違和感の理由解明とまだ分からない事 ~不安はそうそう取り除けない~
グリースはいつものようにルリの部屋の中へと転移した。
「やぁ、ルリちゃんおはよう」
「あ、グリース……うん、おはよう……」
未だ元気のないルリがベッドの上に座っていた。
既に服は着替えている、服の雰囲気からしてヴィオレが選んだものなのが理解できた。
グリースはルリの隣に座る。
「……」
ルリの表情は重い。
「やっぱり、まだ気にしている? 罪悪感を……感じてる?」
グリースの言葉に、ルリは小さく頷いた。
グリースの言葉通り、ルリの心から罪悪感が消えなかった。
アルジェントはあの時ルリを庇ったから、死んでそれが原因で「不死人」になったのだ。
自分と同じ存在。
『私は、ルリ様に永劫お仕えいたします』
アルジェントあの言葉が酷く重く感じた。
あの時のアルジェントの表情は静かな微笑みだった、けれどもルリには――
狂気的な笑みに見えたのだ。
まるで、超えてはいけない線を踏み越えてしまったように見えた。
実際、ここ最近のアルジェントは今までと何か違う風にルリには思えた。
ヴィオレといる時は普通だが、いない時は違う風に感じるのだ。
アルジェントが怖いというよりも、アルジェントを「狂わせた」のではないかという感情がルリの中にある。
あの時自分が逃げていれば、動けていれば、アルジェントが庇うような状態になっていなければ。
彼は人間のままで「不死人」という領域に足を踏み入れずに済んだのではないかと。
アルジェントの「変化」は明らかに「不死人」になったからの物だとルリは感じている。
――アルジェントが不死人になってから、何かおかしい――
――私の所為、私があの時――
「ルリちゃん」
グリースの言葉にルリははっとする。
グリースを見れば、グリースはいつもと変わらぬ優しい表情でルリを見ていた。
「ルリちゃんはアルジェントが変わった事が自分が原因だと思ってるみたいだね」
グリースはルリの考えている事を見透かすように言った。
「でもね、ルリちゃん。ぶっちゃけるとアイツは何にも変わってないよ。ルリちゃんはまだアルジェントの事をまだ知らなかった、それだけ」
「知らない……?」
「あー……それは正確ではないか、そうだな。ルリちゃんは多分俺やヴァイスがルリちゃんへ向ける愛情と、アイツが向けている愛情を別物と捉えたがっている、かなぁ?」
グリースが困ったように笑いながらルリを見て言う。
「……愛情?」
「俺も、ヴァイスも、アルジェントの奴も、ルリちゃんの事を『愛している』のは分かってくれてる?」
グリースの確認するような言葉に、ルリは視線をさ迷わせてから自信なさげに頷く。
グリースはそんなルリを見て苦笑した。
「まぁ、ルリちゃんの認識としては『愛して欲しい』って思ってるのがヴァイスとアルジェントで『別に愛さなくてもいい』って言うのが俺で大丈夫?」
ルリはグリースのその言葉にこくりと頷いた。
「アルジェントのはなぁ、何と言うかあいつ人間だったじゃん? ルリちゃんには言ってなかったけどアルジェント吸血鬼になれない特殊な人間だったんだよ」
「え……?」
ルリは初めて聞かされた事に、目を丸くした。
「そ、だから不死人じゃなかったアイツはルリちゃんへの思いを隠すしか道が無かった」
「……何で? ヴァイスへの忠誠心とか……そういうのじゃないの?」
「あー……分かんないか。確かにそれもある」
グリースが手を組んだ。
「さて『もしも』の話をしよう。この間の事件が起きず、そしてアルジェントが人間で時間が経過すると何が起きる?」
グリースの質問に、ルリは考え込んだ。
――人間で、時間が、経過?――
――年を取る――
「……年老いて、いつか、死ぬ?」
「正解、魔術の家系だからそこまで老け込む事も、人間程短い命でもないけど、死ぬ。もし、ルリちゃんが俺やヴァイスでなく、アルジェントを選んだ場合、アルジェントはどうあがいても『最愛の人を置いて死ぬ、そして傷をつけてしまう』と考えてたんだよアイツは」
「……」
「まぁそれもあってアルジェントは余計言えなかったんだよ。ルリちゃんに『愛してる』とか言えない。だって、魔術を使えるとは言え人間の自分はどうあがいてもルリちゃんの事を置いて死ぬんだ。もし愛されたらこの上ない幸福だけれども――それは、同時に傷を残すことになる。愛する者との永遠の離別の傷はそうそう癒えるものじゃない、自然の摂理であってもね」
グリースの言葉を、ルリはただ聴いた。
「……まぁ、そんな傷を自分の主の妻に残すなんてしたら死んでも死んでも死にきれないという訳でアルジェントはヴァイスにもルリちゃんにも告げていなかった――が、まぁそこはアルジェントに目をかけていたヴァイス、アイツの想いは理解してましたし仮にそうなったとしても咎める気はなかったので――ついうっかりぽろりとルリちゃんに暴露しちゃったしねぇ」
グリースは呆れたように笑っていた。
「えっとつまり……」
「アイツは不死人になった事で、ルリちゃんを『置いて死ぬ』というものから開放されてはっちゃけてんの」
「……はい?」
ルリは意味が分からなかった。
「はっちゃけてる……?」
「うん、はっちゃけてる」
グリースの言葉に、ルリは首を傾げた。
「まぁ、ルリちゃんの目には多分『不死人になって人間性が壊れた』とかそんな感じに映ってたり、態度もそんな感じに見えてしまうんだろうけど、別にアルジェントの奴『狂気を宿した』訳じゃないよ、調子乗りたくてはっちゃけたくて羽目外したくてしょうがないのを精一杯抑え込んでるけどやっぱりはっちゃけてるだけだから」
「……えっとそのつまり……」
「まぁ、ルリちゃんに対して我慢していた事を一つ我慢しなくて良くなって調子乗ってるだけだから、ルリちゃんが罪悪感抱く様な事案じゃないから、アイツが嫌いなの俺であって不死人じゃないから」
グリースは呆れて言いながらルリの頭を撫でてきた。
「だからさ、ルリちゃんはそう罪悪感だったり、自分がとか重く考えなくていいよ。最近のアルジェントがおかしいのはさっき言ったはっちゃけもあるけど、ルリちゃんがそういう暗い表情を浮かべがちだからアイツなりに励ましてるんだよ、さすがにヴィオレとかの前でやるとヴィオレにルリちゃんの想いがバレかねないからやらないだけで」
「……え、ヴィオレは……知らない、の?」
初めて聞いた事に、ルリは戸惑いの表情を浮かべる。
「うん、アルジェントのルリちゃんへの想いを知ってるのはアルジェントの中では俺だけで、実際知ってるのは俺とヴァイスとルリちゃんの三人。ヴィオレは知らない。アルジェントのルリへの態度はルリを
「……」
「と、言うわけでヴィオレには言わないように。アルジェントにも引き続き気づいてないフリをお願いね?」
グリースは茶目っ気のある表情を浮かべルリに向かってウィンクをした。
「う、うん」
ルリはこくこくと頷く。
――なんか、もう少し、早く教えて、欲しかったなぁ……――
てっきりヴィオレも知っているものだと思っていたが、そういう話を今まで一度もしなくて良かったとルリは安堵した。
「まぁ、そんな訳だ。それでも心配な事があるなら俺に言えばいい、ヴァイスには言いづらいだろ? アイツ、俺にしかバレてないって思ってるから」
グリースは苦笑いを浮かべながらルリの頬を撫でる。
「だから、あんまり一人で抱え込まないように。それとごめんよ、ここ最近忙しくてあんまり傍に居て、そして話を聞いてあげられなくて。本当こういうゴタゴタは勘弁だよマジで」
グリースはそう言ってため息をついた。
「あ、あの……」
「大丈夫、来る度に言ってるけど、ルリちゃんの家族とか友達は無事だよ。今もね」
ルリはその発言に安堵するが、やはり不安は消えない。
「其処はちゃんと見張っているし、裏切るような連中じゃないから。俺もちゃんと確認してるし」
ルリはグリースに頬を撫でられながら、戸惑いの表情を浮かべるしかできなかった。
あんな事があったのだ、もし自分の家族と知られたら、友達だと知られたら、危険な目に遭うのではないかとルリは不安で仕方なかった。
「アルジェントの件は今まで時間が無くてゆっくり話せなかったけど、ルリちゃんの家族や友達とかの事はちゃんと伝えるから。ルリちゃんが安心できるようになっても、ずっと、伝えるから」
グリースは優しく微笑んだ。
その表情に、ルリは少しだけ安心する。
グリースは何故か安心できるのだ。
自分がヴァイスの妻になる約束事に対して何も言わなかったり、吸血鬼の国で不死人があまり忌避される者と思われていたり、人間の国でも不死人の扱いがあまり良くないであろう原因――諸悪の根源でもあるような存在なのだが、何故か安心できた。
男でもない女でもない。
男でもあり、女でもある。
最初の不死人。
自分には酷く優しい存在。
――ねぇ、愛するって、どういうものなの?――
だからこそ、ルリは、ヴァイス達が望むような「愛する」ことを未だにできない自分がもどかしくて仕方なかった。
傍にいて欲しいなら、グリースやヴァイス、アルジェント、ヴィオレだって、傍にいて欲しい。
でも、きっとそれは違うんだろうと、何となく理解する。
ルリは、今も自分が「愛される」ことに、何とも言えない感情を抱いていた。
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