえている。

 だから言うことができない。


 言ってしまえば、攫ってしまえば、そんな考えが浮かばない訳ではない。


 だが、アルジェントにはできなかった。

 言う事もできず、ただ隠すのみ。


 愛していると一言言えればどれだけ楽なのだろうかと思った。


 けれども、言えるわけがない。

 最愛の存在は――ルリは自分の主の妻なのだから。


 だから、主を愛してもらわなければならない。


 立場はそう訴えるが、心はそうではなかったのがアルジェントには苦しかった。


――ルリ様、愛しております、愛しております――

――ですから、そのようなお顔をなさらないでください、どうか、どうか笑ってください――


 微笑みを浮かべてくれないルリを、アルジェントはどうすればいいか分からなかった。

 立場として、ルリはアルジェントの主の妻、アルジェントは世話役兼護衛。


 悪夢を見たと告げた日から今に至るまで微笑みを浮かべてくれない、明るい表情を浮かべられないルリがアルジェントには痛々しく見えた。


「……アルジェント」

「ルリ様なんでしょうか?」

「……お願いがあるの」

「私にできる事なら、なんなりと」

 アルジェントがルリは見つめて言うと、明らかに異常を感じた。

 酷く怯えていると同時に、自罰的な顔をしている。


「――私の所為だと言って、私の所為で色んなヒト達が苦しんでるんだと言って」


「――私が居なければと、言って」


 ルリの言葉に、アルジェントは耳を疑った。


――ルリ様――

――何故、そのような言葉を望むのです?――


「……何故、そのような言葉を?」

 アルジェントは言う事ができないという言葉の前に、何故そのような言葉をルリが求めるのか訊ねた。

「――私が不死人になってから色んなことが起きて滅茶苦茶になった。この間のが特にそう。ヴィオレも、グリースも……真祖も、誰も私を咎めない『ルリは何も悪くない』それだけ……」

 ルリはうつむきながら、喋り始めた。

「でも、私が居るから、私が此処に居るからあんな事が起きたし、アルジェントは不死人になった、知ってる……私の事を快く思ってない人間や吸血鬼達の方がたくさんいるって知ってる……だからこんなことが起きたのも分かる……だから私が居なければ――」

 アルジェントはそれ以上ルリが自分の存在を否定する言葉をルリの口から言うのを聞きたくなかった。


 気が付いたら抱きしめ、口づけをしていた。





「……ある、じぇんと?」

 口を開放され、突然のアルジェントの行動に、ルリは困惑の声で、名前を呼ぶ。

「……ルリ様、そのような事を二度とおっしゃらないでください。他の者達などどうでも良いのです、貴方様を非難する者、貴方様を愚弄する者、貴方様を利用しようとする者――ルリ様に悪意を向ける者達のことなど考えないで下さい」

 静かで、それで有無を言わせないアルジェントの言葉に、ルリは何かを言うことなど出来なかった。

「ルリ様、私は貴方様を誰よりも愛し、お慕いしております。ルリ様、どうか他のことなど気にしないでください。私は愛するルリ様に幸せになって欲しいのです」

「……」

「愛しております、ルリ様。ですから――」

 そこまで言ってアルジェントの顔色が変わった。


――あ――


 そこでルリは重要な事を思い出した。

 アルジェントは自分の事を、ヴァイスやグリースの様に「愛している」事を。

 それを隠している事を。


――……自分で、言っちゃった?――


 アルジェントの顔色が赤やら青やら何とも言えない、照れとやらかしたという感じの色になる。

「し、失礼いたします。申し訳ございません、ルリ様、先ほどの愚行と、言葉。お忘れください!!」

 アルジェントはそう言って慌てて部屋から出て行った。

「……どうしよう?」

 ルリは先ほどまでとは別の意味で頭を悩ませた。


「あーれま、遂に言っちまったか。いや、漸くか」


 声の方を見れば、グリースがいつものように窓に寄りかかっていた。

「グリース……」

「まぁ、まず最初にルリちゃんはそんなに自分の事責めないように。むしろルリちゃんで良かったと俺は思ってる、他のだったら多分こうはならなかった、もっと悪い方向に進んでた」

「……」

 グリースはルリの隣に座り、ルリの頭を撫でた。

「さて、それよりも別の問題が起きた、なんだと思う?」

 グリースの問いかけに、ルリは分からず首を振る。

「アルジェントが自分の気持ちをルリちゃんに伝えてしまった、あいつ、拗らせてるから何するか分からないよ?」

「!!」

 グリースの言葉に、ルリは理解した。


 アルジェントの拗らせ具合はルリもある程度は理解している。

 そしてその拗らせ具合も目にしてきた、一度拗れると大変な事になる。

 だがヴァイスへの忠誠心は本物だ、偽りない。

 けれどルリの事を愛しているという事も本物で、偽りない。


「ど、どうしよう??」

 ルリはアルジェントが何をするか分からない不安に今度は押しつぶされそうになった。

「そうだねぇ、言っちまったもんだから一部除いてネタ晴らししてくるわ」

「え?!」

 グリースの言葉に、ルリは驚愕の声を上げる。

「いっそ、主からの公認もらった方が良いだろ。あ、ヴィオレには内緒だよ?」

 グリースはそう言ってルリの部屋から消えた。

「え、ええ……」

 ルリはこれからどうなるのか、今までとは違う意味で不安になった。






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